発売日: 1970年12月
ジャンル: ハードロック、プログレッシブロック、ブルースロック
概要
『Wishbone Ash』は、イギリスのバンドWishbone Ashが1970年に発表したデビュー・アルバムであり、ツイン・リード・ギターという革新的な編成を本格的に取り入れた先駆的作品である。
ギターのアンディ・パウエルとテッド・ターナーによるハーモニー・ギターは、その後のハードロック／ヘヴィメタルにおける“ツイン・ギター”様式の源流となり、特にThin LizzyやIron Maidenといったバンドへ大きな影響を与えた。
本作では、ブルースロックを基盤にしながらも、フォーク、ジャズ、プログレッシブな構成美を自在に取り入れた音楽性が展開されており、1970年代初頭の英国ロックが持っていた実験性とメロディ志向の両面を備えている。
楽曲は全体的に内省的かつ叙情的で、派手さよりも“構築美”と“音の対話”を重視したサウンドが特徴である。
アルバムのプロデュースはDerek Lawrenceが担当し、ストレートな演奏と空間の余白を生かした録音が、ツインギターの繊細な重なりを際立たせている。
全曲レビュー
1. Blind Eye
リズミカルなアコースティック・ギターのカッティングと、ブルージーなエレクトリック・ギターが交差するオープニング・ナンバー。
“見えない目”というメタファーは、無自覚な偏見や無関心を示唆しており、メロディの高揚と歌詞の陰影が絶妙に共存している。
2. Lady Whiskey
ハードなリフと複雑なリズム構成が特徴の一曲で、ツインギターの絡みが最も鮮やかに響く楽曲のひとつ。
“ウィスキー嬢”という比喩的存在に溺れていく語りは、酒と自己喪失を描いたダークな叙情詩とも言える。
3. Errors of My Way
フォーク的な感触を持ったミディアム・バラード。
“自らの過ち”を冷静に振り返る内省的な歌詞と、穏やかに折り重なるギターの旋律が印象的。
ヴォーカルも控えめで、曲全体に深い静けさが漂う。
4. Queen of Torture
アルバム中で最も攻撃的かつヘヴィなロックナンバー。
“苦痛の女王”というイメージが歌詞とサウンド両面に投影され、力強いリフとハードな展開が痛快。
ブルースロックの影響が色濃く出た一曲である。
5. Handy
10分を超えるインストゥルメンタルに近い大作で、ジャズ的な即興とプログレ的展開が交錯する本作の中核。
ベース、ドラム、ギターの“対話”がスリリングに展開し、各パートの演奏力が存分に発揮される。
後半のツインギターによるフレーズの重なりは圧巻。
6. Phoenix
本作のハイライトにして、Wishbone Ashというバンドの象徴的楽曲。
“再生”の象徴であるフェニックスをテーマに、静かな導入から壮大なクライマックスに至るまで、ギターを中心としたドラマティックな構成が展開される。
ライブでも定番となる、感情と技巧が結晶化した名曲である。
総評
『Wishbone Ash』は、ツイン・リード・ギターという革新を武器に、ハードロックとプログレッシブロックの境界を行き来する独自の音楽世界を切り拓いた記念碑的デビュー作である。
ギター中心でありながらも、単なる技巧の誇示には陥らず、“音と音の対話”を重視した構成は、当時のロックシーンにおいて非常に異色だった。
また、歌詞の内容も“自己と向き合うこと”や“社会の見えない矛盾”などを静かに語るもので、派手なパフォーマンスではなく、精神性と構築力で勝負する姿勢がアルバム全体に貫かれている。
フェニックスのように、静かに灰の中から立ち上がる熱を持ったこのアルバムは、のちのメロディック・ロックやプログレ・メタルの先祖として、今なお強い影響力を持ち続けている。
おすすめアルバム（5枚）
- Thin Lizzy – Jailbreak (1976)
ツイン・ギターを中心としたメロディックなハードロック。Wishbone Ashからの影響が色濃い。 - Camel – Mirage (1974)
インストゥルメンタルと叙情性に優れた英国プログレ。『Phoenix』との構築的共鳴。 - Allman Brothers Band – At Fillmore East (1971)
ツイン・ギターによるジャム志向と、ブルースへの愛情。異なるアプローチながら精神性が似る。 - Fleetwood Mac – Then Play On (1969)
ブルースロックからプログレッシブな展開へ向かう過渡期の傑作。Wishbone Ashの起点に近い。 - King Crimson – Islands (1971)
即興性と静謐な叙情性が共存するプログレ作品。『Handy』的構成力と呼応。
コメント