発売日: 2022年8月26日
ジャンル: オルタナティブロック、グラムロック、エレクトロロック、アートロック
意志か、混乱か——Museが奏でる“世界の終わり”以後の祝祭
2022年、MuseはWill of the Peopleで21世紀の“ポストディストピア時代”にふさわしい、雑食的かつ挑発的なアルバムを送り出した。
過去作の重厚なコンセプトや交響的スケールから一歩引き、本作ではあえてジャンルの境界を軽やかに飛び越え、皮肉とユーモアを交えたサウンドで「崩壊後の世界」を描いている。
政治、暴力、フェイクニュース、個人の自由、そして希望——これらのテーマが、Muse流のロック・オペラ/ポップ・アジテーションとして炸裂。
グラムロック、80年代風シンセ、ヘヴィメタル、インダストリアル、バラードなど、過去作のエッセンスを自在に再構成しながら、「Museらしさ」を現代の混沌の中でアップデートした作品である。
全曲レビュー
1. Will of the People
グラムロック風のコーラスとマーチングビートが印象的な、アルバムの宣言的オープニング。
“意志の力”をテーマにしながらも、その熱狂の裏にある群衆心理への批評性が垣間見える。
2. Compliance
80年代シンセポップのような煌びやかさの中に、監視社会や情報操作への風刺が隠されている。
“Just give us your compliance”という繰り返しが、現代の服従を讃える皮肉として響く。
3. Liberation
Queenを思わせるゴージャスなピアノとハーモニー。
解放と自由という言葉の美しさと危うさを、祝祭的に描いたトラック。
4. Won’t Stand Down
ヘヴィメタル寄りのギターとエレクトロニクスが炸裂する強烈な一曲。
被害者意識から反撃への覚醒をテーマにした、怒りと覚悟の賛歌。
5. Ghosts (How Can I Move On)
ピアノとボーカルが静かに進行する内省的なバラード。
失ったものへの追悼と、そこから立ち上がるための静かな祈りが込められている。
6. You Make Me Feel Like It’s Halloween
ホラー映画的世界観とエレクトロ・ファンクが交差する、遊び心満載の楽曲。
不安と興奮、恐怖と快楽が同居する、ダークでキャッチーな小品。
7. Kill or Be Killed
メタル色が最も強い、激烈なギターリフとグロウルが炸裂するトラック。
存在の極限、攻撃か防御かという根源的問いを突きつける。
8. Verona
夢の中のように浮遊するエレクトロニカと、情熱的なボーカルが印象的。
ロミオとジュリエットを彷彿とさせる、破滅的で甘美な恋愛劇。
9. Euphoria
アリーナ級のシンセとビートが駆け抜ける、陶酔と暴走のポップ・アンセム。
その高揚感の裏には、現実逃避と中毒性への警鐘が潜んでいる。
10. We Are Fucking Fucked
終末的タイトルそのままに、混乱と絶望の中で叫ばれる“自分たちの責任”というメッセージ。
皮肉とユーモアが交差しながら、リスナーの耳と心を揺さぶるフィナーレ。
総評
Will of the Peopleは、Museが自らのキャリアと音楽的語法を“リミックス”し、現代の混沌と戯れながらも鋭い問いを投げかけたアルバムである。
それは、未来への悲観ではなく、あくまで「絶望の中で歌い続けること」の意味を再確認する行為のようにも見える。
音楽的には、グラム、シンセ、メタル、クラシックといったMuseの要素を自在に再配置したコラージュ的構成。
コンセプトは緩やかだが、むしろその“ゆるさ”の中に、現代という時代の矛盾と軽薄さを照射する視点がある。
Museはここで、怒りを叫びながらも、どこか笑っている。
それは、カオスと踊ることを選んだ者だけが持つ「意志」の姿なのかもしれない。
おすすめアルバム
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Simulation Theory / Muse
80sシンセと未来的ビジョンの実験作。Will of the Peopleの前夜とも言える。 -
Melodrama / Lorde
内省と外界、混乱と美が交錯する、ポップとアートの絶妙なバランス。 -
Hot Fuss / The Killers
グラムとシンセポップ、皮肉と熱狂が同居するモダン・クラシック。 -
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より壮大で実験的な方向に振り切った作品。社会への批評と音の冒険。 -
American Idiot / Green Day
大衆文化と政治をポップで風刺するアプローチにおいて、精神的親和性が高い。
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