
発売日:2021年12月3日
ジャンル:オルタナティヴ・ロック、スペース・ロック、ポスト・グランジ、オルタナティヴ・メタル、サイケデリック・ロック
概要
Failureの『Wild Type Droid』は、1990年代オルタナティヴ・ロックの重要バンドが、再結成後の充実を単なる懐古ではなく“現在進行形の創造”として証明した作品である。ケン・アンドリュース、グレッグ・エドワーズ、ケラ・ラファエルから成るFailureは、1990年代当時こそ巨大な商業的成功からはやや距離のある存在だったが、『Fantastic Planet』(1996年)を中心に、ヘヴィなギターと浮遊感、宇宙的イメージ、メロディの陰影、そして緻密な音響設計を結びつけた独自の美学によって、後年きわめて大きな再評価を受けることになった。Hum、Shiner、Cave In、A Perfect Circle、Deftones以降の一部作品、さらに2000年代以降のスペース・ロック/オルタナティヴ・メタル/ヘヴィ・シューゲイズ周辺のバンド群にまで及ぶ影響を考えれば、Failureは“後から時代が追いついたバンド”の代表例といってよい。
そのFailureが再始動後に発表した『The Heart Is a Monster』(2015年)、『In the Future Your Body Will Be the Furthest Thing from Your Mind』(2018年)に続く『Wild Type Droid』は、再結成第3弾にして、もっとも深く、もっとも沈鬱で、そしてもっとも現代的な作品の一つである。再結成後のFailureは、過去の代表作『Fantastic Planet』を意識させる音響やモチーフを持ちながらも、単なる再演には終わらず、むしろ加齢と時間経過によってしか出せない陰影を作品に刻んできた。『Wild Type Droid』ではその傾向がいっそう先鋭化しており、若い頃の退廃的な宇宙感覚が、中年以降の身体感覚、不安、孤絶、精神のノイズと結びつくことで、より不穏で複雑な音楽へ変化している。
タイトルの『Wild Type Droid』は非常にFailureらしい。科学的、SF的、機械的なニュアンスを持ちながらも、その意味は一義的には定まらない。“野生型アンドロイド”という一見矛盾した言葉の組み合わせは、人工と有機、制御と逸脱、冷たさと生々しさのあいだにあるFailureの美学そのものを思わせる。Failureの音楽は昔から、宇宙船、惑星、薬物、機械、身体、感情の断線といったモチーフを、明確なストーリーより感覚のコラージュとして使ってきた。本作でもその傾向は変わらないが、重要なのは、それらが単なるSF趣味ではなく、“現代人の精神と身体の異常な状態”を示す装置として機能している点である。つまり『Wild Type Droid』は、未来を夢見るアルバムではなく、すでに壊れかけた未来の残骸の中で意識を保とうとする作品として響く。
音楽的には、本作はFailureの特徴を非常に高い純度で備えている。重いリフ、歪んだベース、深い残響、乾いたドラム、広大な空間処理、そしてケン・アンドリュースとグレッグ・エドワーズの声が交差するヴォーカル・アレンジ。これらはどれもおなじみの要素だが、『Wild Type Droid』ではそれらがかつて以上に不安定で、夢と現実の境界を曖昧にする方向へ向かっている。曲はヘヴィでありながら、同時に非常に浮遊的でもある。だがその浮遊は『Fantastic Planet』のようなサイケデリックな酩酊感とは少し違い、むしろ現実感を失ったまま漂流するような感覚に近い。トーン全体に漂うのは高揚ではなく、鈍い圧力と静かな崩壊である。
Failureはもともと、オルタナティヴ・ロックのフォーマットの中に、プログレッシヴな構成感覚やサウンドデザインへの執着を持ち込んだバンドだった。本作でもその特性は際立っており、楽曲は一聴するとヘヴィでメロウなロックに聞こえながら、実際には細部の音色や空間の変化が非常に緻密に設計されている。ギターは単に歪んでいるだけではなく、層として積み重なり、しばしばシンセサイザー的な役割も担う。ベースは低域の土台であると同時に、曲のメロディックなうねりを支配する存在でもある。ドラムは派手なテクニックを見せるというより、トラックの呼吸を厳密に規定している。こうした構築性によって、『Wild Type Droid』は“雰囲気の良い重いロック”ではなく、音響そのものが心理状態を表現するアルバムとして成立している。
歌詞面では、Failureらしい断片性と象徴性が維持されている。明快な社会批評や直接的な告白は多くないが、全体としては疎外、幻覚、自己の断片化、身体の不確かさ、世界との接続不全といったテーマが濃厚に漂っている。これはパンデミック期の空気とも無関係ではないだろうが、本作はそれを具体的出来事としてではなく、もっと広い存在論的な不調として鳴らしている。そのため『Wild Type Droid』は“2021年のアルバム”でありながら、同時に“ずっと故障し続けている未来”の音楽としても聴ける。Failureがかつてから持っていた未来感覚は、ここではもはや革新や希望ではなく、摩耗とノイズに満ちた現在として現れている。
キャリア上の位置づけとして、『Wild Type Droid』は再結成後のFailureが決して一時的な復活ではなかったことを示す決定的な作品である。『The Heart Is a Monster』が帰還の喜びと再定義、『In the Future Your Body Will Be the Furthest Thing from Your Mind』が二部構成的な広がりと継続性を示した作品だとすれば、『Wild Type Droid』はその先で、バンドの美学をもっとも暗く、もっとも純度高く濃縮したアルバムである。若い頃のFailureが描いた“宇宙”が逃避や拡張のイメージを持っていたなら、本作での宇宙はもっと冷たく、もっと近く、そしてもっと身体の内側に入り込んでくる。だからこそ『Wild Type Droid』は、単なる後期作ではなく、Failureというバンドが時間を経て到達したもう一つの頂点として評価されるべき作品なのである。
全曲レビュー
1. Submarines
オープニングを飾る「Submarines」は、『Wild Type Droid』全体の空気を見事に定義する導入曲である。タイトルの“潜水艦”は、Failureらしい閉鎖空間と圧力のイメージを即座に呼び起こす。宇宙的な広がりで語られがちなこのバンドが、ここではまず水中の密閉空間から始めることが非常に意味深い。音は重く、沈み込み、しかし同時に広がっている。ギターとベースは深い水圧のようにじわじわと迫り、ヴォーカルはその中で淡々と漂う。高揚感を煽るタイプのオープナーではなく、アルバム全体を“圧力下の夢”として提示する役割を果たしており、きわめてFailureらしい始まり方だ。ここでの重さは攻撃ではなく、外界から切り離された感覚そのものとして機能している。
2. Mercury Mouth
タイトルからして、身体と元素、感覚と毒性が入り混じったようなFailureらしい語感を持つ一曲。サウンドは分厚く、低域が前に出ており、アルバム前半の重心をさらに沈める。Mercury、すなわち水銀を思わせるこの曲には、液体金属のような不安定さと冷たさがあり、リフは固体のように重いのに、全体の流れは妙にぬめりを持っている。ケン・アンドリュースとグレッグ・エドワーズのヴォーカルの絡みも、この不定形な感触を強めており、誰か一人の明確な声というより、意識が二重化しているような印象を残す。Failureが得意とする“物質的な音なのに心理的に曖昧”という感覚がよく出た楽曲だ。
3. Heavy and Blind
タイトルが示す通り、この曲は“重く、見えない”という本作の本質をかなり端的に言い表している。Failureの音楽におけるヘヴィネスは、しばしば重量感と視界不良が同時に起こることで成立するが、この曲ではそれが非常に明快だ。リフは低く押し出しが強いが、空間はむしろ霧がかかったように曖昧で、視覚的な焦点が定まらない。Blindnessはここで無知や恐怖というより、感覚の過負荷として響いているように思える。音があまりに重く広いため、逆に輪郭がつかめなくなる。Failureの“重さの哲学”が凝縮されたような曲であり、ポスト・メタル的な圧力とオルタナティヴ・ロック的な歌心が高度に同居している。
4. Headstand
アルバムの中ではややコンパクトに感じられるが、そのぶんFailureらしいねじれた感覚がよく見える曲。“逆立ち”というタイトルが象徴するように、この曲には上下の反転、知覚のずれ、身体感覚の不安定さがある。サウンドも、重いリフに対してヴォーカルが比較的平熱で置かれることで、重力と平衡感覚のズレが生まれている。Failureはしばしば宇宙的なイメージで語られるが、その宇宙性の本質はこうした“普通の知覚が少し反転する感じ”にある。この曲は派手な展開ではなく、わずかなズレを持続させることで不安を生み出しており、アルバム全体の精神的な不安定さを支える重要な一曲といえる。
5. Long Division
算術用語である“長除法”をタイトルにしたこの曲は、Failureらしい知的で少し無機質なセンスがよく出ている。計算、分解、手順、分割といったイメージは、バンドが音響を構築するやり方とも重なるし、精神が細かく分断されていく感覚にもつながる。サウンドは緻密で、各パートが互いに噛み合いながらも、どこか切断されたような距離感がある。ギターは厚いが塊にはなりきらず、ドラムやベースの細かな動きによって、曲は常に不安定に揺れている。Failureの楽曲はしばしば複雑でも耳あたりを失わないが、この曲はその好例であり、知的構造と感情的な曇りがうまく同居している。
6. Holding on
本作の中では比較的メロディの輪郭がはっきりしており、Failureの“歌のバンド”としての側面がよく表れている。とはいえ、ここでの“holding on”は前向きな粘りや希望の表明というより、崩れ落ちそうなものにどうにかしがみついている状態に近い。サウンドは依然として重いが、ヴォーカル・メロディの切実さが前に出ることで、アルバムの中に人間的な体温が生まれる。Failureの魅力は、機械的・宇宙的な意匠の背後に、きわめて生々しい感情が隠れている点にあるが、この曲ではその内側が比較的見えやすい。聴き手にとって入口になりやすい一方、本作の核心から外れてもいない、絶妙なバランスの楽曲である。
7. Neurotica
タイトルからも分かる通り、この曲は精神の過敏さ、不安、神経症的な揺れをかなり直接的に想起させる。Failureは昔から、薬物や幻覚、身体の異常感覚を音楽に持ち込むことが多かったが、「Neurotica」はその流れをより現代的な不安障害めいたトーンへ接続しているように聞こえる。音は重く密度が高いが、曲の内部では常にざわざわとした落ち着かなさがあり、ひとつの安定したグルーヴに身を預けきれない。リフは硬質だが、メロディと空間がそれを曖昧にし、結果として“内部から崩れていく重さ”が生まれている。アルバム中でも特に不穏で、Failureの精神的な側面が色濃く表れた曲である。
8. Famous
一見するとシンプルなタイトルだが、このアルバムの文脈で聴くと非常に皮肉に響く。“有名であること”は、現代において可視化や接続を意味する一方で、Failureの世界ではむしろ疎外や空虚さに結びつく。楽曲そのものも華やかさとは無縁で、じっとりとした重みと不穏なメロディが支配している。Failureはもともと商業的巨大成功の外側にいたバンドであり、そのことがかえって彼らの神話性を強めたが、この曲を聴くと、可視性や認知の問題そのものが奇妙に捻じれて感じられる。タイトルの素朴さに対して、音は異様に暗い。その落差が印象的である。
9. Gillian Carter
アルバムの中でも特に不気味な存在感を放つ楽曲。固有名詞らしきタイトルを持つことで、Failureの断片的な歌詞世界の中に一瞬だけ人物や現実の手触りが差し込むが、その現実感はすぐに不穏な霧の中へ消えていく。サウンドは重く、ゆっくりと進行し、ひとつの人物像を描写するというより、その名前にまとわりつく記憶や幻覚を鳴らしているように聞こえる。Failureの歌には具体的な固有名詞や物質名が頻出するが、それは説明のためではなく、感情の輪郭を少しだけ現実に固定するための装置なのだろう。この曲はその典型であり、アルバムに奇妙な“実在感の影”を落としている。
10. Half Moon
タイトルの“半月”が示すように、この曲には不完全さ、部分性、欠けた光といったイメージが漂う。Failureの音楽は完全な明暗ではなく、その中間領域、薄暗い光、壊れた未来、届ききらない感情を得意としてきたが、「Half Moon」はまさにその美学の縮図のような楽曲である。音は深く、広く、しかしどこか輪郭を失っており、月明かりのような淡い光の中で巨大な塊がうごめくような印象を与える。メロディも美しいが、その美しさは慰めではなく、かえって喪失感を強めるタイプのものだ。本作の後半において、Failureの抒情性がもっとも静かに深く表れた一曲といえる。
11. Bring Back the Sound
アルバム終盤に置かれたこの曲は、タイトルの段階で非常に象徴的である。“音を取り戻せ”という言葉は、失われた創造性、感覚、接続、あるいはバンド自身の歴史すら想起させる。しかしこの曲は、ノスタルジックな復活宣言にはなっていない。むしろ、音が戻ってくること自体が不穏で、巨大なノイズの再侵入のように響くのがFailureらしい。サウンドは分厚く、かなり攻撃的な側面もあるが、それでもバンド特有の広がりは失われない。再結成後のFailureが過去を肯定しつつ、その過去に安住しないことを、このタイトルとサウンドのねじれが見事に示している。
12. Undecided
本作を締めくくる「Undecided」は、タイトルの通り“未決定”のまま終わる曲であり、その点で『Wild Type Droid』のエンディングとして非常に適切である。Failureのアルバムはしばしば明快な決着を避け、余韻や漂流感を残して終わるが、この曲はその美学をきわめて現代的に体現している。音は最後まで重く、深く、しかし解放へは向かわない。決断や救済ではなく、なお宙吊りの状態が続いていく。その持続感が、このアルバムを単なる“暗いロック作品”ではなく、存在そのものの不安定さを抱えた作品として完結させている。最後まで結論を与えないことで、むしろ作品全体の統一感は強まっている。
総評
『Wild Type Droid』は、Failureが再結成後に到達した最も暗く、最も重く、そして最も純度の高いアルバムである。『Fantastic Planet』の影響力はあまりに大きく、その影から逃れることは容易ではなかったはずだが、本作はその神話をなぞるのではなく、別の角度から更新してみせた。ここには90年代の若さや退廃的なロマンはない。その代わりにあるのは、時間を生きた者だけが持つ摩耗、距離感、諦念、そしてなお失われない感覚の鋭さである。Failureはこのアルバムで、若い頃の自分たちを再現するのではなく、現在の身体と精神でしか鳴らせない“故障した未来のロック”を作り上げた。
音楽的には、ヘヴィなギター、広大な空間処理、メロディの陰影、機械的でありながらきわめて人間的なサウンドデザインが見事に統合されている。特筆すべきは、その重さが単なるメタル的圧力ではなく、意識の状態そのものを表すものとして機能している点だろう。Failureの轟音は壁ではなく、内的空間の可視化である。だからこそ『Wild Type Droid』は、ジャンルを越えて聴き手に深く作用する。これはスペース・ロックでもあり、オルタナティヴ・メタルでもあり、ポスト・グランジでもあるが、そのどれにも完全には収まらない。
また、本作は2020年代初頭の空気を強くまとっている。孤立、不安、感覚の断線、身体の不確かさ、現実の質感の希薄化。そうした時代の精神が、直接説明されることなく音そのものに焼き付いている。そのため『Wild Type Droid』は、パンデミック期に生まれた多くの作品の中でも、表面的な時代性ではなく、もっと深い精神的振動を記録したアルバムとして残るだろう。
Failureの入門としては『Fantastic Planet』や『Magnified』の方が選ばれやすいかもしれない。しかし、現在のFailureがどこまで深く、自分たちの美学を更新できるのかを知るうえで、本作は決定的に重要である。『Wild Type Droid』は後期作でありながら、決して余生の作品ではない。むしろ、長い時間を経たからこそ可能になった、もう一つの頂点である。重く、曖昧で、壊れていて、それでも異様に美しい。Failureというバンドの本質が、2021年の地点でこれ以上ないほど鮮明に現れた一枚である。
おすすめアルバム
- Failure『Fantastic Planet』
バンドの代表作にして歴史的名盤。『Wild Type Droid』の宇宙的イメージ、重さと浮遊感の源流を知る上で不可欠である。
– Failure『In the Future Your Body Will Be the Furthest Thing from Your Mind』
再結成後第二作で、本作へ至る音響的・構成的な橋渡しとなる重要作。より広がりのある再始動後のFailure像が見える。
– Hum『Inlet』
近年の重く浮遊するオルタナティヴ・ロックの頂点の一つ。Failureと並べることで、2020年代の“成熟した轟音美学”がよく分かる。
– Spotlights『Alchemy for the Dead』
ポスト・メタル的な重さとドリーミーな広がりを持つ作品で、本作の低重心かつ夢幻的な感触と相性が良い。
– Nothing『The Great Dismal』
ヘヴィ・シューゲイズの現代的傑作。Failureが切り開いた重さと霞の共存が、別の世代の感覚で更新されている。

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