What’s Love Got to Do with It by Tina Turner(1984)楽曲解説

 

1. 歌詞の概要

Tina Turnerによる『What’s Love Got to Do with It』は、1984年にリリースされ、彼女のキャリアを再定義した決定的なヒット曲である。そのタイトルが問いかける「愛に何の意味があるの?」というフレーズは、恋愛に対する懐疑と自立した女性の視点を鋭く突きつけるものであり、リリース当時の音楽シーンのみならず、ジェンダー観や女性像にも大きな影響を与えた。

歌詞の中で語られるのは、感情を抑えながらも本能的な関係に惹かれてしまう自己矛盾と、それに対する自己防衛の姿勢である。語り手は、愛を“second-hand emotion(お下がりの感情)”と表現し、それが自分にとってはもはや必要ないものだと歌うが、その裏には過去の傷や深い感情の揺れが見え隠れしている。

この楽曲は、単なる失恋ソングやセクシャルな誘惑の歌ではない。むしろ「愛」や「依存」といったものに懐疑の目を向け、自分自身の内面に立ち返る女性の“内なる解放宣言”とも言える構造を持っている。その強さと切なさのバランスが、多くのリスナーにとって深い共感を呼び起こす要因となっている。

2. 歌詞のバックグラウンド

Tina Turnerは、1960年代からIke Turnerとのデュオで音楽シーンに君臨したが、私生活では深刻なDV(家庭内暴力)に苦しんでいた。1976年にその関係を断ち切り、ソロとしての再出発を図るも、1970年代後半は商業的な成功に恵まれず、長い低迷期を過ごすこととなる。

そんな彼女にとって、1984年のアルバム『Private Dancer』はまさに復活の象徴であり、その中でも『What’s Love Got to Do with It』は最大の成功作となった。この楽曲は全米シングルチャートで1位を獲得し、Tina Turnerにとって初のNo.1ヒットとなっただけでなく、グラミー賞4部門(最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞など)を受賞するという快挙も成し遂げた。

歌詞は作詞作曲家のグラハム・ライルとテリー・ブリテンによるもので、当初は他のアーティストに向けて書かれたものであったが、Tinaの声と人生を通して完全に新しい意味を帯びることとなった。その声に込められた年齢、経験、痛み、そして再生のエネルギーは、歌詞の冷ややかさとは裏腹に、圧倒的な人間的説得力を与えている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

What’s love got to do, got to do with it
愛に何の意味があるの?

What’s love but a second-hand emotion
愛なんて、ただの“お下がりの感情”にすぎない

このサビのフレーズは、楽曲の核心をつく鋭い問いかけである。恋愛や愛情というものが“自分にとって本当に必要なものなのか”という、感情への不信と距離感がにじんでいる。

Who needs a heart when a heart can be broken?
傷つくだけの心なんて、誰が必要とするの?

この皮肉を帯びた一節は、過去の痛みによって感情を麻痺させた状態を映し出している。語り手は、心を持つことで生まれる脆さと痛みに対して、疑念を抱いている。

It may seem to you that I’m acting confused
私が戸惑っているように見えるかもしれないけれど

When you’re close to me
あなたが近づいてくると

If I tend to look dazed
私がうっとりしたような顔をしてしまったとしても

I’ve read it someplace
どこかで読んだのよ

I’ve got cause to be
そうなる理由があるってね

このセクションでは、感情に抗おうとしても、心が体を裏切るように動いてしまうという、矛盾と切なさが描かれている。理性と欲望、拒絶と受容のあいだにある心の揺らぎが、リアルに表現されている。

引用元:Genius – Tina Turner “What’s Love Got to Do with It” Lyrics

4. 歌詞の考察

『What’s Love Got to Do with It』の歌詞は、決して単なる「恋愛に冷めた女性」のものではない。むしろ、それは深い愛を知り、そして裏切られた経験を経た人間が辿り着いた“感情のセーフモード”であり、愛という名のもとに繰り返される搾取や傷つきに対する反抗でもある。

“second-hand emotion”という表現に象徴されるように、この曲の語り手は、恋愛があたかも世間で使い古された幻想であるかのように語り、それに振り回されることへの拒絶を表明する。その一方で、歌詞の行間には、そうした感情を完全に手放せていないことがにじんでおり、そこにこの曲の“陰影”が生まれている。

Tina Turner自身の人生と照らし合わせると、この歌詞は単なるフィクションではなく、個人的な叫びとしても響く。彼女は愛の名のもとに傷つき、搾取され、耐え続けた過去を持っている。その彼女が「愛なんて要らない」と歌うことで、この楽曲は“脱ロマンス”の時代を象徴する先駆的なフェミニズム・アンセムとなった。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • I Will Survive by Gloria Gaynor
    失恋からの再生と自立を高らかに歌ったディスコの名曲。女性の強さを歌うという意味で共鳴する。
  • You Oughta Know by Alanis Morissette
    愛への怒りと裏切りをダイレクトに表現した90年代のフェミニズム的代表作。
  • Irreplaceable by Beyoncé
    関係性の主導権を握り、別れを恐れない姿勢を示す現代的な自立ソング。
  • No More “I Love You’s” by Annie Lennox
    愛という言葉の軽さや矛盾を、美しく儚く歌い上げた傑作。

6. “感情の再定義”としてのパワー・アンセム

『What’s Love Got to Do with It』は、1980年代という時代において、恋愛至上主義から一歩引いた位置に立ち、「愛に本当に価値はあるのか?」という根源的な問いを提示した、極めて画期的な作品である。そしてその問いは、2020年代においても、関係性の多様化や自己肯定感の再評価というテーマと直結しており、いまなお色あせない。

Tina Turnerの力強く、時に冷静に、そして決して感情を失わないヴォーカルは、「強さとは何か」「自立とはどうあるべきか」という問いに対する一つの答えである。彼女がこの曲で放った「愛が何の関係があるの?」という問いは、いまも世界中のリスナーの心を静かに、しかし鋭く刺し続けている。


歌詞引用元:Genius – Tina Turner “What’s Love Got to Do with It” Lyrics

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