
発売日:2021年9月10日
ジャンル:ダンス・ポップ/シンセポップ/ユーロポップ
概要
Stepsの『What the Future Holds Pt. 2』は、2020年に発表されたアルバム『What the Future Holds』の世界観を拡張する形で制作された、通算7作目のスタジオ・アルバムである。タイトルに「Pt. 2」とある通り前作との連続性を明確に持つ一方、単なるデラックス版や未発表曲集ではなく、新曲を中心に再構成された独立した作品として位置づけられている。
StepsはClaire Richards、Faye Tozer、Lisa Scott-Lee、Lee Latchford-Evans、Ian “H” Watkinsからなる英国の5人組ポップ・グループで、1990年代後半から2000年代初頭にかけて英国ポップ界を代表する存在となった。「5,6,7,8」「One for Sorrow」「Tragedy」「Deeper Shade of Blue」など、ユーロダンスやディスコを基盤とした明快なポップ・ソングによって支持を獲得している。
初期Stepsの特徴は、ダンス・ミュージックの構造を非常に分かりやすい歌謡的メロディへと落とし込むことにあった。ABBA的な男女混声ポップ、Stock Aitken Waterman以降の英国ダンス・ポップ、1990年代のユーロダンスといった要素を組み合わせながら、振付を含めた視覚的エンターテインメントとして成立させていた。
2001年に一度解散したものの、2011年に再結成。その後2017年の『Tears on the Dancefloor』によって、単なるノスタルジーに依存しない現代型Stepsのサウンドを確立した。往年の高揚感を維持しながら、EDM以後の音圧や現代的なシンセポップの質感を導入したのである。
『What the Future Holds Pt. 2』も、その再評価期の延長上にある。
最大の特徴は、1990年代型のユーロポップをそのまま復刻するのではなく、2020年代のダンス・ポップへと再設計している点だ。シンセサイザーを大きく広げたサウンド、精密にプログラムされた4つ打ち、ディスコ由来のストリングス、劇的な転調やコーラスといったStepsらしい要素を残しつつ、プロダクションには現代的な透明感がある。
さらに、Stepsの音楽で重要なのは「明るいサウンド=明るい歌詞」ではないことである。本作でも、失恋、孤独、自己欺瞞、時間の経過、関係の終焉といったテーマが頻繁に登場する。それらを巨大なサビとダンス・ビートに乗せる「悲しみながら踊る」構造は、ABBAからPet Shop Boys、Kylie Minogueへと続く英国/欧州型ダンス・ポップの伝統に位置づけられる。
全曲レビュー
1. Take Me for a Ride
アルバムの冒頭を飾る「Take Me for a Ride」は、『What the Future Holds Pt. 2』の方向性を端的に示すダンス・ポップである。
厚みのあるエレクトロニック・ビートとシンセサイザーを基盤にしながら、サビではStepsらしい開放的なメロディが一気に広がる。1990年代後半のユーロポップを思わせる推進力を持ちながら、低域やリズムの処理は明らかに現代的である。
タイトルの「Take Me for a Ride」には、誰かと一緒に刺激的な経験へ飛び込むという意味だけでなく、相手に振り回される、あるいは弄ばれるというニュアンスも重ねられている。
そのため、華やかなアレンジの裏側には、人間関係における不安定さが存在する。Stepsが得意としてきた「幸福感のあるサウンドと、少し苦味を帯びた感情」の組み合わせが、アルバム冒頭から明確に示される。
2. Heartbreak in This City (Single Mix)
「Heartbreak in This City」は、都市の夜を舞台に失恋を描くドラマティックなダンス・ポップである。本作にはシングル・ミックスが収録されている。
サウンドはディスコとシンセポップの中間に位置し、4つ打ちのリズムに華やかなシンセとコーラスが積み重なる。楽曲全体には、1980年代後半から1990年代初頭の英国クラブ・ポップを思わせる質感がある。
歌詞では、都会の華やかさと個人的な孤独が対比される。多くの人々が行き交う場所にいながら、自分自身は失恋によって孤立しているという構図である。
この「都市と孤独」というテーマはPet Shop Boysなどの英国シンセポップにも頻繁に登場したもので、Stepsはそれをより直接的かつ歌謡的なメロディで表現している。
シングル版ではMichelle Visageがフィーチャーされ、楽曲のキャンプ的、演劇的な側面がさらに強調されたことでも知られる。Stepsが長年築いてきたLGBTQ+カルチャーとの結びつきを象徴する楽曲のひとつでもある。
3. Wasted Tears
「Wasted Tears」は、タイトル通り「無駄に流してしまった涙」をテーマとする。
関係が終わった後、相手のために苦しんだ時間そのものを振り返り、それが本当に価値のあるものだったのかを問い直す内容である。
音楽的にはミッドテンポ寄りのダンス・ポップで、極端に速いビートではなく、ヴォーカルとメロディを前面に押し出している。サビに入るとスケールが大きくなり、感情の解放が音楽的にも表現される。
失恋を悲劇として終わらせるのではなく、それを過去のものとして整理する視点が重要である。涙を流した事実を否定するのではなく、その経験から距離を置くことで、自分自身を取り戻そうとする。
Stepsの楽曲にしばしば見られる「失恋からの再生」というテーマを、現代的な視点から描いた一曲である。
4. A Hundred Years of Winter
「あまりにも長く続く寒さ」を意味する「A Hundred Years of Winter」は、本作の中でも特にドラマティックな楽曲である。
冬はポップ・ミュージックにおいて孤独や感情的な空白を象徴することが多い。この曲でも、愛情を失った状態が長い冬として表現される。
歌詞では、恋愛が終わった後に訪れる感情的な空虚さが中心となる。単なる悲しみではなく、世界そのものから温度が失われたように感じられる心理状態を、大きな比喩によって描いている。
サウンドはシンセポップを基調としつつ、コーラス部分では一気に壮大になる。Stepsの強みである男女混声のヴォーカルが、メロディに厚みを与える。
アルバム中でも「悲しさをダンス・ポップへ変換する」というStepsの方法論が最も明確な楽曲のひとつである。
5. Living in a Lie
「Living in a Lie」は、自分が信じていた関係や人生が実際には虚構だったと気づく瞬間を描いている。
タイトルそのものが楽曲の核心であり、恋愛関係の中で見ないようにしてきた事実や矛盾と向き合うというテーマが展開される。
アレンジではビートの存在感が強く、シンセサイザーが緊張感を作り出す。メロディにはStepsらしい明快さがあるものの、感情的にはアルバムの中でも比較的暗い。
重要なのは、ここで描かれる「嘘」が必ずしも相手から与えられたものだけではない点である。関係を維持するため、自分自身も現実を見ないふりをしていた可能性が示唆される。
そのためこの曲は、単純な裏切りの歌ではなく、自己欺瞞についての歌としても読むことができる。
6. A Million Years
「A Million Years」は、時間というテーマを大きく拡張したラヴ・ソングである。
百万年という非現実的な時間を用いることで、恋愛感情の永続性を誇張して表現する。この種の巨大な比喩は、Stepsの音楽における演劇的なロマンティシズムと非常に相性が良い。
サウンド面では、エレクトロニックなダンス・ビートに壮大なコーラスを組み合わせる。繊細な感情を小さく表現するのではなく、アリーナ規模のサビへと拡大していく点がStepsらしい。
一方で、永遠を願う歌詞には、その願いが現実には達成困難であるという切なさも含まれる。
幸福と悲哀が同時に存在することで、単純なポジティヴ・ソングにはならない。Stepsが得意とするメロドラマ的ポップの典型である。
7. Trouble & Love
「Trouble & Love」は、愛と問題が切り離せない状態を描いた楽曲である。
恋愛を理想化するのではなく、強い感情があるからこそ衝突も生まれるという二面性をテーマとしている。
タイトルで「Trouble」と「Love」を並列させていることが象徴的で、本作全体に存在する「恋愛=幸福」という単純な図式への疑問がここでも表れる。
リズム面ではクラブ・ポップ的な推進力があり、サビの反復性も高い。Stepsの楽曲は、歌詞が複雑な状況を扱っていても、メロディそのものは一度で覚えられるほど明快に設計される。この曲もその典型だ。
アルバム中盤に置かれることで、作品の恋愛観を整理する役割を担っている。
8. Victorious
「Victorious」は、本作における自己肯定と再生を象徴するナンバーである。
タイトル通り、困難を乗り越えた後の勝利をテーマとしており、失恋や混乱を描いた前半の楽曲群に対する回答として機能する。
ビートは力強く、シンセの配置にもアリーナ・ポップ的な壮大さがある。特にサビは観客との合唱を想定したような設計で、Stepsのライヴ・アクトとしての性格を強く反映している。
歌詞では、誰かを打ち負かすことよりも、自分自身が再び立ち上がることに重点が置かれる。
その意味では単純な勝利宣言ではなく、精神的な回復を歌った楽曲である。
1990年代のStepsが持っていた無条件のポジティヴさとは異なり、2020年代のStepsでは「困難を経験した後だからこその高揚」が強調されている。
9. Kiss of Life
「Kiss of Life」は、再び生命を与えるキスという古典的なロマンティック・イメージを用いたダンス・ポップである。
恋愛によって失われていた感情が蘇るという内容で、アルバム後半の空気を明るい方向へ切り替える。
音楽的にはディスコの影響が強く、リズミカルなベースと煌びやかなシンセが特徴。2010年代後半から2020年代初頭に再評価されたディスコ・ポップの流れとも自然に接続している。
Stepsにとってディスコは単なる復古趣味ではない。ABBAやBee Gees、1980年代のHi-NRGと同様、感情を巨大なメロディへ変換するための基本言語となっている。
「Kiss of Life」はその伝統を現代的なプロダクションで更新した一曲である。
10. High
「High」は、高揚感そのものを音楽化したような楽曲である。
恋愛や人との結びつきによって気分が上昇していく感覚を、「High」というシンプルな言葉で表現する。
アレンジは極めて開放的で、シンセの上昇感とコーラスの広がりがタイトルの意味をそのまま音響化している。
Stepsの代表的なスタイルである、覚えやすいタイトル、明快なサビ、ダンス・ビートという三要素が揃った楽曲であり、アルバムの中でも特に純粋なポップ・ソングとして機能する。
ただし、本作前半に数多くの失恋や孤独の楽曲が配置されているため、「High」の明るさは単独で存在するのではなく、そこへ至るまでの感情的な過程の結果として響く。
11. What the Future Holds
前作のタイトル曲「What the Future Holds」は、本作にも収録され、2作品を直接的に結びつける役割を担う。
この曲はSiaとGreg Kurstinらによるソングライティングを基盤とする、現代的なダンス・ポップである。
歌詞の中心にあるのは「未来は予測できない」という感覚だ。恋愛関係の先に何が待っているのか分からなくても、それでも前へ進もうとする。
このテーマは、長期間の活動停止と再結成を経験したSteps自身のキャリアにも自然に重なる。
サウンドには2010年代以降のシンセポップ的な質感があり、往年のStepsを模倣するのではなく、現在のポップ市場の中でグループを機能させるという意図が明確である。
タイトル曲をPt. 2にも再配置することで、2枚のアルバムがひとつの大きなプロジェクトであることを示している。
12. Something in Your Eyes
「Something in Your Eyes」は、相手の目に宿る何かから感情を読み取るという、伝統的なラヴ・ソングのモチーフを扱う。
楽曲は極めてメロディックで、Stepsが長年得意としてきたヨーロピアン・ポップの要素が強い。
歌詞では、言葉よりも視線が真実を語っているという構図が使われる。相手が口にしない感情を目から感じ取るというテーマであり、恋愛における期待と不安が同時に描かれる。
サウンドの華やかさに対して歌詞にはわずかな切なさがあり、この対比がStepsらしい。
ABBAから続くスカンジナビアン・ポップ的な旋律感覚とも親和性の高い楽曲である。
13. Clouds
「Clouds」は、雲というイメージを利用した比較的内省的な楽曲である。
雲は状況が不明瞭であることや、感情が晴れないことの比喩として用いられる一方、その向こうには光が存在するという希望も示唆する。
アレンジにはシンセポップらしい浮遊感があり、タイトルのイメージと音響が対応している。
歌詞も本作の他曲に比べれば抽象度が高く、具体的な失恋の場面より、精神状態そのものに焦点を当てている。
アルバム後半にこうした曲を配置することで、作品に単調ではない感情的な陰影が生まれている。
14. To the Beat of My Heart
「To the Beat of My Heart」は、心臓の鼓動とダンス・ビートを直接結びつけた、Stepsの美学を象徴するような一曲である。
ダンス・ミュージックでは古くからビートと身体の関係が重要視されてきた。この曲では、その身体的なリズムを恋愛感情のメタファーとして使用している。
4つ打ちのリズムとタイトルが強く連動しており、「心が動くこと」と「踊ること」がほぼ同義として表現される。
Stepsというグループにとって、ダンスは単なる音楽ジャンルではなく、感情を外部へ解放する方法でもある。
その意味で「To the Beat of My Heart」は、Stepsのキャリア全体を象徴するテーマを持つ楽曲といえる。
15. Father’s Eyes
アルバム終盤を締める「Father’s Eyes」は、それまでのクラブ・ポップ的高揚とは異なる、より感情的な余韻を持つ楽曲である。
「父親の目」というイメージを中心に据えながら、記憶、家族、継承といった個人的なテーマを扱う。
本作では恋愛関係を中心とする楽曲が多いが、最後により広義の愛情や人間的な結びつきを扱うことで、作品全体の感情的な範囲を広げている。
アレンジではヴォーカルの存在感が重視され、Stepsの5人による歌声そのものが作品の中心へ戻ってくる。
アルバムの締めとして、派手なダンス・ポップだけではないStepsの成熟した側面を提示する楽曲である。
総評
『What the Future Holds Pt. 2』は、Stepsが1990年代型ポップ・グループの再結成という枠を超えて、現役のダンス・ポップ・アクトとして成立していることを改めて示した作品である。
このアルバムで特に重要なのは、彼らが過去のスタイルを否定していないことである。
Stepsの基本的な音楽言語は、現在も明確な4つ打ち、巨大なサビ、男女混声ヴォーカル、ユーロポップ的なコード進行、ディスコ由来の高揚感で構成されている。それを2020年代の音圧、シンセサイザー、ミックス技術によって更新することで、昔のファンにも新しいリスナーにも理解できる形へ調整している。
また本作では、Stepsの音楽に以前から存在した「メロディの明るさと歌詞の悲しさ」という対照が一段と明確になっている。
「Wasted Tears」では過去に流した涙を振り返り、「A Hundred Years of Winter」では失恋後の孤独を冬として描き、「Living in a Lie」では関係そのものが虚構だった可能性に直面する。「Trouble & Love」では愛と問題が共存し、「Victorious」ではそこから立ち直る。
その流れを考えると、本作は単に踊れる楽曲を並べた作品ではなく、「喪失から回復へ」というひとつの大きな感情曲線を持っている。
これはディスコというジャンルが歴史的に持ってきた性質とも一致する。ディスコは必ずしも幸福だけを歌う音楽ではない。Gloria Gaynorの「I Will Survive」に代表されるように、失恋や孤独をダンスフロアで克服するという構造は、1970年代以来このジャンルの重要な伝統だった。
Stepsはその精神を1990年代のユーロポップへ受け継ぎ、さらに2020年代へ運んでいる。
そして『What the Future Holds Pt. 2』には、ABBAからStock Aitken Waterman、Kylie Minogue、Pet Shop Boysへと続く英国および欧州ダンス・ポップの歴史が濃縮されている。
特にABBAとの共通点は、単なるキャッチーさではない。明るい旋律の中に失恋や孤独を忍ばせ、それを複数ヴォーカルによる壮大なコーラスへ変換する方法論にある。
一方、サウンド面では2010年代後半以降のディスコ・リバイバルとの接点も強い。Dua LipaやKylie Minogueをはじめ、2020年前後のポップ・シーンではディスコや1980年代シンセポップが大規模に再解釈された。Stepsの復活後の作品群はその流れと自然に重なりながらも、彼らの場合はもともとその系譜の内部で活動していたという点が異なる。
そのため本作には、レトロ・ブームへの便乗というより、自分たち自身が築いてきた音楽言語を現代へ再接続する説得力がある。
ヴォーカル面でも、Stepsというグループの特徴がよく活かされている。Claire Richardsの力強く伸びる声を中心としながら、Faye Tozer、Lisa Scott-Lee、Lee Latchford-Evans、Ian “H” Watkinsの声を曲ごとに配置することで、単一のリード・シンガーを持つポップ・グループとは異なるドラマを作り出している。
『What the Future Holds Pt. 2』は、1990年代のStepsを知るリスナーにとっては彼らの核心が維持されていることを確認できる作品であり、現代のダンス・ポップから遡るリスナーにとっては、英国ユーロポップの系譜を知る入口にもなる。
過去を再現することではなく、過去に確立した美学を現在の制作環境に適応させること。その点において、本作は再結成後Stepsの成熟を示す重要作である。
おすすめアルバム
1. Steps – What the Future Holds(2020)
本作の直接的な前編。タイトル曲「What the Future Holds」をはじめ、Stepsの伝統的なユーロポップを現代的なダンス・プロダクションへ更新した作品である。『Pt. 2』と組み合わせることで、ひとつの長いプロジェクトとしての構成が見えてくる。
2. Steps – Tears on the Dancefloor(2017)
Stepsの本格的な復活を決定づけたアルバム。「Scared of the Dark」を筆頭に、往年の高揚感を維持しながら現代的なダンス・ポップへ移行した作品である。『What the Future Holds』期の音楽性へ至る出発点として重要。
3. Kylie Minogue – DISCO(2020)
クラシックなディスコを2020年代のポップ・プロダクションで再解釈した作品。華やかなサウンド、メロディ重視の構成、失恋や欲望をダンス・ビートへ転換する姿勢など、『What the Future Holds Pt. 2』との共通点が多い。
4. ABBA – Super Trouper(1980)
Stepsの音楽的DNAを考えるうえで欠かせない作品。非常に明るいメロディと、孤独や関係の崩壊を扱う歌詞を共存させるABBAの方法論は、Stepsにも強く継承されている。「The Winner Takes It All」に代表される「悲しみを巨大なポップへ変換する」構造は特に重要である。
5. Pet Shop Boys – Very(1993)
英国シンセポップとダンス・ミュージックを極めてカラフルなポップへ変換した作品。表面的には祝祭的でありながら、内側では孤独、欲望、アイデンティティといった複雑なテーマを扱う点でStepsの成熟期作品とも接点がある。

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