発売日: 2018年10月5日
ジャンル: ロック、ポップ・ロック、シンガーソングライター、オルタナティヴ・ロック
概要
『WAX』は、KTタンズタル（KT Tunstall）が2018年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、
“BODY（身体）”をテーマに据えた三部作『SOUL』『BODY』『MIND』構想の第2章として位置づけられる、
肉体性と感情の衝動がぶつかり合う、力強いロック・アルバムである。
前作『KIN』（2016年）では、精神的な再生とポップ回帰を果たしたKTだったが、
本作ではさらに深く“物理的な存在としての自分”に向き合い、ギター中心のエネルギッシュなロック・サウンドに回帰。
同時に、女性の身体性、痛み、欲望、変容といったテーマを、ダイレクトかつ比喩的に織り込んだ歌詞が印象的である。
プロデュースはニック・マクシー（Frank Ocean, Arctic Monkeys）との共作。
サウンド面では、グランジ、グラム・ロック、インディー・ロック的テクスチャーを取り入れつつも、
KTのメロディセンスとストーリーテリングが一貫して息づいている。
全曲レビュー
1. Little Red Thread
導入から歪んだギターが唸る、**“身体のどこかに結ばれた感情の糸”**を描くラウドなロック・ナンバー。
衝動とアイロニーのあいだを軽快に往復する、KT流“赤い糸”の解釈。
2. Human Being
“人間であること”の不安と誇りをテーマにした、アルバムの思想的支柱とも言える楽曲。
「私はただの人間よ、でもそれって凄いことよね？」というフレーズが、ポップかつ鋭く突き刺さる。
3. The River
流れるままに身を任せながらも、“運命に逆らう力”を静かに燃やすスロー・ロックバラード。
ボーカルの力とギターのうねりが絶妙に交差する、感情の濁流を描いた一曲。
4. The Mountain
登ることでしか見えない景色がある――という、“挑戦と再生”をテーマにしたエモーショナルなロック・アンセム。
山という比喩が、心の克服とリンクする。
5. Dark Side of Me
KTの“内なる影”を見つめるナンバー。
グラム・ロック調のダークなビートと、自己肯定と自己矛盾が混ざり合うリリックが深く印象に残る。
6. Poison in Your Cup
毒を飲みながら、それに慣れていくような関係性を描いた、甘美で危ういミッドテンポ曲。
ビートとギターの絡みに妖しさが漂う。
7. Backlash & Vinegar
シニカルなタイトル通り、反発と皮肉をテーマにした攻撃的ロック・チューン。
“私は甘くない”と高らかに宣言する、KT流パンキッシュ・ポップ。
8. Tiny Love
大仰な愛じゃなくても、確かに存在する“ちいさな愛”の形。
穏やかで真摯なラブソングであり、アルバム中盤の感情的な静寂を担う。
9. Part of Me
タイトル通り、“あなたの一部が今も私の中にある”という、別れのあとに残る共鳴を描くバラード。
身体に刻まれた感情の残像が、ナチュラルなサウンドとともに滲む。
10. Never Too Late
終盤に現れるポジティブな転調曲。
“遅すぎることなんてない”というフレーズが、疲れた心と身体を励ます。
11. The Night That Bowie Died
“ボウイが死んだ夜”に感じた喪失と決意を綴った、静かで強いエンディング。
アイドルを失った時、初めて“自分の人生のステージ”に立つ勇気が生まれる――そんな美しい瞬間が詰まっている。
総評
『WAX』は、KT Tunstallが音楽家としてだけでなく、“身体を持つ女性”としての実存を力強く刻みつけた作品である。
『KIN』が“魂”に光を灯したのなら、『WAX』はその魂が**“肉体を通して世界とどう接触するか”**を描いた一枚だ。
音像はより骨太に、メッセージはより研ぎ澄まされ、自己の内側と社会的立場の両方に真っ向から向き合う姿勢が音の隅々に表れている。
また、グラム・ロックや90年代オルタナへのオマージュも感じさせながら、
あくまでもKT独自のポップセンスとストーリーテリングが核にあり、
“自分の声で戦う女性”としての音楽的成熟が、ここには詰まっている。
おすすめアルバム（5枚）
- Garbage『Version 2.0』
女性的力強さとインダストリアル×ポップの融合で共鳴。 - St. Vincent『MASSEDUCTION』
身体性とポップの変態美が交差する、現代アートロックの代表作。 - PJ Harvey『Stories from the City, Stories from the Sea』
女性的視点で都市と肉体を語るロック・アルバム。 - Juliette and the Licks『Four on the Floor』
俳優出身のロック・フロントウーマンによる肉体的サウンドが近似。 -
Wolf Alice『Visions of a Life』
しなやかさと暴力性が同居するサウンドの世界観が、KTの『WAX』と共鳴。
歌詞の深読みと文化的背景
『WAX』のリリックには、“女であること”と“人であること”のあいだで揺れる実感が詰め込まれている。
「Human Being」では、“私たちは完璧じゃない、でもそれが私たちの価値”と宣言し、
「Dark Side of Me」では、見せたくない側面をも自分の一部として受け入れる勇気が語られる。
また「The Night That Bowie Died」では、偶像の死をきっかけに“自分の声で生きる”ことを決意するという、
KT自身のキャリアと人生を重ねたメタ的表現が印象的である。
“WAX＝蝋”は、変形し、熱を受けて溶け、再び固まる――そんな身体的メタファーの象徴でもある。
KT Tunstallはこのアルバムを通じて、“変わることを恐れない存在”として、
そして“肉体を持つ声”として、今を生き抜く術をそっと、力強く伝えてくれている。
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