Washed Out(ウォッシュト・アウト)は、アメリカ・ジョージア州出身のErnest Greene(アーネスト・グリーン)による音楽プロジェクトである。2009年頃から注目を集め、チルウェイヴと呼ばれる音楽の代表的な存在として知られるようになった。
その音楽は、ぼんやりと広がるシンセサイザー、遠くから聞こえるような歌声、ゆったりしたビートが大きな特徴だ。夏の午後や昔の写真を眺めているときのような、暖かさと懐かしさが同時に漂う。
代表曲「Feel It All Around」は、そのスタイルを最も分かりやすく伝える一曲である。しかしWashed Outは初期のチルウェイヴだけを繰り返してきたわけではない。サイケデリック・ポップ、ヒップホップ的なサンプリング、R&B、現代的なポップへと音を広げながら、自分の世界を作り続けている。
Washed Outの背景と歴史
Washed Outを始めたErnest Greeneは、ジョージア州出身のミュージシャンである。いくつかの音楽活動を経験した後、自宅を中心に録音を行い、2009年頃からWashed Out名義の楽曲をインターネットで発表するようになった。
当時は、コンピューターや比較的簡単な録音機材を使って自宅で音楽を作り、その作品をブログやSNSで広めるミュージシャンが増えていた。Washed Outもそうした新しい環境から登場した一人だった。
2009年に発表されたEP Life of Leisure が注目を集める。特に「Feel It All Around」は、ゆっくりしたビートとぼやけたシンセサイザー、柔らかなボーカルによって大きな話題となった。
同じ頃にはToro y MoiやNeon Indianなども似た感覚の音楽を発表しており、こうした動きは「チルウェイヴ」と呼ばれるようになる。明確なバンド編成よりも、自宅録音、電子音、懐かしさを感じさせる加工などが共通していた。
Washed Outはその中でも特に広く知られる存在となった。「Feel It All Around」がテレビ番組『Portlandia』のテーマ曲として使われたことも、知名度を大きく広げた。
2011年にはSub Popから初のフル・アルバム Within and Without を発表。初期のぼんやりした音を残しながら、より奥行きのあるスタジオ作品へ発展させた。
2013年の Paracosm では生楽器やヴィンテージ・シンセサイザーを増やし、より明るいサイケデリック・ポップへ移行する。2017年の Mister Mellow ではサンプリングと映像表現を前面に出し、2020年の Purple Noon ではR&Bや現代的なポップへ接近した。
2024年には5作目のアルバム Notes from a Quiet Life を発表。Greeneが家族とともに移り住んだジョージア州の田園地帯で制作され、音楽だけでなく絵画や彫刻などの創作活動とも結びついた作品となった。
Washed Outの音楽スタイルと特徴
Washed Outの音楽を理解するうえで重要なのは、「ぼやけた音」である。
シンセサイザーは輪郭をはっきりさせるより、霧のように広げて使われる。コードが変わっても一つ一つの音が明確に切れるのではなく、前の音と次の音が溶け合って聞こえる。
ボーカルも同じだ。Ernest Greeneの声は大きく前に出ず、エコーや残響をかけて楽器の中へ沈められることが多い。歌詞を一語ずつ聞かせるというより、声そのものを音の景色の一部として使っている。
リズムはゆっくりしているが、完全に静かな音楽ではない。ヒップホップやディスコ、電子音楽の影響を感じさせるビートがあり、曲によってはかなり踊りやすい。
それでも激しいクラブミュージックにはならない。リズムが強くなっても、音の表面には柔らかなフィルターがかかっているように聞こえる。
もう一つの特徴が、懐かしさである。1980年代のシンセサイザー、昔のポップス、古い写真やビデオを思わせる音の質感が使われる。ただし特定の時代をそのまま再現しているわけではない。
実際の記憶というより、「どこかで経験したような気がする記憶」を音にしている。その曖昧さがWashed Outのドリーミーな世界を作っている。
Washed Outの代表曲
「Feel It All Around」
2009年の Life of Leisure に収録された、Washed Outを代表する曲である。
ゆったりしたビートの上で、シンセサイザーとボーカルがぼんやりと重なる。歌声は目の前にいる人物というより、遠くから流れてくる記憶のように聞こえる。
チルウェイヴという言葉から想像される、暖かい電子音、遅いテンポ、ノスタルジーをほぼ一曲で体験できる。Washed Outの出発点を知るには最も分かりやすい曲だ。
「Eyes Be Closed」
2011年の Within and Without を代表する曲である。
初期のぼやけた音を残しながら、サウンドはより大きく立体的になっている。ドラムは以前より力強く、シンセサイザーも何層にも重ねられている。
それでも曲全体には浮遊感があり、ボーカルは演奏の中央で静かに漂っている。ベッドルームで作られた初期チルウェイヴから、本格的なスタジオ作品へ進んだことが分かる。
「It All Feels Right」
2013年の Paracosm に収録された曲で、それまでより明るいWashed Outを聞くことができる。
生楽器の感触が増え、サイケデリック・ポップらしい色彩豊かな音になった。シンセだけで空間を作るのではなく、ギターや打楽器などを重ね、広い野外で演奏しているような開放感を作っている。
初期の音楽が薄暗い部屋の中の夢だとすれば、この時期は太陽の下へ出たような感覚がある。
「Get Lost」
2017年の Mister Mellow を代表する曲である。
ディスコに近い軽快なビートを使い、初期のWashed Outより明確に踊れる。サックスや細かなサンプルも入り、曲の中でさまざまな音が短く切り替わっていく。
それでも、ボーカルにはいつもの気だるさが残っている。チルウェイヴの感覚を保ちながら、ヒップホップ的なサンプリングやダンス・ミュージックへ広げた時期を象徴する曲だ。
「Too Late」
2020年の Purple Noon に収録された曲で、Washed Outのポップな側面がよく分かる。
以前よりボーカルが前に出ており、メロディもはっきりしている。背景には柔らかなシンセと大きめのビートがあり、R&Bや現代のポップスに近い滑らかな音になっている。
夢の中にいるような雰囲気は残しながら、より直接的な歌として聞かせるようになった点が特徴である。
アルバムごとの進化
Life of Leisure(2009年)
正式なフル・アルバムではなくEPだが、Washed Outの歴史を考えるうえでは欠かせない作品である。
「Feel It All Around」を中心に、ぼやけたシンセ、ゆっくりしたビート、遠くから聞こえるボーカルという基本スタイルがここで完成している。
録音には手作りの感覚があり、音が少し曇って聞こえる。その不完全さがむしろ魅力となり、チルウェイヴという新しい音楽のイメージを強く印象づけた。
Within and Without(2011年)
Washed Out初のフル・アルバムである。
Life of Leisure の音をより広く、滑らかにした作品と考えると分かりやすい。シンセサイザーはさらに厚くなり、低音やリズムにも存在感が増した。
初期の手作り感は少し薄れたが、その代わりに夜のクラブや大きな空間でも成立するサウンドになった。チルウェイヴを一時的な流行で終わらせず、アルバムとして発展させた作品である。
Paracosm(2013年)
前作より暖かく、明るいサウンドへ進んだ作品である。
ヴィンテージ・シンセサイザーに加え、生楽器を積極的に取り入れた。音の重なりは多いが、以前ほど冷たくなく、草木や日光を連想させるような自然な広がりがある。
サイケデリック・ポップやソフト・ロックに近い部分も増えた。Washed Outが「チルウェイヴの人」という枠を越え始めた作品として重要である。
Mister Mellow(2017年)
Washed Outの中でも特に実験的な作品である。
短いサンプル、ヒップホップ的なビート、ディスコ、細かな電子音を切り貼りし、一つの長い夢のようにアルバムをつないでいる。
映像も作品の重要な一部として作られ、音楽とアニメーションを組み合わせた視覚的な作品になった。
初期のぼんやりした雰囲気へ戻ったように聞こえる部分もあるが、制作方法はかなり細かい。偶然できたような音に聞かせながら、実際には多くの音を重ねて作り込んでいる。
Purple Noon(2020年)
この作品では、曲そのものの分かりやすさが強くなった。
テンポは全体的に落ち着いているが、ビートは以前より太く、ボーカルも前に出ている。R&Bや現代のポップスを意識した滑らかな音が目立つ。
「Time to Walk Away」「Too Late」などでは、夢のようなサウンドの中でも歌のメロディがはっきり聞こえる。実験性より、まとまりのあるポップソングを重視した作品である。
Notes from a Quiet Life(2024年)
2024年に発表された5作目のフル・アルバムである。
Greeneは2021年にアトランタを離れ、ジョージア州の田園地帯へ移住した。元は馬を飼育していた土地を生活と創作の拠点とし、そこで音楽だけでなく絵画や彫刻にも取り組むようになった。
この環境がアルバムにも反映されている。初期のWashed Outには、現実からどこか遠い場所へ逃げていくような感覚があった。それに対して本作では、身の回りの自然や静かな生活そのものへ目を向けている。
「Waking Up」「The Hardest Part」「Running Away」などでは、これまでのドリーミーな音を保ちながら、歌と演奏が以前よりすっきり整理されている。
Greeneが全編を自らプロデュースした最初のアルバムでもあり、Washed Outという世界を自分自身の手でより細かく作り上げた作品となった。
チルウェイヴとは何だったのか
Washed Outを理解するためには、チルウェイヴについて簡単に知っておくと分かりやすい。
チルウェイヴは2000年代末に広がった呼び名で、明確なルールを持つジャンルではない。共通していたのは、自宅録音らしい少し曇った音、古いシンセサイザーを思わせる電子音、ゆったりしたビート、そしてノスタルジックな雰囲気だった。
Washed Outと並んでToro y MoiやNeon Indianなどがこの流れと結びつけられた。
重要なのは、この音楽がインターネット時代の新しいインディー・ミュージックだったことだ。大きなスタジオやバンドを使わなくても、一人で音楽を作り、ネットを通して世界中へ届けられるようになった。
その意味でチルウェイヴは、単なる音の流行ではなく、音楽の作られ方や広まり方が変化した時代を表す存在でもあった。
影響を受けた音楽
Washed Outの音には、1980年代のシンセポップやドリーム・ポップから続く流れがある。
Cocteau Twinsなどのドリーム・ポップに見られる、ボーカルを言葉よりも音として聞かせる感覚は、Washed Outにも通じる。声を楽器の上へはっきり置くのではなく、残響を使って背景と溶け合わせる方法だ。
Boards of Canadaのような電子音楽とも共通点がある。古い映像や子どもの頃の記憶を思わせる、少し色あせたようなシンセサイザーの音は、Washed Outのノスタルジックな感覚にも近い。
作品が進むにつれて、サイケデリック・ポップ、ヒップホップ、ディスコ、R&Bなどの影響も強くなった。ただしGreeneはそれらをそのまま再現せず、すべてを柔らかくぼかしたWashed Out独特の音へ変えている。
後の音楽への影響
Washed Outは、チルウェイヴという言葉と最も強く結びついたアーティストの一人である。
その影響は、単に似たシンセサイザーを使う音楽が増えたことだけではない。寝室のような小さな空間で一人で音楽を作り、それでも広がりのある世界を表現できるという方法を示したことが大きい。
2010年代以降のインディー・ポップやベッドルーム・ポップでは、歌声を前へ出しすぎず、電子音の中に溶かす制作方法が珍しくなくなった。ローファイな質感やノスタルジーを積極的に使う音楽も広く定着している。
ただしWashed Out自身は、初期のスタイルだけを守ってきたわけではない。サイケデリックな Paracosm、サンプリングを多用した Mister Mellow、ポップに近づいた Purple Noon と、作品ごとに違う世界を作ってきた。
その変化があったからこそ、チルウェイヴという一時期の流行が落ち着いた後も活動を続けることができたのである。
まとめ
Washed Outは、ぼやけたシンセサイザー、柔らかなビート、遠くから聞こえるような歌声によって、チルウェイヴを象徴するサウンドを作ったプロジェクトである。「Feel It All Around」に代表される初期作品では、懐かしい記憶の中を漂うような独特の音楽を完成させた。
その後は同じスタイルを繰り返さず、Paracosm ではサイケデリック・ポップ、Mister Mellow ではサンプリング、Purple Noon ではR&Bや現代的なポップへ音を広げた。Notes from a Quiet Life では、自然に囲まれた生活や視覚芸術まで創作に結びつけている。チルウェイヴという一時代を代表すると同時に、「夢を見るような音」をさまざまな形へ発展させ続けてきたアーティストである。


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