Waiting for a Miracle by The Comsat Angels(1980)楽曲解説

1. 歌詞の概要

「Waiting for a Miracle」は、イギリスのポストパンク・バンド**The Comsat Angels(コムサット・エンジェルズ)**の1980年のデビューアルバム『Waiting for a Miracle』のタイトル曲であり、アルバムの核心を成す一曲として静かに、しかし深く響いてくる作品である。

この楽曲はそのタイトルが示す通り、何か劇的な変化や救済をただじっと待っている状態を描いている。しかし、ここで描かれる「奇跡(Miracle)」は、宗教的な奇跡や希望ではなく、むしろ変化を起こす力を失った者が夢想する最後の幻想として登場する。

歌詞の語り手は、時間の経過に身を任せ、何かが起きるのをただ待ち続けるだけの存在になっている。行動や感情は希薄で、代わりに漂うのは自己疎外、静かな絶望、そして空虚な期待である。この受動性こそが、曲全体に広がる寂しさと不穏さの源泉であり、ポストパンク特有の内面にひたすら沈潜していく感覚を際立たせている。

2. 歌詞のバックグラウンド

The Comsat Angelsは、同時代に活躍していたJoy DivisionやThe Soundと同様、個人の内面、社会の断絶、都市の孤独といったテーマを掘り下げることを得意としたバンドであり、その音楽には常に緊張感と霧のような美しさが共存している

『Waiting for a Miracle』というアルバムタイトルは、彼らのデビュー作にして既に強固な芸術性とコンセプトを備えていたことの証であり、その中でも同名曲「Waiting for a Miracle」は、アルバム全体に漂う**“起こりそうで起こらないものへの焦燥”**を最も端的に示す作品となっている。

当時のイギリス社会は、サッチャー政権による経済政策が始まり、失業率が上昇し、社会全体に不安と分断が広がっていた。バンドが描く「奇跡の到来を待つ心」は、そうした社会情勢の中で多くの人が感じていた変革の不在と、希望の薄明かりにすがるような感情と深く結びついている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

“I’ve been waiting / Waiting for a miracle”
ずっと待っている 奇跡が起こるのを

“And it’s always the same / I’m just waiting again”
毎回 同じことだ また 待つだけで終わる

“I watch the world go by / And I try not to feel”
世界が通り過ぎていくのを ただ見ている
できるだけ 何も感じないようにして

“It’s so hard to believe in anything now”
今では 何かを信じることすら難しい

引用元:Genius

4. 歌詞の考察

この楽曲は、不在の感覚そのものを主題に据えている。語り手は何かが変わることを心のどこかで期待しながらも、同時にそれが決して訪れないことを知っているようでもある。この矛盾した心理状態——諦めと期待の境界で揺れる感情——が、「Waiting for a Miracle」というタイトルの二重性を生んでいる。

「I try not to feel」という一節には、感情そのものを押し殺すような姿勢が表れており、行動することで傷つくくらいなら、無感情であるほうがまだましだという消極的な防衛本能がにじむ。ここには、自己の存在を守るために**世界と距離を取る“都市的な孤独のポーズ”**があるように思える。

また、「And it’s always the same」という繰り返しは、希望すらパターン化され、絶望すらルーティンになってしまった世界の倦怠を表している。The Comsat Angelsはこのようにして、一見無表情な言葉のなかに、激しい感情の深層を潜ませる術に非常に長けていた。

この曲は、変化を夢見ることすら疲れてしまった心の奥底から発せられる、“諦めの静寂”なのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • The Eternal by Joy Division
     時間の流れと自己の消失を、無音に近い音像で描いたポストパンクの名曲。

  • Winning by The Sound
     希望を求める者の孤独と敗北を、荘厳で透明なサウンドで包み込んだ作品。

  • Alone by The Chameleons
     都市的孤独の中に沈む魂のための、深く静かなエレジー。

  • Another Day by This Mortal Coil
     時間の空白と感情の静止を描いた、夢の中のようなスローモーション・ソング。

  • Shadowplay by Joy Division
     出口のない迷宮を彷徨うような感覚を、破裂寸前のテンションで表現した暗黒の詩。

6. “奇跡”を待ち続ける者たちへ——変わらなさを描く勇気

「Waiting for a Miracle」は、希望の歌ではない。だが、希望を捨てきれない者たちの歌である。

変わらない現実、やってこない救済、言葉にならない孤独。
そのすべてを引き受けた上で、語り手はただ“待ち続ける”ことを選ぶ。

それは一見、受動的で非英雄的な態度に思える。
しかし、何も起こらない毎日を繰り返し、それでもなお目を閉じずに立っていることこそが、最も困難な勇気なのではないか

The Comsat Angelsは、この曲を通じて、変化を諦めた者の心にもまだどこかに灯る火を見つめようとしている。
その火は小さく揺らぎながらも、確かにそこにある——そしてそれを信じること自体が、もしかすると“奇跡”の始まりなのかもしれない。

「Waiting for a Miracle」は、何も起こらないことの中に意味を見出そうとするすべての人に捧げられた、静かなる祈りの歌である。

コメント

タイトルとURLをコピーしました