アルバムレビュー:Vanishing Point by Primal Scream

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発売日: 1997年7月7日
ジャンル: ダブ、エクスペリメンタル・ロック、トリップホップ、サイケデリック・ロック


幻影と逃走のサウンドスケープ——Primal Screamが描く音の逃避行

1997年、Primal ScreamはVanishing Pointという奇妙なアルバムを世に放った。
タイトルは1971年のカルト映画『バニシング・ポイント』から取られており、「消失点」と訳されるその言葉が象徴するのは、自己の輪郭を溶かしながらどこかへ疾走するというテーマである。

前作Give Out But Don’t Give Upでアメリカ南部の土着音楽に深く傾倒したバンドは、ここで再び実験性の地平に回帰し、ダブ、トリップホップ、クラウトロック、ノイズ、アブストラクト・サウンドを混ぜ合わせた、音響の迷宮を作り上げた。

この作品は“楽曲”というより、“幻覚的な空間”そのものだ。
プロデュースにはAndrew WeatherallAdrian Sherwoodなど、UKアンダーグラウンドの重要人物が参加。
ボビー・ギレスピーのヴォーカルも極端に抑制され、サウンド全体が匿名性を帯び、聴く者を現実から切り離す。


全曲レビュー:

1. Burning Wheel

ミニマルなビートとリバーブが深くかけられたギターが印象的。
「燃える車輪」は、破壊と変化の象徴のように鳴り響く。
ボビーのヴォーカルはもはや“声”というより、“音の残響”として空間に溶け込んでいる。

2. Get Duffy

インストゥルメンタルのスパイ風トラック。
タイトルは映画『バニシング・ポイント』のキャラクターに由来し、サウンドは60年代のスコアとトリップホップをミックスしたような、退廃的なクールさに満ちている。

3. Kowalski

アルバムのハイライトであり、映画『バニシング・ポイント』の主人公の名を冠したダーク・アンセム。
重低音のうねりとサイレンのようなノイズ、機械的なボイスサンプルが、不穏で退廃的な美を生む。
バンドのアジテーション的側面が色濃く出た一曲。

4. Star

レゲエ/ダブ色の強いトラックで、ギターとホーンセクションが心地よく絡む。
政治的なリリックを含みつつも、ラディカルさをサウンドで柔らかく包み込むような感覚がある。

5. If They Move, Kill ‘Em

映画音楽のようなジャジーな構成に、アシッドジャズとインダストリアルなエッジが混ざるインスト。
Quentin Tarantino的なクールネスと暴力性が共存する。

6. Out of the Void

「虚無から抜け出す」ことをタイトルに掲げたこの曲は、淡々としたビートと空間系ギターの上で、夢と現実の狭間をさまようような浮遊感を生んでいる。

7. Stuka

ナチスの急降下爆撃機「スツーカ」を題材にした、攻撃的かつノイジーなトラック。
戦争、暴力、歴史の影をサウンドで再構築する挑戦的な一曲。

8. Medication

比較的メロディアスで、サイケロック的な感触が強いナンバー。
「投薬」というテーマに沿って、現代社会の麻痺状態を描いているようでもある。

9. Motorhead

Lemmy率いるモーターヘッドのカバー。
オリジナルとは異なり、スローでヘヴィなインダストリアル風アレンジが施されており、Primal Scream流の“変換”が行われている。

10. Trainspotting

映画『トレインスポッティング』のサウンドトラックとしても使われた名曲。
反復するピアノとリズム、アブストラクトな音像が静かに高揚感を煽る。
アルバムのクライマックスにふさわしい多幸感と寂寥感の混在。


総評:

Vanishing Pointは、Primal Screamにとっての“幻影的自画像”である。

ジャンルの輪郭を曖昧にし、ヴォーカルの存在をも拭い去ることで、彼らは「音楽=存在の解体」を試みた。
本作におけるPrimal Screamは、バンドというより“音響を生成する集団”のようであり、その姿勢はリスナーに思考と感覚の両面で挑みかかってくる。

商業的には前作から大きく逸脱したが、その実験精神と退廃美学は、後のXTRMNTRへとつながる流れを形づくった。
現実の輪郭が曖昧になるような夜にこそ、耳を委ねてほしい作品である。


おすすめアルバム:

  • Massive Attack / Mezzanine
     ダークで重厚なトリップホップ、音の中に沈み込む快楽。
  • Public Image Ltd. / Metal Box
     ポストパンクとダブの融合、音の実験場としての衝撃作。
  • The Beta Band / The Three EPs
     フォーク、エレクトロニカ、サイケが混ざり合う幻覚的ポップ。
  • Can / Tago Mago
     クラウトロックの源流、リズムとノイズの迷宮。
  • UNKLE / Psyence Fiction
     映画的かつアブストラクトなUKサウンドの結晶。

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