1. 歌詞の概要
「Turn Out the Lights」は、Julien Bakerの2作目のアルバム『Turn Out the Lights』(2017年)のタイトル曲であり、作品全体のテーマを凝縮したような中心的存在です。タイトルの“Turn Out the Lights(灯りを消して)”は、部屋の明かりを消すという日常的な行為に見えながらも、実際には“自己の内面を見つめること”、“外の世界との接触を断つこと”、“沈黙と向き合うこと”の象徴として深い意味を持ちます。
この楽曲では、自分自身の精神状態、他者との関係、そして信仰や救済に関する疑問が、静かに、しかし強烈な力を持って吐露されます。語り手は繰り返し「Why not me?(なぜ私じゃないの?)」と問い、自分が愛や助けに値しない存在ではないかという根本的な不安と、そこから生まれる自己否定を歌っています。
しかし、最も注目すべきはその終盤に訪れる音楽的・感情的なクライマックスです。静けさから次第に高まっていくピアノと弦楽器、そしてJulienのボーカルが頂点に達する瞬間、彼女の声は祈りにも叫びにも聞こえ、個人的な痛みが普遍的な感情としてリスナーに浸透します。
2. 歌詞のバックグラウンド
この曲が書かれた背景には、Julien Baker自身の精神的な闘いと、その中で音楽が果たしてきた役割が深く関わっています。彼女は、キリスト教的信仰、LGBTQ+としてのアイデンティティ、精神疾患との共存といった複雑な要素を抱えながら創作を続けており、「Turn Out the Lights」はそのような内面世界の“真実”を一切飾らずに提示した楽曲です。
アルバム制作中、彼女は「どれだけ内面が破綻していようとも、人とつながりたいという欲求を否定する必要はない」という考えに辿り着いたと語っており、この曲もそのような感情を土台にしています。つまり、「Turn Out the Lights」は、絶望の中にいることを認めた上で、“それでも言葉にする”ことの力を音楽として体現しているのです。
また、プロデュースもJulien自身が手がけており、静かなピアノとストリングスの重ね方、呼吸音まで聞こえてきそうなボーカルの配置など、細部にまで彼女の美学と誠実さが貫かれています。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Turn Out the Lights」の印象的な歌詞の一部を抜粋し、日本語訳を添えて紹介します。
There’s a hole in the drywall still not fixed
I just haven’t gotten around to it
壁に空いた穴はまだ直していない
手をつける気にもなれなかったんだ
And besides, I’m starting to get used to the gaps
それに、もうその隙間にも慣れてしまったから
Say you love me like you used to
And I’ll try harder
前みたいに「愛してる」って言ってくれたら
私、もっと頑張るよ
But I always fake it
Some things you just can’t fix
だけど私はいつも“平気なふり”をしてる
どうしても直せないものってあるから
Why not me?
Why not me?
どうして私じゃだめなの?
どうして——
When you turn out the lights
君が灯りを消すとき
歌詞引用元: Genius – Turn Out the Lights
4. 歌詞の考察
「Turn Out the Lights」が持つ最大の力は、“絶望と希望の境界線”を描こうとしている点にあります。語り手は、自分が壊れてしまった人間であることを認めながらも、まだ誰かに愛されたかった、理解されたかった、そして「あなたの光の中に入りたかった」と叫びます。まさに「灯りを消す」瞬間とは、内面と外界の境が曖昧になる“心の夜”を象徴しているのです。
冒頭の「壁の穴」という表現は、過去の破綻、もしくは暴力的な感情の痕跡として捉えることもできますが、それを「慣れてしまった」と語ることで、痛みが“日常の一部”になってしまっていることを強調しています。つまりこれは、心の不調がもはや特別な出来事ではなく、常にそこにある“背景音”のようなものになっているという現実の描写でもあります。
「Say you love me like you used to」というフレーズは、過去の愛への執着と、その喪失への未練を端的に表現しており、そのすぐ後に「でも私は偽ってる」と続くことで、自己不信と自己演出のジレンマが浮かび上がります。まさに、愛されたいけれどその資格がないと思ってしまう心の葛藤が、この一節に凝縮されているのです。
そして何度も繰り返される「Why not me?」という疑問。それは単に恋愛や人間関係の話ではありません。むしろそれは「なぜ私は救われないのか」「なぜ私は“普通”になれないのか」「なぜ私はこの世界で居場所を得られないのか」という、より本質的な問いとして響きます。
歌詞引用元: Genius – Turn Out the Lights
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Appointments by Julien Baker
同アルバム収録曲で、“自分は治らないのでは”という不安と、それでも誰かとつながりたいという葛藤を描いた楽曲。 - Smoke Signals by Phoebe Bridgers
個人的な痛みを詩的な比喩で包みながら、現実と幻想の境界を揺らすようなバラード。 - Night Shift by Lucy Dacus
別れのあとに残された自己とその再構築を描いた名曲。静けさと怒りの両方を内包する点で共鳴する。 - Me and My Dog by boygenius
Julien、Phoebe、Lucyの三者が融合した深い感情の交差点。壊れそうな自我と孤独が静かに共振する。
6. 絶望の中に差す「音としての光」
「Turn Out the Lights」は、Julien Bakerが提示する“心の闇”と“祈りの残響”の極致とも言える作品です。彼女はここで、自身の脆さを晒しながらも、その過程自体を美しく、力強いものへと変換してみせます。悲しみはここで終わるのではなく、「悲しみを認めることが、次の一歩になる」ことを、この楽曲はそっと教えてくれます。
タイトルにある「灯りを消す」という行為は、終わりの象徴であると同時に、何かが始まる合図でもあります。すべてが暗くなったあと、人は初めて“内側の声”に耳を澄ますことができるのです。Julien Bakerの歌声は、その静寂の中に差す小さな光であり、リスナーそれぞれの“内なる夜”に寄り添ってくれる存在です。
“暗闇を恐れるな。そこには、あなたしか見えない景色がある。”——「Turn Out the Lights」は、そんな風に優しく、そして誠実に語りかけてくれる、魂の救済のためのバラードです。
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