1. 歌詞の概要
「True」は、Spandau Ballet(スパンダー・バレエ)が1983年にリリースした同名アルバム『True』のタイトル・トラックであり、彼らのキャリアを象徴する最大のヒット曲である。世界中で愛され続けているこの曲は、ソウルフルでロマンティックなバラードとして知られ、切なさと誠実さに満ちたラブソングの代名詞となっている。
曲の中心にあるのは、「真実の愛」とそれにまつわる“言葉にならない思い”である。語り手は相手に向けて誠実であろうとしながらも、うまく気持ちを伝えられない葛藤を抱えており、そのもどかしさが曲全体に静かな情熱として漂っている。
歌詞は、一見甘く感傷的だが、よく読み込めば、理想と現実のはざまで揺れ動く人間の心理を繊細に描いている。恋に落ちた時の高揚感と、それを“言葉”にした瞬間にこぼれ落ちていく不完全さ。その両方が、“True(真実)”という言葉の重さに込められているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Spandau Balletは、1980年代初頭のニュー・ロマンティック・ムーブメントの代表格として登場したバンドであり、当初はファッション性とアート性の高いニューウェーブサウンドを展開していた。しかし『True』での路線変更により、よりソウルやR&Bに傾倒したメロウで洗練された音楽性を打ち出し、世界的ブレイクを果たした。
この「True」は、ヴォーカリストのトニー・ハドリーの豊かな声量とエモーショナルな歌唱、そしてソングライターであるギタリスト、ゲイリー・ケンプの詩的なリリックによって完成された“完璧なバラード”として語り継がれている。
制作背景には、ゲイリー・ケンプが片思いしていた女性に対して、自分の気持ちを率直に伝えることができなかった経験があると言われている。その個人的な経験が、「True」という言葉に込められた“告白”のような響きに直結しているのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
この楽曲のもっとも有名なラインといえば、やはりこのサビであろう。
I know this much is true
少なくともこれだけは確かに言える
この一節は、真実を探し続けた結果たどり着いた“たったひとつの確信”を表している。語り手は、自分の心が揺れていることを自覚しつつ、それでも伝えたいものがあるという切実さを込めている。
With a thrill in my head and a pill on my tongue
頭には高揚感、舌の上には錠剤
このラインは、恋の陶酔と現実逃避の入り混じった状態を象徴的に描いている。恋愛がもたらす心理的な高揚は、薬物的な幻覚にも似た作用を持っているという、1980年代らしい都会的な感覚が見事に表現されている。
Why do I find it hard to write the next line?
どうして次の行がうまく書けないんだろう?
これは単なる“作詞の悩み”ではなく、感情を正確に言葉にする難しさそのものを描いたラインである。伝えたい気持ちはあるのに、言葉にしようとした途端にそれが逃げていく──恋愛の本質的なもどかしさが、たった一文で見事に表現されている。
(出典:Genius Lyrics)
4. 歌詞の考察
「True」という言葉には、“誠実さ”と“真実”の両義性がある。この曲において、語り手は自分の気持ちを嘘偽りなく伝えたいと願っているが、同時に、恋というものがどこか幻想めいていて、簡単には“真実”にたどり着けないという諦念もある。
この曲が印象的なのは、その“二重性”をあえて解決しようとせず、むしろその矛盾の中に美を見出しているところにある。サビで何度も繰り返される「I know this much is true」という言葉は、何かを断言しているようでいて、実はそれ以外には言葉が見つからないという“沈黙”の言い換えにも聞こえる。
また、「True」は恋愛だけでなく、“自己の本質”についての歌でもある。他者との関係性の中で、自分の本音とは何か、自分にとっての“リアル”とは何かを問う、極めてパーソナルな詩なのだ。だからこそ、この曲は時代を超えて多くの人に響き続けている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Careless Whisper by George Michael
裏切りと誠実のあいだで揺れる心を描いた、美しくも哀しいバラード。 - Holding Back the Years by Simply Red
過去の傷と向き合いながらも、感情を抑えようとする男の繊細な歌。 - Drive by The Cars
恋人へのやさしい問いかけの中に、壊れた関係への静かな哀しみが宿る名曲。 - Time After Time by Cyndi Lauper
離れても何度でも愛を信じ続ける、その一途な思いが時代を超えて響く。
6. “True”とは何かを探し続けて:1980年代バラードの頂点として
「True」は、1980年代の音楽の中で、最もロマンティックで、最も脆く、そして最も“人間らしい”愛のかたちを描いた楽曲のひとつである。その滑らかなサウンドと甘美な旋律の背後には、伝えたいのに伝わらない感情、不器用な誠実さ、そして言葉にならない思いの重みが静かに流れている。
この曲は、恋に落ちた誰もが一度は経験する“言葉にできなさ”の象徴であり、だからこそ時代や国境を越えて、多くのリスナーの心を掴んできたのだろう。「真実」とは一体何か? それは、完璧な言葉や表現ではなく、ただ“確かにそう思っている”という感覚の中にこそ宿るものかもしれない。
Spandau Balletの「True」は、愛と誠実さのあいだで揺れる心を、美しく、そして限りなく繊細に描いた珠玉のバラードである。言葉が足りないからこそ届く感情、沈黙の中にある“真実”──そのすべてが、この6分超のバラードの中に静かに息づいている。
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