
発売日:2014年7月18日
ジャンル:Synth-Pop / New Wave / Dance-Pop
概要
Trouble in Paradiseは、La Rouxが2014年に発表した2作目のスタジオ・アルバムである。デビュー作La Rouxは、鋭いシンセ音とElly Jacksonの高く硬い声によって、1980年代ニュー・ウェイヴの質感を2000年代後半のポップへ引き戻した作品だった。「Bulletproof」の成功によってLa Rouxは一気に広いリスナーへ届いたが、その後の制作は簡単ではなく、本作は前作から約5年の間を置いて発表された。制作過程ではBen Langmaidとの共同体制が解消され、結果的にElly JacksonがLa Rouxとしての音を新しく組み立て直す作品になった。
本作の大きな変化は、前作の冷たく角ばったエレクトロ・ポップから、より温かく、しなやかなサウンドへ移った点にある。シンセは引き続き中心にあるが、音色は刺さるようなものより、丸く光るものが多い。ギターのカッティング、ファンク寄りのベース、レゲエやカリブ海の音楽を思わせる軽いリズムも取り入れられ、曲全体が以前より風通しよく聞こえる。タイトルに「楽園」が含まれているように、アルバムには南国的な明るさやリゾート感があるが、そこにあるのは単純な休暇の幸福ではない。楽園の中にすでに問題が入り込んでいる、という不安が全体を支えている。
歌詞では、恋愛の駆け引き、欲望、裏切り、孤独、感情を隠すことの難しさが扱われる。明るいリズムの上で、関係がうまくいかない予感や、相手を信じきれない気持ちが歌われるため、音の気持ちよさと感情の苦さがずれている。Elly Jacksonの声も、前作のように鋭く突き抜けるだけでなく、少し低く抑えた歌い方や、余裕のあるフレージングを見せている。Trouble in Paradiseは、La Rouxが一発ヒット後のイメージをなぞるのではなく、1980年代風のポップをより広く、成熟した形へ作り直したアルバムである。
全曲レビュー
1. 「Uptight Downtown」
「Uptight Downtown」は、アルバムの入口として、前作からの変化を分かりやすく示す曲である。ギターはファンク風に短く刻まれ、ベースは軽く弾み、シンセは曲の表面を明るく照らす。タイトルには都会の緊張感があり、歌詞も街の空気が張りつめている様子を思わせるが、演奏は重くならず、むしろ踊れる軽さを持っている。Elly Jacksonの声は高く伸びる場面でも以前ほど硬くなく、リズムの上で少し余裕を持って動く。社会の不安や都市の熱を、冷たいエレクトロではなく、明るいニュー・ウェイヴ・ファンクとして描いた曲である。
2. 「Kiss and Not Tell」
「Kiss and Not Tell」は、秘密の恋や軽い駆け引きを、明るいポップ・ソングとしてまとめている。リズムは軽快で、ギターとシンセが細かく動き、曲全体には1980年代のラジオ・ポップを思わせる親しみやすさがある。タイトルは「キスしても言わない」という約束のように聞こえるが、歌詞には秘密を楽しむ感覚だけでなく、その秘密がいつ崩れるかという少しの緊張も含まれる。Jacksonの歌は深刻に沈まず、相手をからかうような明るさを保つ。アルバム前半で、恋愛の危うさを軽いステップに変える本作の方法がよく出ている。
3. 「Cruel Sexuality」
「Cruel Sexuality」は、欲望の楽しさと残酷さを同時に扱う曲である。サウンドは滑らかで、ベースとリズムがゆったりと身体を揺らし、シンセは強く刺すよりも柔らかく広がる。歌詞では、身体的な引力が相手を近づける一方で、関係を傷つける力にもなることが示されているように読める。Jacksonの声は感情を大きく爆発させず、少し距離を置いた歌い方をするため、曲には熱さと冷静さが同時にある。タイトルほど露骨な音にはならず、洗練されたポップの中に、欲望の扱いにくさを忍ばせている。
4. 「Paradise Is You」
「Paradise Is You」は、アルバム・タイトルに含まれる「楽園」という言葉を、誰か一人の存在へ結びつける曲である。演奏は穏やかで、明るいシンセと柔らかいリズムが、海辺の夕方のような広がりを作る。歌詞は、楽園を場所ではなく相手の中に見つける内容として聞こえるが、その美しさは完全な安心ではない。相手を理想の場所にしてしまうことには、依存や失望の危険も含まれる。Jacksonの歌はここで優しく、前の曲までの駆け引きから少し離れ、恋愛の中に本当に安らぎを求める瞬間を描いている。
5. 「Sexotheque」
「Sexotheque」は、本作の中でも特にカラフルで、タイトルからも分かるように、ディスコ的な遊び心と性的なイメージが重なっている。ギターは軽く跳ね、シンセは明るく、リズムは踊れるが、曲は単純なパーティー・ソングにはならない。歌詞は、相手が夜の快楽や別の誰かに引き寄せられていく状況を見ているように読め、語り手には嫉妬や諦めが混ざる。音は楽しく、言葉は少し苦い。このズレによって、曲は表面上の華やかさの下に、関係が崩れていく寂しさを持つ。アルバムの中心で、楽園の明るさに影を落とす一曲である。
6. 「Tropical Chancer」
「Tropical Chancer」は、南国的な軽さと、信用できない人物への視線を組み合わせた曲である。リズムにはレゲエやカリブ風のゆるい跳ねがあり、ギターも乾いた音で軽く刻まれるため、サウンドだけならかなり陽気に聞こえる。しかし歌詞では、調子よく振る舞い、相手を利用するような人物像が描かれている。タイトルの「chancer」は、うまく立ち回って得をしようとする人を思わせる言葉で、楽園的な背景の中にずるさが入り込む。Jacksonの歌は怒りを露骨に出すより、少し冷ややかに観察しているようで、その距離感が曲の皮肉を強めている。
7. 「Silent Partner」
「Silent Partner」は、約7分に及ぶ長めの曲で、本作の中でも最も内省的で緊張感のある場面である。冒頭からリズムとシンセがゆっくり積み上がり、すぐに分かりやすいサビへ飛び込むのではなく、同じ感情の中を長く歩くように進む。タイトルは、表には出ない共同者や、沈黙した相手を思わせるが、制作背景を考えると、音楽的なパートナーシップの終わりを連想させる部分もある。ただし、歌詞を一つの実話として断定する必要はない。曲の中で重要なのは、言葉にされない不満や距離が、時間をかけて重くなっていく感覚である。アルバムの明るい表面を一度剥がし、より個人的な葛藤を見せる曲になっている。
8. 「Let Me Down Gently」
「Let Me Down Gently」は、本作の中でも最も感情的な深さを持つ曲の一つである。前半は静かに抑えられ、Jacksonの声も傷つきやすい距離で響く。歌詞は、別れや拒絶を避けられないなら、せめて優しく傷つけてほしいという願いとして読める。サビに向かってシンセとドラムが広がると、抑えていた感情が一気に空へ開くように聞こえるが、それは勝利の高揚ではなく、壊れる前に最後の力で立っているような開放である。音作りは1980年代のシンセ・ポップを思わせつつ、感情の出し方は本作の中でも特に率直で、終盤の大きな山場になっている。
9. 「The Feeling」
ラストの「The Feeling」は、アルバムを派手に閉じるというより、感情の余韻を残して終わる曲である。リズムは軽く、シンセも明るいが、歌詞では気持ちそのものがつかみきれないものとして扱われている。恋愛が終わったのか、まだ続いているのか、あるいはただ感情の名残だけが残っているのか、はっきりしない。その曖昧さが、アルバムの締めくくりとしてよく合っている。楽園を探し、欲望や裏切りを通り、優しく傷つけてほしいと願った後に、最後に残るのは説明しきれない「感じ」だけである。明るい音の中に小さな空白を残す終曲である。
総評
Trouble in Paradiseは、La Rouxがデビュー作の成功を単純に繰り返さず、自分の音楽を大きく作り替えたアルバムである。前作の魅力だった鋭いシンセと直線的なフックはここにも残っているが、本作ではそれがもっと柔らかく、色彩の多い音に変わっている。ギターのカッティング、ファンク寄りのベース、カリブ風の軽いリズムが加わり、曲は以前より身体を自然に揺らす。音の表面は明るく、夏の光を感じさせるが、歌詞には関係の不安、相手への疑い、別れの痛みが続いている。その二重構造が、このアルバムの一番の魅力である。
本作のサウンドは、1980年代への参照をただの懐古にしていない。ニュー・ウェイヴやシンセ・ポップの質感を使いながら、音はかなり軽く、現代的に整理されている。シンセを硬く鳴らして未来的に見せるのではなく、ギターやリズムと混ぜて、暖かいポップ・ミュージックとして響かせている。特に「Uptight Downtown」「Sexotheque」「Tropical Chancer」では、ダンスできる明るさの中に、都市の緊張や恋愛のずるさが混ざる。聴きやすさは高いが、単純な明るいポップとして片づけられない苦味がある。
歌詞の面では、楽園という言葉が何度も裏切られる。相手が楽園になることもあれば、その楽園の中で嫉妬や不信が育つこともある。欲望は魅力的だが残酷で、秘密は楽しいが長くは守れない。La Rouxはこうした感情を大げさな悲劇として歌うのではなく、涼しげな声と滑らかなビートの中に置く。そのため、アルバム全体には、傷ついているのに表情を崩さない人のような緊張がある。Elly Jacksonの歌も前作より余裕があり、声の鋭さだけで押し切らず、距離の取り方で感情を見せる場面が増えている。
キャリア上では、Trouble in ParadiseはLa Rouxにとって重要な転換点である。デビュー作のイメージを引きずれば、もっと直接的なエレクトロ・ポップのヒットを狙うこともできたはずだが、本作はより広い音楽的趣味と、成熟したポップ感覚を選んでいる。曲数は9曲とコンパクトで、余計な曲を詰め込まず、一つのムードを保っている点もよい。強烈な一曲の衝撃では前作に譲る部分があるかもしれないが、アルバム全体の統一感、音の気持ちよさ、明るさと不安の混ざり方では、本作ならではの完成度がある。Trouble in Paradiseは、きれいな海の向こうに問題が見えていることを知りながら、それでも踊り続けるようなシンセ・ポップ・アルバムである。
おすすめアルバム
La Roux by La Roux
デビュー作であり、「Bulletproof」を含む鋭いエレクトロ・ポップの代表的な一枚である。Trouble in Paradiseの柔らかさと比べると、初期La Rouxの硬質な魅力がよく分かる。
Dare by The Human League
1980年代シンセ・ポップの重要作で、機械的な音と強いポップ・メロディを結びつけている。La Rouxのルーツを知るうえで分かりやすく、本作のニュー・ウェイヴ感とも深くつながる。
Cupid & Psyche 85 by Scritti Politti
きらびやかな80年代ポップ、ファンク的なリズム、知的なソングライティングが重なる作品である。Trouble in Paradiseの洗練された明るさや、滑らかな音作りに近い感触がある。
Body Talk by Robyn
シンセ・ポップを使いながら、恋愛の痛みや孤独を踊れる曲へ変えた作品である。La Rouxより感情表現は直接的だが、明るいビートの中に傷ついた心を置く方法が共通している。
What’s Your Pleasure?
ディスコ、シンセ・ポップ、ソフィスティ・ポップを現代的に磨いたアルバムである。Trouble in Paradiseより大人びた夜の質感が強いが、懐古的な音を現在のポップとして自然に鳴らす点でよく響き合う。

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