![]()
トリップホップを知るなら、まず代表曲から
トリップホップは、1990年代前半のイギリス、特にブリストル周辺から広がった音楽として知られている。ヒップホップ由来のブレイクビーツやサンプリングを土台に、ダブ、ソウル、ファンク、エレクトロニカ、映画音楽的なアレンジなどを組み合わせたスタイルである。
特徴的なのは、ヒップホップの制作技法を使いながら、必ずしもラップを中心に置かないことだ。遅めのビート、重いベース、レコード由来の質感、女性ボーカル、ストリングスやギターなどを重ね、緊張感のあるサウンドを作り上げていく。
まず代表曲を聴けば、Massive Attack、Portishead、Trickyという中心的なアーティストだけでも、それぞれ方向性が大きく異なることがわかる。ここではトリップホップの成立から発展までをたどりながら、ジャンルの魅力をつかみやすい10曲を紹介する。
トリップホップとはどんなジャンルか
トリップホップの背景には、ブリストルのサウンドシステム文化がある。レゲエやダブ、ヒップホップ、ソウル、ファンクなど異なる音楽を同じ場所で鳴らす文化から、Massive Attackを生む母体となったThe Wild Bunchのような集団が登場した。
1990年代に入ると、サンプラーやドラムマシンを使ったヒップホップ的な制作手法と、ダブの低音処理、ソウルのボーカル、ロックや映画音楽の要素などが交差する。Massive Attackの『Blue Lines』、Portisheadの『Dummy』、Trickyの『Maxinquaye』は、その流れを代表する作品である。
なお、トリップホップという呼称は後から広く定着したもので、当事者すべてが積極的に共有していたジャンル名ではない。それでも1990年代のブリストルを中心とした一連の音楽と、その影響下にあるダウンテンポな電子音楽を理解するための言葉として現在まで使われている。
特にヒップホップとの関係は重要である。ビートの組み方やサンプリングという制作方法を共有しつつ、それを異なる歌唱や音響へ展開したところにトリップホップの特徴がある。
トリップホップの代表曲10選
1. Unfinished Sympathy by Massive Attack
1991年に発表されたMassive Attackの「Unfinished Sympathy」は、トリップホップの歴史を語るうえで欠かせない一曲である。アルバム『Blue Lines』に収録され、Shara Nelsonの力強いボーカルとストリングス、ブレイクビーツを組み合わせた壮大なサウンドを特徴とする。
後年のトリップホップに多い暗く閉じたサウンドとは異なり、ソウルやダンス・ミュージックの開放感も強い。それでも、サンプリング文化と生楽器、クラブ由来のビートを横断する発想にはジャンルの基本形がすでに表れている。初心者なら『Blue Lines』とあわせて最初に聴きたい。
2. Sour Times by Portishead
Portisheadが1994年に発表した「Sour Times」は、デビューアルバム『Dummy』を代表する楽曲である。Beth Gibbonsの繊細で張り詰めたボーカルと、Geoff Barrowらが構築するヒップホップ由来のビート、映画音楽的なサンプリングが組み合わされている。
Portisheadの特徴は、サンプラーを単なる引用の道具ではなく、音の古さやざらつきを演出する装置として活用したことにある。「Sour Times」はメロディが明確でありながら、リズムや音響には独特の緊張感があるため、トリップホップ初心者にも入りやすい。
3. Hell Is Round the Corner by Tricky
1995年のアルバム『Maxinquaye』に収録された「Hell Is Round the Corner」は、Trickyの音楽を象徴する一曲である。Isaac Hayesの「Ike’s Rap II」を用いたサンプルはPortisheadの「Glory Box」とも共通しているが、Trickyはそこからさらに閉塞感の強いサウンドを作り上げた。
低くささやくようなTrickyの声とMartina Topley-Birdのボーカルが交錯し、ビートも意図的に重く抑えられている。ヒップホップを出発点としながら、ラップ、歌、ノイズ、ダブ的な空間処理の境界を曖昧にする手法が特徴だ。
4. Glory Box by Portishead
Portisheadの「Glory Box」は1994年の『Dummy』に収録された代表曲である。「Sour Times」と並んで、トリップホップという音楽を初めて聴く人にもすすめやすい。
ゆったりとしたビート、反復するサンプル、ギター、Beth Gibbonsの歌唱が組み合わされ、ブルースやソウルに通じる生々しい感情表現を持っている。電子的な制作と古いレコードの質感を同居させるPortisheadの方法論が明快に表れた一曲だ。
5. Teardrop by Massive Attack
1998年のアルバム『Mezzanine』に収録された「Teardrop」は、Massive Attackの代表曲であり、1990年代後半のトリップホップを象徴する一曲でもある。Cocteau TwinsのElizabeth Fraserをボーカルに迎え、反復するビートと鍵盤、低音を精密に配置している。
『Blue Lines』期と比較するとサウンドは暗く、ロックやポストパンクの影響も強くなっている。「Teardrop」はその中でもメロディが明確で、Elizabeth Fraserの特徴的な歌声が前面に出ているため、『Mezzanine』への入口として聴きやすい。
6. Roads by Portishead
「Roads」は『Dummy』の中でも特に静的な楽曲である。派手なビートや複雑なサンプリングよりも、Beth Gibbonsのボーカルと鍵盤、ストリングスを中心に構成されている。
トリップホップはしばしばビートやサンプリングから説明されるが、「Roads」を聴くと、歌唱や空間の使い方もジャンルの大きな魅力だったことがわかる。音を大量に重ねるのではなく、間を残しながら声を際立たせるアレンジが印象的である。
7. Overcome by Tricky
Trickyの「Overcome」は1995年の『Maxinquaye』に収録された楽曲で、Massive Attackの「Karmacoma」と深い関係を持つ作品である。Tricky自身がMassive Attack周辺で活動していた背景もあり、初期ブリストル・シーンのつながりを理解するうえで興味深い。
Martina Topley-BirdのボーカルとTrickyの低い声、重く揺れるビートが組み合わされ、明確なポップソングとも通常のヒップホップとも異なる構造を作っている。『Maxinquaye』特有の湿度の高い音響を知るなら外せない一曲だ。
8. 6 Underground by Sneaker Pimps
Sneaker Pimpsが1996年に発表した「6 Underground」は、トリップホップがブリストルの外へ広がり、1990年代後半のオルタナティブなポップ・ミュージックと接続していった流れを示す代表曲である。デビューアルバム『Becoming X』に収録された。
Kelli Aliのクールなボーカルと、抑制されたビート、サンプリングを組み合わせたサウンドは非常に聴きやすい。Massive AttackやTrickyほど実験的ではなく、楽曲としてのキャッチーさが強いため、エレクトロニック・ポップからトリップホップへ入る場合にも適している。
9. Black Milk by Massive Attack
1998年の『Mezzanine』に収録された「Black Milk」は、Massive Attackが初期のソウルやヒップホップ色から、より暗く重い音響へ移行したことを示す楽曲である。ボーカルにはElizabeth Fraserが参加している。
「Teardrop」より低音と反復の存在感が強く、ベース、ビート、声が限られた空間の中で緊密に配置されている。ダブの低音感覚と電子音響、オルタナティブロック的な緊張感が混ざり合う『Mezzanine』の特徴を理解しやすい一曲である。
10. All Mine by Portishead
1997年のセカンドアルバム『Portishead』から選ぶなら「All Mine」が重要である。デビュー作『Dummy』で確立した手法を引き継ぎながら、より重く、不安定なサウンドへ進んだ時期を代表している。
Beth Gibbonsのドラマティックな歌唱に対して、バックの演奏は意図的に抑制されている。古い映画やジャズを思わせるアレンジとヒップホップ的なビートメイクが共存しており、Portisheadが単なるダウンテンポ・ユニットではないことがよくわかる。
初心者におすすめの3曲
最初に聴くなら、Massive Attackの「Unfinished Sympathy」、Portisheadの「Glory Box」、Massive Attackの「Teardrop」の3曲がおすすめである。
「Unfinished Sympathy」はソウルとクラブ・ミュージックの接点がわかりやすく、トリップホップ成立期のブリストルが持っていたジャンル横断的な感覚をつかみやすい。ストリングスとブレイクビーツの組み合わせも印象的だ。
「Glory Box」は、サンプリング、遅いビート、女性ボーカルというトリップホップの代表的な要素をコンパクトに体験できる。Portishead特有のアナログな質感もわかりやすい。
「Teardrop」は1990年代後半にジャンルがどこまで音響的に発展したのかを示している。初期のヒップホップやソウルとの接点から、より重層的な電子音楽へ向かった変化まで、この3曲を順番に聴くだけでも大まかな流れが見えてくる。
関連ジャンルへの広がり
トリップホップのビートや制作方法が気に入ったなら、ダウンテンポへ進むと聴きやすい。ヒップホップ的なビートメイクや電子音響を共有しながら、よりインストゥルメンタル中心の作品やアンビエント寄りの作品まで幅広く存在する。
一方、Massive AttackやTrickyの低音に注目するならダブ、Portisheadのビートに注目するならヒップホップ、1990年代後半以降の電子的な音響に惹かれたならエレクトロニカへ進むのも自然である。
トリップホップは単独で完結したジャンルというより、ヒップホップ、ダブ、ソウル、ロック、電子音楽が交差する地点として捉えると、その面白さが理解しやすい。
まとめ
トリップホップの代表曲を聴くなら、まずMassive Attack、Portishead、Trickyという3組が中心になる。『Blue Lines』『Dummy』『Maxinquaye』を軸に聴けば、1990年代前半にブリストル周辺から登場した新しいビート・ミュージックの特徴をつかめる。
そこから『Mezzanine』期のMassive Attackへ進めば、ロックや電子音響を取り込んだ重いサウンドへの発展が見えてくる。さらにSneaker Pimpsなどを聴けば、トリップホップ的な手法が1990年代後半のポップやオルタナティブな電子音楽へ広がったことも理解できる。
まずは「Unfinished Sympathy」「Glory Box」「Teardrop」のようなメロディの明確な曲から入り、「Hell Is Round the Corner」「Overcome」「Black Milk」へ進むとよい。ビート、サンプリング、低音、ボーカル、音響処理のそれぞれに耳を向けることで、トリップホップが持つ多層的な魅力が見えやすくなる。

コメント