1. 歌詞の概要
「Too Late Now」は、Wet Legのデビューアルバム『Wet Leg』（2022年）に収録された楽曲であり、彼女たちのユニークな世界観をよりダイレクトに、かつ深く表現した一曲である。冒頭は静かに始まり、後半にかけて徐々にエネルギーを高めながら、爆発的なカタルシスへと至る構成が特徴的だ。
この楽曲のテーマは、現代社会における疎外感、精神的な疲弊、そして大人になることへの戸惑いにある。歌詞の中では、スキンケアやライフコーチといった現代的な「自己改善」文化に対する皮肉が込められ、それらが結局は空虚なものでしかないという感覚が、どこか虚無的に描かれている。
とはいえ、Wet Legらしい軽妙な言葉選びと、どこか投げやりでチャーミングな語り口のおかげで、この楽曲は決して重苦しくはならず、むしろ聴く者に奇妙なカタルシスと共感を与えてくれるのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Too Late Now」は、Rhian TeasdaleとHester Chambersがロックダウン中に制作した楽曲のひとつである。当時、外界から隔絶された状況の中で、多くの若者たちが抱えていたモヤモヤや焦燥感、未来への不安を、彼女たちなりに昇華した結果生まれた作品だ。
Rhianはこの曲について、「スキンケアルーティンにこだわるとか、完璧な自己を作り上げるとか、そういうプレッシャーに疲れた気分を歌った」とインタビューで語っている。現代社会に蔓延する「自己最適化」への圧力、それに伴う自己否定感──それらをシニカルに、そして少し悲しげに笑い飛ばしたのがこの曲なのである。
また、サウンド面では、スローなテンポで始まり、後半に向かってノイジーかつカオティックに膨れ上がっていく構成が、感情の爆発を見事に表現している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元：Genius Lyrics
“I don’t need no dating app to tell me if I look like crap”
自分がイケてないかどうか、出会い系アプリなんかに教えてもらう必要はない“I don’t need no radio, no MTV, no BBC”
ラジオも、MTVも、BBCも必要ない“It’s enough to make you wanna give up”
もう投げ出したくなるくらいだ“No, I don’t need no skincare routine”
スキンケアのルーティンなんていらない“It’s too late now”
もう遅すぎるんだ
これらのフレーズは、外から押し付けられる理想像に疲弊した若者たちの本音を、シンプルかつ鋭く切り取っている。
4. 歌詞の考察
「Too Late Now」の歌詞は、現代社会が抱える「自己改善強迫」というテーマを極めて生々しく描いている。スキンケア、恋愛、メディア消費──すべてが「より良い自分」を目指すための努力として推奨される時代において、主人公はその全てに疲れ果て、あえてそれらを放棄する。
“I don’t need no skincare routine”というフレーズに象徴されるように、この曲は「頑張っても報われないし、そもそも頑張りたくもない」という、現代的な無力感と投げやりな解放感をストレートに歌い上げている。
また、後半に向かってテンションが一気に上がる構成も、抑圧された感情が爆発する瞬間を非常にリアルに表現している。特に「It’s too late now」という繰り返しは、諦めと開き直りの狭間で揺れる心情を、聴き手に強く印象づける。
この楽曲は、単なるネガティブな嘆きではない。むしろ、すべての「こうあるべき」から解放されるための、ある種の祝祭のようにも聞こえる。Wet Legは、重たくなりがちなテーマを、あくまで飄々と、しかし鋭く突き刺してみせたのである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Bags” by Clairo
内省的な歌詞と淡いサウンドで、不安や葛藤を繊細に描いた作品。 - “Garden Song” by Phoebe Bridgers
日常の些細な違和感を、夢と現実の狭間のような世界観で綴る。 - “Kyoto” by Phoebe Bridgers
明るいサウンドの裏に、疎外感や自己否定の感情を隠し持つ名曲。 - “Motion Sickness” by Phoebe Bridgers
対人関係における傷と怒りを、静かに、しかし力強く歌った楽曲。 -
“Your Best American Girl” by Mitski
「理想像」と「自分自身」の間で引き裂かれる苦しみを描いた、現代のアンセム。
6. 疲れた心に寄り添う、ささやかな革命
「Too Late Now」は、Wet Legにとって単なるアルバムの一曲以上の意味を持つ楽曲である。社会や文化が押し付けてくる無数の「こうすべき」「こうあらねばならない」に対して、静かに、しかし確かな意思をもって「もういいや」と言い放つ。この潔い投げやりさこそが、多くのリスナーにとって救いとなったのではないだろうか。
Wet Legは、ふざけたような顔をしながら、実はかなりシリアスな問題提起をしている。完璧を求め続けることに疲れた現代人に向けて、「そんなの全部、気にしなくていいんだよ」と囁いているのだ。
「Too Late Now」は、そんなささやかながらも力強い革命の歌なのである。疲れた夜に、そっと寄り添ってくれるような、静かな解放感を感じさせる一曲だ。
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