アルバムレビュー:Tonight by David Bowie

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発売日: 1984年9月24日
ジャンル: ポップロック、レゲエ、ブルー・アイド・ソウル


光の中で見失った影——成功の後ろに潜む空虚な“夜”

『Tonight』は、David Bowieが1984年にリリースした15作目のスタジオ・アルバムであり、前作『Let’s Dance』の大ヒットに続く作品として発表された。
しかしその内容は、ボウイ自身が後年「空虚なレコード」と語るように、アーティストとしての情熱や革新性が薄れ、商業的成功の影で迷走する姿が露呈したものとなっている。

プロデュースは再びヒットメーカーのヒュー・パジャムとデレク・ブラムリーを起用。前作に引き続き、ナイル・ロジャースが離れた後のポップ志向を維持しつつも、今回はよりソフトでリゾート感のあるレゲエやスカのリズムが多用された。
だがその軽やかさは、かつてのボウイが放っていた緊張感やアイロニーを希薄にし、結果として“リスナーにとって心地よいが、印象に残りづらい”作品となってしまった印象が強い。

とはいえ、一部の楽曲には社会的な視点や個人的なメランコリーが潜んでおり、完全な“空白”ではない。


全曲レビュー

1. Loving the Alien
本作で最もドラマティックな楽曲。
宗教、戦争、信仰への皮肉を込めたリリックと、重厚なアレンジが光る。
このアルバムの中で異彩を放つ1曲であり、90年代以降も再評価されている。

2. Don’t Look Down
イギー・ポップのカバー。
レゲエ調のサウンドが心地よいが、原曲の持つ緊張感はやや希薄。
ラウンジ感すら漂うスムーズなアレンジが評価を分ける。

3. God Only Knows
ビーチ・ボーイズの名曲をカバー。
ボウイらしい耽美的アプローチだが、過剰なアレンジが原曲の繊細さを損ねていると批判されることもある。

4. Tonight
イギー・ポップとの共作で、ティナ・ターナーがゲスト・ヴォーカルとして参加。
レゲエ色の強いサウンドと、二人のヴォーカルが軽快に絡むが、歌詞の悲痛さとサウンドの陽気さの乖離が目立つ。

5. Neighborhood Threat
これもイギー・ポップのカバー。
オリジナルの危機感をポップなアレンジで中和してしまい、少々物足りなさが残る。

6. Blue Jean
本作のシングルヒットであり、ボウイらしいキャッチーなナンバー。
短編映画「Jazzin’ for Blue Jean」のために作られたこの曲は、80年代的な遊び心と自己風刺に満ちている。

7. Tumble and Twirl
レゲエとアフリカン・ポップの融合を試みたような楽曲。
イギー・ポップとの共作で、旅行記のような歌詞がユーモラス。

8. I Keep Forgettin’
ルー・ジョンソンのソウル・ナンバーのカバー。
ブルー・アイド・ソウル的なボウイの軽妙さが際立つが、アルバム全体の中では地味な印象。

9. Dancing with the Big Boys
アルバムを締めくくる一曲であり、イギーとの共作。
抽象的なリリックと反復的なビートが、80年代のメディア社会や権力構造を皮肉っているとも取れる。


総評

『Tonight』は、David Bowieのキャリアの中でも評価の分かれる作品であり、商業的には一定の成功を収めながらも、芸術的な革新性や主張の希薄さが指摘されてきた。
Let’s Dance』の栄光を引きずるような構成、他者のカバー曲に依存したトラックリスト、そして統一感のない音楽性。

それでも、”Loving the Alien” や “Blue Jean” のような楽曲には、なおも彼の才気が感じられ、完全に“空っぽなアルバム”と切り捨てることはできない。
『Tonight』とは、光の中で自分の影を見失ったアーティストが、どこか所在なく過ごす“夜”のような作品なのだ。


おすすめアルバム

  • Let’s Dance / David Bowie
    本作の前作であり、ナイル・ロジャースと共に作り上げた商業的成功作。洗練とポップの頂点。
  • Blah-Blah-Blah / Iggy Pop
    ボウイとの共作によるポップ・ロック寄りのイギー作品。『Tonight』との関連性も高い。
  • Avalon / Roxy Music
    ラグジュアリーな80年代ポップと耽美主義の融合。ボウイのこの時期の美学に通じる。
  • The Dreaming / Kate Bush
    より奇抜かつ濃密な実験性を持つ作品。『Tonight』の物足りなさを感じる人にこそおすすめ。
  • Bête Noire / Bryan Ferry
    耽美的かつ洗練された80年代ポップの完成形。『Tonight』の空気感をより濃厚に味わえる一枚。

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