アルバムレビュー:Tomorrow’s Harvest by Boards of Canada

発売日: 2013年6月5日
ジャンル: アンビエント、IDM、ドローン、サイケデリック・エレクトロニカ


崩壊後の風景と希望の残響——明日という名の“収穫”が語る終末のアンビエント

2013年、Boards of Canada(以下BoC)は、前作『The Campfire Headphase』から実に8年の沈黙を経て、『Tomorrow’s Harvest』をリリースした。
その音楽は、懐かしさや夢想に彩られた過去作と異なり、より冷たく、広く、そして終末的な世界観を纏っていた。
それは、ただの「未来」ではない。
“滅びた後の未来”における、断片的な記憶と感情の再構築なのである。

タイトルの「Tomorrow’s Harvest(明日の収穫)」には、黙示録的な二重性がある。
ひとつは、核の冬や気候変動、文明の終焉を暗示する“終末の収穫”。
もうひとつは、そのあとに残されたもの、あるいは拾い集めるべき「記憶の種」のこと。
BoCのサウンドはここで、風化しきったフィルムのように霞んだシンセ、メランコリックな旋律、都市の残響のようなドローンを用いて、ポストヒューマンの詩を綴っている。


全曲レビュー

1. Gemini

ひそやかなシンセが滲むように始まり、アルバム全体の“音の温度”を提示する導入。
双子座(Gemini)の名が示すように、記憶と未来の二重性を象徴。

2. Reach for the Dead

本作のリードトラックにして、死者に手を伸ばすというタイトル通り、廃墟の中に差す祈りのようなメロディが印象的。
BoCらしいドローンとビートの重層が美しい。

3. White Cyclosa

クモの名を冠した、不穏でダークなトラック。
周期的なノイズが、情報汚染と監視社会を連想させる。

4. Jacquard Causeway

ミニマルなベースループに、ゆっくりと上物が重なっていく構成。
“ジャカード織り”のように、音が複雑に織り重なってゆく構造の妙が光る。

5. Telepath

ノイズ混じりの声が「3、9、7…」と囁く不気味なスキット。
サブリミナルや洗脳といったテーマを想起させる。

6. Cold Earth

冷たい大地、というタイトル通り、温度のないメロディと規則正しいリズムが冷たさを際立たせる。
それでもどこか、人間の体温の記憶が残っているような切なさがある。

7. Transmisiones Ferox

ラジオの周波数を合わせるようなイントロから、不明瞭な空間が広がる短編。
“野生の送信”というタイトルが意味深。

8. Sick Times

終末的なコードと、レトロな質感のエフェクトが特徴的。
“病める時代”の静かな記録。

9. Collapse

曲名通り、崩壊をテーマにした不安定な展開。
音が崩れていくような構造が印象的。

10. Palace Posy

アナグラムに仕掛けがあると言われる謎めいた一曲。
繊細な旋律が浮かんでは消え、記憶の断片をそっと撫でるような優しさが漂う。

11. Split Your Infinities

哲学的なタイトルを持つ長尺曲。
反復の中に微細な変化があり、無限を“裂く”ような緻密な構造が続く。

12. Uritual

“Un-ritual(儀式の解体)”という意味合いを持つ、短く不気味なスキット。

13. Nothing Is Real

どこか牧歌的で、懐かしさすらあるメロディが流れる。
だがタイトルが示すように、それは偽りの安らぎ、あるいは幻想にすぎないのかもしれない。

14. Sundown

日没をテーマにした、一日が終わる寂しさと安堵が入り混じる一曲。
メランコリックな旋律が夕暮れの空気感を描き出す。

15. New Seeds

タイトルが示す通り、“新たな種”=再生や希望を連想させる。
本作の中では比較的軽やかで、明るいビートが印象的。
それでもどこか儚い。

16. Come to Dust

“塵に還れ”という終末的なタイトルにふさわしく、穏やかで崩れゆくようなメロディ。
浄化と消滅の狭間で、静かに終わりを迎える。


総評

Tomorrow’s Harvest』は、Boards of Canadaが“ポスト終末”という風景を音で描いたアンビエント叙事詩である。
彼らは過去2作で描いてきた“記憶”というテーマを、文明の終焉と再構築というマクロな視点へとスケールアップさせた。
それでも、そこには常に“人間の痕跡”がある。
冷たい音の中に残る、温かさの幻影

この作品は、滅びゆく世界のなかで、最後のラジオから微かに流れる音楽のようでもある。
不安と救済のあいだで揺れるこのアルバムは、BoCの到達点であると同時に、“音の未来遺産”と呼ぶべき名作なのだ。


おすすめアルバム

  • Vangelis – Blade Runner OST
     終末的都市と記憶の感情を描いた、シネマティック・アンビエントの金字塔。
  • Tim Hecker – Virgins
     崩壊と荘厳の交錯。『Collapse』『Split Your Infinities』の響きと共鳴。
  • Ben Frost – By the Throat
     緊張感と静謐が混在する音のドキュメント。BoCの冷たい質感をさらに研ぎ澄ませたような一作。
  • Oneohtrix Point Never – R Plus Seven
     未来的で不安定な構造美。記号と幻影を行き来するBoCとの共振点あり。
  • GAS – Narkopop
     森の中の終末。音が風景と一体化するBoC的没入感がある。

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