
1. 歌詞の概要
「Thumbs」は、Sabrina Carpenterが2016年に発表したセカンド・アルバム『EVOLution』に収録された楽曲であり、現代社会における“無自覚な同調”や“繰り返される日常”への風刺を、ポップで洗練されたサウンドに乗せて描いた作品である。
タイトルの「Thumbs(親指)」とは、スマートフォンを使うときの“指の動き”であり、SNSに夢中になりながら、社会の枠に疑問を持たず、思考停止のまま生きる人々の姿を象徴している。歌詞の中で描かれるのは、ルーティンの中で生き、深く考えることなくただ“親指を動かして”いる人々。彼らはある意味で安心な場所にいるが、自由や変化とは無縁の世界でもある。
しかし、この曲の語り手はその流れに乗らない。「私はそんな風にはなりたくない」と、明確に意思を持ち、“自分の道”を選ぶ姿を見せている。表面的には楽しいポップソングのようでいて、実は社会に対する鮮やかな批評性を内包した、若きSabrina Carpenterの“決意表明”とも言える内容なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Thumbs」は、Steve Mac(Little MixやEd Sheeranの楽曲でも知られる)がプロデュースを手がけ、Priscilla Renea(現Muni Long)と共にソングライティングが行われた。Sabrina Carpenterは当時まだ17歳という若さでありながら、この楽曲では明確な視点と知性を示しており、ティーン・ポップの枠を超えたアーティストとしての資質を強く印象づけた。
この楽曲は、特にリズムと言葉の使い方が非常にユニークで、Sabrina自身がラップのように早口で繰り出すリリックは、楽曲のメッセージ性をより一層鋭く感じさせる。観客参加型のライブパフォーマンスでも人気が高く、彼女にとっては“アイドル”から“シンガーソングライター”への架け橋となった代表作と言えるだろう。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Somewhere in the world, there’s a father and a mother
And the father is a son, who has a mother
世界のどこかで、父と母がいて
その父は誰かの息子で、母にも母がいるAnd the mother has a daughter, who gets married to the brother
Of a mother, and they all just try to multiply with one another
その母には娘がいて、その娘は別の母の息子と結婚する
みんながみんな、ただ“増えること”ばかりを目指してるThey keep on twiddling them thumbs
Skiddly-dee-da-dum
みんな親指をくるくる回してる
意味のないループの中で
引用元:Genius Lyrics – Thumbs
この歌詞のユニークさは、家族構造を極端に一般化し、人生がただ“ループする”構造であることを滑稽に描いている点にある。リズミカルな言葉遊びと、反復による皮肉の演出が強烈な印象を残す。
4. 歌詞の考察
「Thumbs」は、単に“スマホばかり見ている若者”を批判しているわけではない。それよりも、“考えずに生きる”ことの危うさや、社会に染まりきってしまうことへの警鐘を鳴らしているのである。
“親指を回す”という行為は、スマホ操作に限らず、“何もしないこと”や“惰性の象徴”でもある。この曲に登場する人々は、ただただ“同じ生活”を繰り返し、疑問も抱かず、自分の意志で選択することを忘れてしまっている。そうした社会の在り方に対し、語り手は“そこから抜け出す勇気”を語る。だからこそ、彼女の声には不満よりも意志があり、怒りよりも希望があるのだ。
「私はその群れには加わらない」という強さは、ティーンという年齢を超えて、多くの人に響く普遍的なメッセージとなっている。誰かが決めた“正しさ”に従うより、自分の道を選ぶ。そうすることでしか、人生は“繰り返し”から“物語”になるのだということを、この楽曲は鋭く教えてくれる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Royals by Lorde
消費社会や名声への風刺をシンプルに描いたミニマル・ポップ。内省的な視点が共通している。 - Control by Halsey
社会や自己の枠にとらわれたくないという意志を、不穏な音像で表現した鋭いバラード。 - Fight Song by Rachel Platten
自分の力で世界に立ち向かう決意を歌ったエンパワーメント・ソング。 - Strangers by Sigrid
「リアルでないもの」に巻き込まれない強さを歌う、シンプルでありながらメッセージ性の強い楽曲。
6. 同調のループから抜け出すための“反逆の指先”
「Thumbs」は、流されるように生きることの危うさを、ポップで耳に残るサウンドに乗せて描ききった名曲である。Sabrina Carpenterは、この楽曲を通じて、「自分で考えること」「周囲と違っても構わないという選択」を聴き手に提示している。
これは、特に若い世代にとって、学校やSNS、家庭の中で抱える“同調圧力”への対抗歌である。誰もが似たような価値観を共有する中で、それに従わずに“親指を止める”こと。それは勇気のいる行為かもしれないが、その一歩によってしか、真に自由な人生は始まらない。
「Thumbs」は、ただの反抗心ではなく、“もっと考えよう”“もっと自由に選ぼう”という、極めてポジティブな意思表明である。だからこそ、時代が変わっても、この曲はなおリアルで、力強い。
私たちは親指で画面をスクロールする代わりに、現実の“選択肢”に指を伸ばすことができるのだ――この歌はその最初の一歩を、音楽として示している。
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