
発売日: 2019年7月19日
ジャンル: メロディック・ハードコア、パンクロック、ハードコア・パンク
“祈り”ではなく“行動”を——言葉の無力さと対峙する、怒りの最前線
『Thoughts and Prayers』は、カリフォルニアの政治的メロディック・ハードコア・バンドGood Riddanceが2019年にリリースした8作目のスタジオ・アルバムであり、
2015年の復帰作『Peace in Our Time』を経たのちの、現在進行形の怒りと倫理を突きつける“行動のパンク”としての決定打である。
タイトルの“Thoughts and Prayers(祈りと思いを捧げます)”は、
銃乱射事件や大規模災害が起こった際に政治家たちが繰り返すテンプレート的コメントであり、
実際には何の変化も生まない“偽善的な同情”への痛烈な批判としてこのアルバムは始まる。
Good Riddanceはここで、「祈るだけで満足していないか?」「行動はどこにあるのか?」という根源的な問いを、
メロディック・ハードコアという誠実な形式にのせて突きつける。
プロデュースは再びBill StevensonとJason Livermore(The Blasting Room)。
そのため、音像は鋭利でありながら整っており、初期の衝動と近年の構成力が完璧に調和している。
全体として30分に満たない疾走感に凝縮された怒りと希望は、まさに“今この瞬間の正義”を刻んだ音楽的ドキュメントである。
全曲レビュー
1. Edmund Pettus Bridge
アラバマ州の公民権運動の象徴的地名を冠した曲。
1965年の“血の日曜日”を想起させるその名に、現代の人種差別と闘争の記憶が重なる。
2. Rapture
宗教的救済への懐疑と、行動の欠如を撃つ。
スピードと反復のなかに、切実な問いが響く。
3. Don’t Have Time
「そんな暇はない」と突き放すようなタイトルに表れるのは、沈黙や無関心への拒絶。
パンチの効いた短編ながら、極めて強いメッセージを放つ。
4. Our Great Divide
社会の分断をテーマに、冷静な観察と怒りが交錯する。
ミッドテンポで展開される、重く深いトラック。
5. Wish You Well
再録曲でありながら、新たな感情の厚みを加えてよみがえったパーソナル・ナンバー。
かつての怒りが、いまは静かな祈りのように響く。
6. Precariat
不安定な労働者階級=“プレカリアート”に焦点を当てた社会派トラック。
パンクバンドとしての使命感が濃厚ににじむ。
7. No King but Caesar
国家、信仰、服従をテーマにした、聖書的反語を含む政治批判ソング。
リリックの知性が鋭く、反復の効いた構成で印象に残る。
8. Who We Are
アイデンティティと連帯感を再定義する、ポジティブで力強いアンセム。
個と集団の境界線を探るGRらしいバランス感覚。
9. No Safe Place
“安全地帯なんてどこにもない”というタイトルが物語る、現代の不安と脆弱性。
ミドルテンポの曲調がその危機感を引き立てる。
10. Pox Americana
“アメリカーナの疫病”という強烈な表現で、
アメリカの覇権とその腐敗を痛烈に批判する最もラディカルなトラック。
11. Lo Que Sucede
スペイン語タイトル(意訳:起きていること/現実)を冠した、グローバルな視点を持つ一曲。
移民・境界・文化の衝突が背景にあると読み取れる。
12. Requisite Catastrophes
「必然の悲劇たち」という終末的なタイトル。
その名の通り、破滅の連鎖を前提とした社会構造への悲観と怒りが交錯する。
総評
『Thoughts and Prayers』は、Good Riddanceが自らの原点に立ち返りながら、
現代社会に対して最も鋭く、最も誠実なメッセージを放った“現在進行形のマニフェスト”である。
この作品において、彼らは決して新しい言葉を並べてはいない。
だがその一語一語は、言葉の軽さと空虚さが蔓延する時代において、“重さを持った声”として鳴り響いている。
「祈りと思い」ではなく、「行動と責任」。
このアルバムは、政治的・倫理的音楽が持つべきリアルタイム性と、人間性の核を守る力を改めて私たちに示している。
おすすめアルバム
- Strike Anywhere – Nightmares of the West (2020)
社会運動と個人の倫理を接続した、現代パンクの最高峰。 - Propagandhi – Victory Lap (2017)
知性と怒りが同居する、理想と矛盾を巡る葛藤の記録。 - Anti-Flag – 20/20 Vision (2020)
直接的な政治批判と現実的希望を合わせ持つ、ラディカルな現代パンク。 - Bad Religion – Age of Unreason (2019)
同時期に放たれた“理性の時代”という逆説的タイトルが響き合う、熟練の一撃。 - War on Women – Wonderful Hell (2020)
フェミニズムと社会批判を軸に据えた、鋭利でパワフルな現代型ハードコア。
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