
1. 歌詞の概要
「This Is the Sea」は、ザ・ウォーターボーイズ(The Waterboys)が1985年にリリースしたアルバム『This Is the Sea』の表題曲であり、アルバムの締めくくりを飾る壮大なスピリチュアル・バラードである。この曲は単なるラブソングでもなく、プロテストソングでもない。むしろ、人生の転機、自己の変容、過去の執着からの解放といった、深く普遍的なテーマを抱えた“魂の巡礼歌”とも言える。
タイトルの「This Is the Sea(これが海だ)」という言葉は、比喩として極めて象徴的だ。海とは無限、変化、浄化、そして未知を意味する。そして歌詞中で繰り返されるこのフレーズは、過去の傷や失敗、小さな自己を乗り越え、「より大きな何か」へと踏み出す瞬間の宣言である。
語り手は誰か(あるいは過去の自分自身)に語りかけるように、「あれは小川だった、これは海だ」と語る。これは「過去の自分が抱えていた小さな悩みは、今となってはもっと大きな流れの一部にすぎなかった」と気づいた瞬間の表現であり、人生における“気づき”の象徴でもある。
2. 歌詞のバックグラウンド
「This Is the Sea」は、マイク・スコット(Mike Scott)が「ビッグ・ミュージック」と称された壮大なサウンドの集大成として完成させたアルバムの最後に位置づけられている。アルバム全体は、人生、愛、変化、喪失、再生といったテーマを扱い、そのクライマックスにあたるのがこの曲である。
スコットはこの曲について、「自分にとって“今ある場所”に到達するまでの、精神的旅の終着点だった」と語っている。それまでの作品が“探求”であったとすれば、「This Is the Sea」はその“答え”であり、“悟り”に近い瞬間を捉えた曲だった。実際、スコットはこの曲を書き終えた後、「しばらくの間、これ以上の曲は書けないと思った」とまで述べている。
音楽的には、ピアノを中心にしたシンプルな導入部から始まり、徐々にサックス、ホーン、ストリングス、ドラムといった様々な楽器が重なっていき、最終的にはまるで波が寄せては返すような“音の海”が形作られていく。まさにサウンドの構造自体が“海”という主題を映し出している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下は、「This Is the Sea」の代表的な一節。引用元:Genius
These things you keep
You’d better throw them away
その“抱え込んでるもの”を
捨ててしまったほうがいいYou wanna be free
Don’t you wanna be free?
自由になりたいんだろ
本当は自由を求めているはずだろThis is the sea
これが海だ
そして印象的な対比も登場する:
That was the river
This is the sea
あれは川だった
これは海だ
この川と海の対比こそが、人生の次元の違い、意識の拡張、スピリチュアルな成長の比喩となっている。
4. 歌詞の考察
「This Is the Sea」は、過去を手放し、新しい“自分”に出会う旅の到達点を描いている。
ここに描かれる“川”とは、これまで歩んできた人生、あるいは限定的な視野や感情の流れである。それに対し、“海”は、より大きな自己、全体性、無限の可能性を象徴している。
マイク・スコットの語り口は、懇願するようでもあり、啓示のようでもある。「捨ててしまえ」「自由になれ」と語りかける声には、どこか預言者めいた迫力があり、聴く者の心にまっすぐ訴えかけてくる。これは単なる音楽ではなく、人生の岐路に立ったときの“内なる声”のようにも聴こえる。
また、サウンド構造も極めて感情的である。はじめは静かに、そして徐々に音が重なり、ついには感情の奔流が溢れ出すようなクライマックスへと向かっていく。これはまさに「自己変容のドラマ」を音楽で描いたような構成であり、スコットの作家性と演出力が極まった瞬間でもある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Let It Be by The Beatles
執着や悩みを手放し、“あるがまま”を受け入れるメッセージソングの金字塔。 - Running to Stand Still by U2
都市の悲哀と希望を静かに語る、スピリチュアルな物語。 - Hallelujah by Leonard Cohen(Jeff Buckley Ver.)
人生の矛盾と美しさを讃える、祈りのような名曲。 - Into the Mystic by Van Morrison
霊性と旅路を重ね合わせた、海と魂のバラード。 - Land by Patti Smith
個人的な目覚めと社会的解放が渾然一体となった、詩的かつロック的な大作。
6. 川を越えて、海へ――魂の旅の終わりに見えるもの
「This Is the Sea」は、旅の終着点であり、同時に新たな出発点でもある。
過去を手放し、痛みを抱きしめ、愛も悔恨も全て包み込んだうえで、目の前に広がる“海”へと漕ぎ出す勇気をくれる楽曲だ。
それは外的な旅ではなく、心の旅。
世界のどこにも答えはなかった。でも、内なる声はずっと語りかけていた――
「This is the sea.」
この言葉は、単なる詩の一行ではない。
それは、聴く者の人生そのものに新しい風を吹き込む“予言”のようなものなのだ。
ザ・ウォーターボーイズは、この一曲で音楽の持つ“癒し”と“解放”の力を証明してみせた。
だからこそ、「This Is the Sea」は今なお、人生の転機にある誰かの背中を、そっと押し続けているのである。
コメント