This Feeling by Alabama Shakes(2015)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「This Feeling」は、Alabama Shakesが2015年にリリースしたセカンドアルバム『Sound & Color』に収録された楽曲であり、アルバム全体の実験性と多層的な音の構造の中にあって、ひときわ静かに、しかし深く心に残る曲である。

タイトルの「This Feeling(この感情)」が指すものは、はっきりと名前を与えられるような単一の感情ではない。むしろそれは、言葉にならない内的な揺らぎ、喜びとも哀しみともつかない、複雑で静かな魂の震えのようなものである。

歌詞は非常にミニマルだが、その短いフレーズの中に、“自己肯定”や“変化の受容”、“人生における成長”といったテーマが込められている。そして何よりも、その言葉を乗せるブリタニー・ハワードの声が、この曲のすべてを物語っていると言っていい。彼女の声は、言葉の足りなさを補って余りある情感を宿し、聴き手の心の奥深くにまで届いてくる。

2. 歌詞のバックグラウンド

「This Feeling」が収録された**『Sound & Color』**は、Alabama Shakesのキャリアにおいて重要なターニングポイントとなったアルバムである。前作『Boys & Girls』(2012)では、クラシックソウルやサザンロックの伝統を継承した骨太なサウンドで注目を集めた彼らだが、このセカンドアルバムではその枠を大きく飛び越え、実験的で、ジャンルの境界を曖昧にするサウンドへとシフトしている。

「This Feeling」は、その新しい方向性の中にあって、最もパーソナルで、最も静謐な瞬間を担っている。ブリタニー・ハワードはこの曲について、「人生で初めて、自分自身に“これでいいんだ”と言えた瞬間」をテーマにしたと語っている。それは、自信でも傲慢でもなく、“今の自分をそのまま受け入れる”という静かな解放の感情であり、楽曲全体を包む空気は、そうした自己受容の優しさに満ちている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に印象的な一節を抜粋し、和訳とともに紹介する。

I just kept hoping, I just kept hoping
ただ願い続けていた ただ希望を持ち続けていた

The way would become clear
いつか道が見えるようになると

I spent all this time
この時間をすべて費やしてきた

Trying to play nice and fight my way here
いい子でいようとしながら ここまで戦ってきた

Wake up feeling no regrets
目覚めたとき、もう後悔はなかった

If this is as good as it gets
これが人生の最良の瞬間だとしたら

Yeah, this feeling, I will not hide it
この感情だけは もう隠さない

出典:Genius.com – Alabama Shakes – This Feeling

ごく短い詞の中に、長い道のりと深い内省、そして今という瞬間に感じた静かな誇りが凝縮されている。

4. 歌詞の考察

「This Feeling」は、まるで心の独白のような曲である。そこにあるのは“勝利”ではないし、“大きな変化”でもない。ただ、自分自身を否定せずに生きられるようになったという、極めて個人的で静かな革命である。

ブリタニー・ハワードがこの曲で語るのは、自己受容というテーマだ。しかしその「受容」は、楽なことではない。歌詞にあるように、彼女は“いい子”であろうとし、“戦いながら”ここまで来た。つまり、社会の期待や偏見、自分自身の中の不安や恐れと向き合いながら、ようやく辿り着いた心の安定なのだ。

そして何より美しいのは、その達成を誰かに誇るでもなく、ただ「もうこの感情を隠さない」と静かに宣言するその姿勢である。それはまるで、自分の“人生そのもの”をそっと手に取って、大切に胸に抱きしめるような、優しい強さだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • River by Leon Bridges
     内省的でスピリチュアルなバラード。静かに心を洗うような作品。

  • I Need My Girl by The National
     情緒を抑えつつも深く響く、男性的な内面の叫びが印象的な曲。
  • Magnolia by J.J. Cale
     飾り気のないメロディの中に滲む人間味と温かさが共通する。

  • Georgia by Vance Joy
     愛と自分自身への眼差しが交差する、繊細で優しい楽曲。

6. 「沈黙の中の革命」― アメリカーナの文脈における新しさ

「This Feeling」が特異なのは、アメリカーナやサザン・ソウルといった“ルーツ音楽”の文脈にありながら、その精神性において極めてモダンであるという点だ。

南部の音楽はしばしば、哀愁や魂の叫びを派手なボーカルやブルーススケールで表現してきた。しかしAlabama Shakes、特にこの楽曲では、その“叫び”を削ぎ落とし、むしろ静けさの中に情熱を宿している。ブリタニー・ハワードのボーカルもまた、ここでは“抑制された声”という形で、新しい感情の表現を獲得している。

音楽としても、この曲はコード進行やリズムにおいて非常にシンプルでありながら、空間処理と音のバランスにおいては極めて洗練されている。まるで1曲まるごとが“ため息”でできているかのような、そんな繊細な構成は、現代的なプロダクションの一つの到達点とも言えるだろう。


「This Feeling」は、人生のどこかで必ず訪れる“自分自身を見つめ直す夜”のための曲だ。

それは大声で叫ばれるべきことではなく、心の中でそっと確認されるような、小さな革命。自分を許し、認め、そして静かに微笑む――そんな境地にたどり着いた人だけが知る“感情”が、ここにはある。

Alabama Shakesは、その静かな瞬間にスポットライトを当てることで、時代を越えて響く新しい魂の音楽を生み出したのだ。

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