1. 歌詞の概要
「Thinking of a Place」は、The War on Drugsが2017年に発表した4thアルバム『A Deeper Understanding』に収録された、11分超えの大作バラードであり、バンドのキャリアにおける最も詩的かつ瞑想的な楽曲のひとつである。この楽曲は、過去の記憶、失われた愛、心の風景を静かに反芻しながら、「ある場所」=“場所性”と“時間性”の交差点をさまようように進行する。タイトルの“Thinking of a Place”は、そのまま**「心の奥にある、言葉にできない場所」への思索と旅**を象徴している。
この曲は明確な物語を描くものではなく、音と詩が一体となった「感情の流れ」を形にしたような構造を持っている。淡い記憶の断片がリフレインのように漂い、聴き手はその音のうねりの中で、まるで夢のなかを歩いているかのような体験を得ることになる。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Thinking of a Place」は、もともと2017年のRecord Store Dayに合わせて12インチシングルとして発表され、その後『A Deeper Understanding』に収録された。The War on Drugsのフロントマン、アダム・グランデュシエル(Adam Granduciel)はこの曲について、「ある種の“追憶”と“感情の旅”をテーマにしている」と語っており、実在する地名や具体的な事件を示唆することはない。代わりにこの曲は、感情の地図のなかに存在する“場所”を探す行為そのものを描いている。
音楽的には、ディランやスプリングスティーンといったアメリカーナの伝統と、シューゲイザーやクラウトロックの空間性、さらにアンビエントミュージックの瞑想的質感が交差する、時間を忘れさせるサウンドトリップに仕上がっている。途中に現れるハーモニカや長尺のギターソロは、歌詞と同様に「感情の言葉にならない部分」を音で埋めているように感じられる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Thinking of a Place」の印象的なフレーズとその和訳を紹介する。
“It was back in Little Bend that I saw you”
リトル・ベンドで君を見かけた、あのとき
“Light in the trees and in the water”
木々と水面に光が差していた
“I saw something in your movement / Or was it just the way you looked at me?”
君の動きに何かを感じた いや、あれはただ僕を見つめる君の目だったのか?
“I’m thinking of a place / And it feels so very real”
ある場所のことを思い出している まるで本当に存在しているように感じられるんだ
“Like a light that’s drifting / In the dark”
闇の中で漂う光のような
“Love is like a ghost in the distance / Out of reach”
愛とは遠くにぼんやり浮かぶ幽霊のようなもの 決して手には届かない
歌詞引用元:Genius – The War on Drugs “Thinking of a Place”
4. 歌詞の考察
この曲は、個人の記憶や感情の中にある「とらえどころのない場所」を思い出す行為を通じて、喪失、再生、そして“存在していたかもしれないもの”への郷愁を描いている。「I’m thinking of a place」という反復されるフレーズは、“ある場所”の具体性を拒むことで、むしろ聴き手の中にある場所へとリンクしていく構造を持つ。
冒頭に登場する「リトル・ベンド」という地名や、光、森、水、女性のイメージは、まるでぼやけたポラロイド写真のように提示され、それが現実だったのか、夢だったのかが曖昧なまま物語が進む。この**“記憶と夢の重なり”**こそが、The War on Drugsが追求する詩世界の核である。
また、「Love is like a ghost in the distance」という一節には、この曲全体に漂う“手に入らないものへの憧れ”が凝縮されている。それはかつて愛した人かもしれないし、過去の自分かもしれない。いずれにせよ、その対象は“遠くて、決して届かない存在”として描かれ、それがこの曲の美しさと切なさを同時に引き立てている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Strangest Thing by The War on Drugs
時間と記憶の迷路を彷徨うような壮大なバラード。内省と開放が交差する名曲。 - On Some Faraway Beach by Brian Eno
喪失と再生を海辺のイメージで描いた、アンビエント的名作。 - Holocene by Bon Iver
自己のちっぽけさと宇宙的スケールの対比が美しい、詩的フォーク。 - Your Hand in Mine by Explosions in the Sky
言葉のないインストゥルメンタルで、心象風景を音だけで描く名演。
6. “記憶と夢の中間にある風景”
「Thinking of a Place」は、The War on Drugsの作品群の中でも特に**“時間”と“場所”の概念が詩的に結晶化した楽曲**であり、それは単なる郷愁でも、ラブソングでもない。もっと曖昧で繊細な、言葉にならない感情や忘れられた風景への“追悼と再会”のような行為が描かれている。
楽曲後半の長尺のギターソロとエフェクトの洪水は、主人公の感情が言葉を超えて広がっていく過程そのものであり、そのまま“想いの旅”が果てしなく続いていくような印象を残す。まさにこれは、音楽によって体験する詩であり、記憶のセラピーでもある。
「Thinking of a Place」は、“かつてそこにあった何か”に触れようとする、11分間の夢の旅。そこには答えも結末もない。ただ静かに、確かに、心の奥に響き続ける。
コメント