発売日: 1999年10月26日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ポストグランジ、エレクトロニカ・ロック
機械と感情の狭間で揺れる声——“科学”と名づけられたサバービア的風景のなかで
『The Science of Things』は、イギリス出身のオルタナティヴ・ロック・バンドBushが1999年にリリースした3枚目のスタジオ・アルバムである。
前作『Razorblade Suitcase』のノイジーで内向的な音像から一転、
本作ではエレクトロニクスやプログラミング、より洗練された音響処理が積極的に取り入れられており、
“ポスト・グランジ以降”を模索するBushの新たな方向性が打ち出された作品となっている。
アルバムタイトルにある「科学(Science)」という言葉は、人間の感情や関係性を“解析しようとする視線”そのものへのアイロニーでもある。
本作には、都市化と疎外、テクノロジーと孤独、自然への回帰といった1990年代末の主題が、
エモーショナルなメロディと冷ややかなサウンドデザインのコントラストで浮かび上がってくる。
全曲レビュー
1. Warm Machine
デジタルなビートと重厚なギターが交錯する、アルバム冒頭を飾る機械的グルーヴ。
“温かな機械”という矛盾したタイトルが示す通り、感情と人工物の間に立つ存在の不安が描かれる。
2. The Chemicals Between Us
本作最大のヒットにして、エレクトロニカとギターリフが見事に融合した代表曲。
“私たちの間にあるのは、化学反応か愛なのか”という問いが、人間関係の理不尽さと不確かさを浮かび上がらせる。
3. English Fire
よりオーガニックなアレンジが特徴の一曲。
“イギリス的憤り”を暗示するようなリリックと、内に籠った爆発力が光る。
4. Spacetravel
浮遊感と内省的トーンが交差するサウンド・スケープ。
宇宙というモチーフを借りながら、逃避と孤立を描いたメタファーとしての“旅”が展開される。
5. 40 Miles from the Sun
アコースティックな導入と、広がりのあるサウンドが美しいバラード。
太陽から40マイル離れた場所——感情の凍結地点を象徴するような冷ややかな温度感が漂う。
6. Jesus Online
タイトルからして挑発的なエレクトロ・ロック。
“オンラインのキリスト”というイメージに、現代の信仰とテクノロジー依存への皮肉が込められている。
7. Disease of the Dancing Cats
実際に存在した環境汚染に由来するタイトル(ミナマタ病に似た事例)。
ファンキーなリズムと皮肉めいたリリックが、ポスト・ヒューマン的な崩壊風景を描き出す。
8. Altered States
サイケデリックなギターとレイヤーされたヴォーカルが印象的なミディアム・テンポ曲。
変容する意識、崩れる現実感覚がサウンドで体感される。
9. Dead Meat
ヘヴィかつ不穏なビートが支配するトラック。
タイトルの“死肉”という語感が、自己否定と破壊衝動の結晶を思わせる。
10. Letting the Cables Sleep
スローでメロディアスなバラード。
“ケーブルを眠らせる”=接続を断つことで得られる平穏をテーマにした、切なくも美しい一曲。
ギャヴィンの繊細な歌声が際立つ。
11. Mindchanger
ダンサブルなリズムとグルーヴが印象的。
“思考の変容”というテーマを、エレクトロ×ロックという形式で大胆に試みた意欲作。
12. The Disease of the Dancing Cats (Reprise)
7曲目のインストゥルメンタル・リプライズ。
同じモチーフがより幻想的な形で再構築されることで、アルバム後半に静かな余韻を残す。
13. Mouth (The Stingray Mix)
前作収録曲のリミックス版。
原曲よりもアップビートかつキャッチーに再構築されており、アルバムの実験的要素とポップ性のバランスを象徴する締めくくりとなっている。
総評
『The Science of Things』は、Bushが“グランジの残響”から抜け出し、
よりテクスチャー志向のロックと詩的テーマに踏み込んだ過渡期的名作である。
エレクトロニクスとアコースティックの融合、デジタルと肉体の対比、科学と感情のねじれた関係——
それらを丁寧に織り込んだこのアルバムは、
1990年代末という、ポスト・グランジとプレ・ミレニアムの空気を的確に映し出している。
派手さはない。
だが、都市の孤独、断絶された感情、再接続への願いを、
まるで静かなコードで鳴らすような繊細さが、このアルバムにはある。
おすすめアルバム
- Radiohead – OK Computer
テクノロジーと孤独、都市的疎外感をテーマにした名作。 - Placebo – Without You I’m Nothing
同時期のUKオルタナの空気を共有しつつ、よりエモーショナルな路線。 - Filter – Title of Record
エレクトロロックとオルタナティブの融合。『The Chemicals Between Us』と通じる音響感。 - Garbage – Version 2.0
機械と感情をテーマにした90年代エレクトロ・ロックの到達点。 - Nine Inch Nails – The Fragile
冷たい世界のなかで感情の温度を保とうとする、“科学と崩壊”の叙事詩。
コメント