イントロダクション
ジャティナンゴールの乾いた風を受けて、リバーブをたっぷり含んだギターが波頭のように揺れる。
ザラついたドラムと妖しくうねるベースが潮流を巻き込み、ボーカルは船乗りの口笛のごとく軽やかにメロディを滑らせる。
インドネシアの4人組バンド The Panturas は、60年代サーフ・ロックの跳ねるリズムと自国の海洋文化を掛け合わせ、“航海するガレージ・ロック”とも呼ぶべき音世界を築いてきた。
バンドの背景と歴史
2016年、パダジャラン大学の音楽サークルで出会ったアビアン・ナビリオ(Vo/Gt)、バグス “ゴゴン” マハール(Gt)、スリヤ・フィクリ(Dr)、ジュネッド “ジュン” ヌルハクィム(Ba)が意気投合して結成。
当初はベンチャーズやディック・デイルのカバーを演奏していたが、インドネシア語詞と地元の海にまつわる伝承を織り込むうち、独自の“マリタイム・サーフ”へ舵を切った。
2018年、7曲入りミニアルバム 〈Mabuk Laut〉(“船酔い”の意)を自主リリース。
二都市ショーケースが即完売し、波紋は首都ジャカルタのインディーシーンへ広がる。
2021年には待望のフルアルバム 〈Ombak Banyu Asmara〉(“恋の波濤”)を発表。
サーフ・ガレージの轟音の中に中近東スケールや民謡的コール&レスポンスを滑り込ませた大胆な作風が、アジア各地のプレイリストでバイラルヒットを記録した。
2024年春の新作 EP 〈Galura Tropikalia〉では、クロンチョンやスカ、クンビアまで飲み込み、熱帯雨林の蒸気と白波の泡沫が同時に立ち上るサウンドへ進化している。
音楽スタイルと特徴
基盤はやはり 60s サーフ・ロックのドライヴィングビートだ。
が、The Panturas のリズム隊はそれを単なる懐古では終わらせない。
スネアは裏拍でラテンのタメを生み、ベースはダンドゥット譲りの跳ねを刻む。
ギターはフェンダーのシングルコイルにスプリングリバーブを深く噛ませ、トレモロ・ピッキングで“水柱の揺らぎ”を可視化。
そこへ回遊魚のようにくねる中東旋法、あるいはグンデル(ガムラン金属音)のワイドコードが差し込まれ、波打ち際にエキゾチックな霞がかかる。
歌詞は潮流、漁師、海の伝承、そして都市生活者の孤独を暗喩で繋ぎ、インドネシア語特有の母音を活かした語感のよさで耳に残る。
結果、海沿いの酒場でも都市のナイトクラブでも同じ熱量で機能するハイブリッドなダンス・ロックが誕生した。
代表曲の解説
Tenggelamkan!
ミニアルバム〈Mabuk Laut〉冒頭を飾る1分半のインスト急襲曲。
トレモロ・ギターが波しぶきを撒き散らし、フィルイン多用のドラムが“転覆寸前の小舟”を演出する。
ライブでは観客が手旗信号のように腕を振り、開幕からフロアの温度を跳ね上げる定番だ。
Jim Labrador
アルバム〈Ombak Banyu Asmara〉ハイライト。
ミディアム・テンポのサーフビートに乗せ、架空の海賊“ジム・ラブラドール”の放浪譚を描く。
中盤、ギターがハーモニックマイナーへ急転し、海賊船が嵐へ突入するかのごときドラマを生む。
All I Want
英語詞を採用した数少ないナンバー。
跳ねるオルガンとコーラスが 60s モッドの匂いを醸し、サビでツインギターがユニゾンする瞬間に爽快感が弾ける。
国際フェス出演時、最も大合唱が起こるキラーチューンである。
Galura Tropikalia
最新 EP の表題曲。
クロンチョン風ストリングスがイントロで揺れ、ボサノヴァの裏打ちを思わせるパーカスが潜む。
サビでは突如 BPM が上がり、スカビートとサーフギターが交差。
“南洋の大渦”を体感させる構造が見事だ。
ディスコグラフィと進化
- Mabuk Laut(2018)
船酔いの痛みと快感をサーフ・ガレージで描写。録音はローファイだが、荒々しい海風がダイレクトに吹きつける一枚。 - Ombak Banyu Asmara(2021)
音像が格段にクリアになり、モーダルな旋律やホーン隊も導入。
恋と潮流を重ねるリリックがダンスフロアと物語性を両立させた決定盤。 - Galura Tropikalia EP(2024)
熱帯サイケ、スカ、ポップ・イエイエまで飲み込んだ“多国籍クルーズ”仕様。
曲間に環境音コラージュを挟み、アルバム全体が“嵐を呼ぶ航路”の一夜を描く。
影響を受けた音楽
・ディック・デイル、ベンチャーズなど 60s サーフ・インスト
・シャドウズのメロディ志向
・クロンチョンやカチャピンの爪弾きに宿る哀愁
・初期 Ali Farka Touré の砂塵ブルース
・ジャカルタのダンドゥット・ディスコが持つ“庶民の高揚感”
与えたインパクト
The Panturas の成功以降、インドネシア各地でサーフ・ガレージ系バンドが雨後の筍のごとく登場。
とくにスマランやマカッサルの若手が「海」をキーワードにしたローカル色強めのリリックと、トラディショナル旋律をギターサウンドへ組み込む潮流を加速させている。
アジア圏フェスでも“トロピカル・サーフ”枠が常設され始め、彼らは東南アジアサーフ・リバイバルの旗手として認知を確立した。
オリジナル要素
- 海事モチーフ徹底主義
曲名・歌詞・アートワーク・衣装まですべて海に関連づけ、世界観を統一。 - ライブ中の“水しぶき演出”
ドラム・ライザーに薄く水を張り、キックの振動で飛沫を上げる試みにより、視覚的にも“波打ち際”を再現。 - インドネシア語×サーフ語法
オンビートで切る英語的フレージングと、母音を引き伸ばすインドネシア語特有の歌い回しをハイブリッド化し、国際フェスでもコール&レスポンスを誘発。
まとめ
The Panturas は、ノスタルジックなサーフ・ロックにインドネシアの海洋文化と現代ガレージの暴走エネルギーを注ぎ込み、独自の“航海音楽”を完成させた。
海を越えたその轟音は、潮風の塩気と熱帯の湿度をまといながらリスナーの鼓膜を揺らす。
もしあなたが都会のアスファルトの匂いに疲れたとき、彼らのリバーブとトレモロに身を委ねてみてほしい。
そこには、夜の波間に浮かぶかすかな灯火と、遠くで響く汽笛のようなロマンが確かに存在している。
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