Then by The Charlatans(1990)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Then」は、イングランドのバンド、The Charlatansが1990年に発表したデビュー・アルバム『Some Friendly』に収録されたセカンド・シングルであり、バンド初期の代表的ナンバーである。前作「The Only One I Know」の成功を受けて発表されたこの曲は、マージービート、サイケデリア、レイヴ文化が融合した初期Madchesterサウンドの典型例として語られることが多い。

歌詞は明確なストーリーを語るというよりも、印象的な言葉の断片と繰り返しによって感情の断片と若者の焦燥感、孤独、渇望を表現している。曲全体に漂うのは、ある種の期待と裏切りの感覚。何かを待ち望んでいるようで、実はもう手遅れだったような感触が、リズムと旋律の中に溶け込んでいる。

2. 歌詞のバックグラウンド

The Charlatansは、Stone Roses、Happy Mondays、Inspiral CarpetsなどとともにMadchesterシーンの中核をなしたバンドで、シーンの中でもとりわけオルガン・サウンドと60年代ロックへの愛着を前面に出したスタイルで知られている。「Then」はその典型であり、ハモンド・オルガンとファンキーなベースライン、軽やかでサイケデリックなギターによって独自のサウンドを確立している。

この曲がリリースされた1990年は、UKインディー・ロックがダンスミュージックと交錯しながら拡張していった時代であり、クラブカルチャーとギターロックの融合が若者文化の中心にあった。Charlatansの音楽は、その波を敏感に捉え、反映するものであった。

歌詞の世界観には、決定的な何かが失われた後の空虚さや、過去を振り返ることの苦さといった情感が滲んでおり、ティム・バージェスの浮遊するような歌唱とともに、リスナーの感情を静かに揺さぶる。

3. 歌詞の抜粋と和訳

“I think you’re talking too loud / And you say I don’t care”
君の声はやけに大きくて それでいて僕には関心がないと言うんだ

“You said I lied, you said I cheated / You know I’d never do that”
君は僕が嘘をついたと 裏切ったと責めるけど そんなこと、僕がするわけないだろ

“You said we’d meet again / You promised”
また会えるって 君は言ったよね 約束したじゃないか

“And then you went away”
でも君は 去ってしまったんだ

“It’s over now”
もうすべて終わってしまった

引用元:Genius

4. 歌詞の考察

「Then」というタイトル自体が過去を指し示す言葉であることからも、この曲が“かつての出来事”や“終わってしまった関係”をめぐる回想であることがわかる。語り手は、かつて誰かと交わした言葉や約束を反芻しながら、そのすれ違いと喪失の痛みに向き合っている。

「You said we’d meet again」という一節は、希望と信頼の象徴であると同時に、それが叶えられなかったことへの怒りや寂しさも表している。裏切られたのか、それとも自分の思い違いだったのか。どちらとも決めきれないその曖昧さが、歌詞全体の“浮遊する感情”と美しく重なっている。

一方で、「I think you’re talking too loud(君の声が大きすぎる)」というフレーズには、相手との心理的距離や違和感が暗示されており、感情の噛み合わなさや疲労感もにじんでくる。それでも語り手は、“君”のことを完全には否定していない。むしろその矛盾と後悔を抱えながら、自分の感情を受け止めようとしているように感じられる。

この曲が特異なのは、怒りや悲しみを激しく表現するのではなく、すべてを霧のようにぼかしたまま音に溶かしている点だ。そのため、聴く者の心にも自然と入り込み、個人的な記憶や経験と静かに重なり合っていく。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Sally Cinnamon by The Stone Roses
    青春の甘酸っぱさと喪失を柔らかく包んだマッドチェスター初期の名曲。

  • This Is How It Feels by Inspiral Carpets
    疲弊した日常と恋の行き詰まりをリアルに描いた叙情的な一曲。
  • Perfect by The The
    内面の混乱と皮肉が織り交ざるリリックと淡々とした演奏が、「Then」と響き合う。

  • Stay Free by The Clash
    過去に対する愛情と距離感が共存した“ノスタルジックな友情賛歌”。

  • Atmosphere by Joy Division
    シンプルな構成で感情の深みを描いた、音の余白に意味が宿る曲。

6. 過去と現在のあいだに立つ音楽

「Then」は、Madchesterのクラブ文化に支えられた音楽でありながら、**クラブ的快楽よりも個人の内面に深く潜る“静けさのあるロック”**として機能している点において異彩を放っている。Charlatansがこの曲で描いたのは、若者の日常でもなく、成功の幻想でもなく、過去を喪失した個人の心のざわめきだった。

この曲の特徴的なオルガン・サウンドと緩やかなリズムは、あたかも過去の出来事が霞の中から浮かび上がってくるような感覚をリスナーにもたらす。そしてその中で語られる言葉は、明確な答えを与えるものではなく、むしろ聴く人に問いを残す。

「Then」という語は、いまもどこかで揺れている感情、変わりきれなかった自分、残された記憶のことを、静かに、しかし確かに指し示しているのだ。
The Charlatansはこの楽曲で、時間というものがいかに残酷で、そして優しいかを、美しいサイケデリック・ポップの中に閉じ込めた。
それは、「あの頃」に立ち止まりたい誰かにとって、今なお救いであり続けている。

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