アルバムレビュー:The Campfire Headphase by Boards of Canada

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発売日: 2005年10月17日
ジャンル: アンビエント、IDM、フォークトロニカ、サイケデリック・エレクトロニカ


陽だまりの記憶、カセットの夢——音の焚き火で焼かれる、ノスタルジアの新しい形

2005年、Boards of Canada(以下BoC)は、前作『Geogaddi』で極めたダークで呪術的なエレクトロニカ路線を脱し、より穏やかで有機的なトーンを持ったサード・アルバム『The Campfire Headphase』を発表した。
ここにあるのは、“ノイズ”や“数字”ではなく、ギターの響き、森の匂い、カセットテープの温度、そして誰かの夢の残像である。

本作の最大の特徴は、アコースティック・ギターやエレキギターの導入
それにより、BoCの代名詞であった不穏で催眠的なループ感がやや和らぎ、より人肌に近いサウンドスケープが立ち現れることとなった。
それはまるで、焚き火を囲んで記憶を語るような音楽——つまり、タイトルそのものの音風景なのだ。


全曲レビュー

1. Into the Rainbow Vein

短い導入ながら、ギターとノイズの層が本作のムードを一気に提示する。
虹の静脈という比喩が、すでにBoCらしい幻覚性を帯びる。

2. Chromakey Dreamcoat

エレキギターとレトロなビートが心地よく絡む一曲。
“クロマキーの夢のコート”というタイトルが示すように、現実と幻想の境界を曖昧にするサウンドが展開。

3. Satellite Anthem Icarus

本作でもっともエモーショナルな楽曲のひとつ。
宇宙(Satellite)と神話(Icarus)を結びつける詩的な構成に、BoC的ノスタルジアの宇宙的拡張を感じる。

4. Peacock Tail

きらびやかなアルペジオと微細なリズムが重なり合う、洗練されたアンビエント・チューン。
“クジャクの尾”のように、音が幾層にも広がっていく感覚。

5. Dayvan Cowboy

本作の代表曲であり、BoC史上もっとも“開かれた”サウンドを持つ一曲。
冒頭のドローンから、突如として広がるギターとビートの奔流が、空から大地へと降り立つような映画的展開を生む。
PVも含め、BoCの視覚と聴覚の融合点といえる傑作。

6. A Moment of Clarity

タイトル通り、アルバム内に差し込む一筋の光。
静かな音響が心の輪郭をなぞるような、短くも繊細な瞬間。

7. 84 Pontiac Dream

ノスタルジックなアメリカーナ感を漂わせるメロディとコード進行。
“84年のポンティアック”という具体的な記号が、個人の記憶と幻想が交わるトリガーとなる。

8. Sherbet Head

ややスクリュー感のある処理が施されたギターと、溶けかけたメロディが印象的。
“シャーベットの頭”というタイトルの通り、甘さと崩壊が同居する一曲

9. Oscar See Through Red Eye

ブリープ音と揺らぎのあるコードが繰り返され、目を通して記憶を覗き見るような感覚
音そのものが視覚化されているような錯覚に陥る。

10. Ataronchronon

言語にならない記号を並べたようなタイトルが象徴する、非言語的な記憶の音源化
スキット的だが、重要な接続点。

11. Hey Saturday Sun

柔らかく揺れるメロディとフィールドノイズが溶け合い、土曜日の午後の光景がそのまま音になったような美しさ
BoCの中でも屈指の牧歌的トラック。

12. Constants Are Changing

時間の揺らぎ、法則の崩壊をテーマにしたようなダイナミックな楽曲。
アルバム後半のクライマックスを担う、“変化しつづける常数”という矛盾を鳴らす実験的美

13. Slow This Bird Down

リズムと構造がスローに崩壊していく、終末的なサイケデリック・トラック。
鳥の速度を遅くする=逃れられない時間の減速、そんな印象を与える深淵の楽曲。


総評

The Campfire Headphase』は、Boards of Canadaの音楽性が“電子から有機へ”と揺れ動いたターニングポイントである。
それはシフトではなく、電子の中に血を流す試み、つまり機械を人間化するような行為だと言える。

前作『Geogaddi』が“心理の迷宮”だったとすれば、本作は“野外での記憶療法”。
炎、風、草の匂い、そして曖昧に揺れるギターの音が、私たちのどこかにある「幼き日の最後の夏」を思い起こさせる。
それは、喪失ではなく、記憶の中にだけ存在する希望のようなものかもしれない。


おすすめアルバム

  • TychoAwake
    ギターとエレクトロニカの滑らかな融合。BoCの光に似た音像。
  • Ulrich Schnauss – A Strangely Isolated Place
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  • Múm – Finally We Are No One
    フィールドレコーディングとアコースティックの融合。BoCの“自然性”に近い。
  • TortoiseStandards
    ポストロックと電子の中間地点。構造感と緩やかなリズムが類似。
  • Casino Versus JapanWhole Numbers Play the Basics
    Lo-fiでギターを交えたアンビエント/IDM。BoCと並べて聴きたい隠れ名盤。

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