
1. 歌詞の概要
「The Words That Maketh Murder」は、PJ Harveyが2011年にリリースしたアルバム『Let England Shake』の中核をなす楽曲であり、そのタイトルが示すとおり、「言葉」がいかにして“殺人をつくる”のかを、鋭く、そして皮肉を込めて問う作品である。
この曲は、戦争――とりわけ第一次世界大戦からアフガニスタンやイラクに至るまでの、イギリスの軍事史とその影――を背景に、詩的かつ政治的な視座から構築されている。
Harveyはここで、兵士の視点に立ちながら、戦争の現実、外交の無力、そして歴史の繰り返しを淡々と語る。
だがその語り口は決して劇的ではなく、むしろ飄々としたトーンであるがゆえに、かえって戦争の非情さが際立っていく。
サビでは、奇妙なほど明るく響く「What if I take my problem to the United Nations?(この問題、国連に持っていったらどうなる?)」というラインが繰り返される。
それはもはや希望ではなく、絶望の言い換えであり、政治や外交の機能不全に対する乾いた諦めにも聞こえる。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Let England Shake』は、Harveyにとって初の全曲ピアノやオートハープを軸にした“フォーク・ドキュメンタリー”的な作品であり、彼女のキャリアにおいても最も政治的・歴史的主題に踏み込んだアルバムである。
この曲における歌詞やモチーフには、戦時下の詩人たちの作品、報道写真、兵士の日記などが緻密に織り込まれている。
「The Words That Maketh Murder」のメロディには、エディ・コクランの「Summertime Blues」のフレーズが引用されており、それによって「国連に問題を持っていく」というアイロニーが、より痛烈な政治的批評へと昇華されている。
つまり、戦争の残虐性を描くだけでなく、その後の“言葉による処理”――つまり外交、メディア、歴史的記述――の欺瞞にも、Harveyは目を向けているのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
出典:genius.com
I’ve seen and done things I want to forget
私は、思い出したくもないことを見て、やってきたI’ve seen soldiers fall like lumps of meat
兵士が肉塊のように崩れ落ちていくのを見たBlow their heads off every night in dreams
夢の中で毎晩、頭を吹き飛ばされるThe words that maketh murder
それは「殺人を作り出す言葉」These, these, these are the words
これが、その言葉なのよWhat if I take my problem to the United Nations?
この問題を国連に持っていったら、どうなるかしら?
歌詞のなかで語られる戦争のイメージは鮮烈でありながら、どこか淡々としている。
それが逆に、殺戮が“日常化”しているという残酷なリアリティを際立たせる。
4. 歌詞の考察
この楽曲が強烈なのは、単なる反戦のメッセージにとどまらず、「語ること自体の暴力性」を問うている点にある。
「The words that maketh murder」というタイトル自体が示しているように、実際の銃弾や爆弾以上に、言葉が暴力を正当化し、歴史を美化し、現実を遠ざけてしまうことがある――そんな危機感が、この曲には込められている。
兵士たちが体験する戦争は肉体的で、凄惨で、耐えがたいものであるにもかかわらず、それは「国家の誇り」「防衛」「自由」といった言葉で飾られていく。
そして、最後に繰り返される「国連に持っていったら?」という一節は、そうした言葉の無力さを、あざけるように提示している。
PJ Harveyはここで、ヒロイズムでも、涙ながらの悲嘆でもなく、どこか皮肉に満ちた距離感で戦争を描き出す。
その冷静さこそが、この曲の恐ろしさであり、聴く者に深い思索を促すのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- The Glorious Land by PJ Harvey
同アルバム収録。愛国と暴力、イギリスの歴史をめぐるもう一つの痛烈な批評。 - Shipbuilding by Elvis Costello
戦争と造船業という皮肉な関係を詩的に描いた反戦ソングの傑作。 - Masters of War by Bob Dylan
戦争を引き起こす権力者たちに直接的に怒りをぶつけた1960年代の代表曲。 - Hollow Point by Chris Wood
英国のテロ事件をテーマにしたフォークで、国家と暴力の問題を静かに問う。 - Mother by Pink Floyd
戦争と母性、国家への盲目的従属をテーマにした、内向的で崩壊寸前のバラード。
6. “言葉”の重み ― 歴史を語る者への疑義として
「The Words That Maketh Murder」は、“戦争そのもの”以上に、“戦争を語ること”の危険性を暴いた曲である。
戦争が行われるのは、しばしば言葉の上で“正当化”され、“英雄化”され、“教科書化”されていく過程にある。
それは、語る者にとっての都合であり、死者の声はそこに含まれない。
PJ Harveyは、そうした言葉の欺瞞性に対して、「見たこと」「感じたこと」「夢にまで見ること」を率直に語ることで、歴史の裏側を開示する。
そして、その冷ややかで飄々とした語りこそが、私たちの無意識の中にある“慣れきった戦争観”に揺さぶりをかける。
「The Words That Maketh Murder」は、ただの抗議歌ではない。
それは、言葉の力を疑い、なおその力で真実を語ろうとする、芸術家としての深い倫理的行為なのである。
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