The One That Got Away by The Civil Wars(2013)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「The One That Got Away」は、アメリカのフォーク・デュオ**The Civil Wars(ザ・シヴィル・ウォーズ)**が2013年に発表したセルフタイトルの2ndアルバム『The Civil Wars』の冒頭を飾る楽曲であり、燃え尽きた関係の記憶と未練、そしてその裏に潜む怒りや情欲までもを描いた、濃密で暴力的なラブソングである。

タイトルにある“The One That Got Away”は、本来なら「逃した恋人」「手に入れられなかった運命の人」といったノスタルジックな響きを持つ言葉だが、この楽曲においてはその意味合いがまったく異なる。ここでは「逃がしたことにしておきたい相手」、あるいは「自分を壊すほどの影を残した人」を指しており、**後悔や美化ではなく、もっと濁った感情の海の中でうごめく“関係の残骸”**が描かれている。

語り手は、あなたが私を欲しがったことも、手放したことも知っている、でも本当は——私こそが「逃げた者」だった、と語る。曲全体を覆うのは、激しい感情と、その感情に蓋をしてきた年月の重みであり、その情念はサウンド、歌詞、ボーカルすべてに緊張感をもたらしている。

2. 歌詞のバックグラウンド

この楽曲は、The Civil Warsの活動末期に制作され、ジョイ・ウィリアムズとジョン・ポール・ホワイトの不穏な関係性を象徴する一曲とも言われている。彼らは実生活でカップルではなかったものの、音楽的パートナーとして密接な関係を築いており、その深い結びつきと、次第にすれ違っていった関係性が、この曲の二重の意味合いをより強くしている。

2012年にはツアー途中で活動休止を発表し、翌年には正式に解散。ちょうどその間に録音されたアルバムのオープニングにこの曲が据えられたことは、**バンド自身の内的崩壊を象徴する“予言的な楽曲”**とさえ捉えられている。

サウンド面では、1stアルバム『Barton Hollow』のアコースティックでナチュラルな音像から一転し、よりロック寄りで重厚なサウンドスケープが展開されている。荒削りなギターリフ、抑えきれない感情を孕んだボーカル、そしてエモーショナルな間の使い方が、痛みを含んだエネルギーを内側から爆発させている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

“I never meant to get us in this deep”
こんな深みにはまるつもりなんてなかった

“I never meant for this to mean a thing”
これが何かを意味するようになるとは思ってなかった

“Oh, I wish I’d never, ever seen your face”
ああ あなたの顔なんて見なければよかった

“I wish you were the one / That got away”
あなたが“逃げた人”でいてくれたらよかったのに

“I told you to leave me and I’ll never call”
私は「出ていって」と言った そしてもう二度と電話はしないと

引用元:Genius

4. 歌詞の考察

この楽曲が描くのは、**完全に終わったはずの関係に、今なお残る“痕跡”**である。それは美しくも、懐かしくもない。むしろ、「見なければよかった」「意味を持ってほしくなかった」と語るように、相手の存在が苦しみの核として今も胸に残っているという事実を、ねじれるような言葉で表現している。

「I wish you were the one that got away」というリフレインは、一見すれば後悔を表しているようだが、深く読み解けば、**「本当はまだ執着している」「記憶から抹消できない」**という、もっと深層の感情が滲んでいる。これは、**未練と憎悪、愛と嫌悪が同居する“関係の後遺症”**なのだ。

また、「I never meant for this to mean a thing」という一節には、予期せぬ感情の深まりと、それを認めたくない防衛本能が見え隠れする。愛をコントロールできず、関係が壊れたあとも感情だけが宙ぶらりんのまま残ってしまったとき、人はこうした矛盾した表現を吐き出さずにはいられないのだろう。

The Civil Warsのふたりは、声を交差させながらも、決して視線を交わさないような距離感で歌う。その緊張感が、この曲の核心である「近すぎて壊れた」というテーマをより鮮明に映し出している。この歌は愛の告白でもなければ、別れの美談でもない。むしろ、愛が終わったあとに残る“呪いのような余韻”そのものなのである。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Love Interruption by Jack White
     愛の暴力性と支配性を、ざらついたブルース調で描くダークなラブソング。

  • My Body Is a Cage by Arcade Fire
     身体と感情の乖離、自己否定と欲望の交錯を描いた荘厳で切迫感ある一曲。
  • No Witness by LP
     関係の終わりを受け入れながら、なお心が乱されるさまを描いたパワフルなナンバー。

  • Heart’s a Mess by Gotye
     感情の混沌を洗練された音像で包み込む、メランコリックなアートポップ。
  • Youth by Daughter
     失われた愛の余波を、ため息のような美しさで包み込む現代インディーの宝石。

6. 燃え尽きた関係とその余熱——愛の“黒い残像”としての名曲

「The One That Got Away」は、ただの失恋ソングではない。それは、終わった関係に対する強烈な“後悔の否認”と“記憶の呪縛”を描いた、痛みのレクイエムである。愛しすぎて壊れたものは、壊れてからもなお、ずっと心に居座る——その真実を、The Civil Warsはふたりの声で執拗に歌い続ける。

この曲がリスナーに突き刺さるのは、そこに**“言えなかった本音”や“葬ったはずの感情”が詰まっているから**だ。きれいごとでは片付けられない、人間の複雑な情愛。忘れたいけれど忘れられない人。その存在をどうにか封印しようとする叫びが、この曲にはある。

「あなただったらよかった」ではなく、「あなたでなければよかったのに」——そう願ってしまう、愛の後悔と狂気の最前線。
「The One That Got Away」は、終わった愛がいかに美しく、いかに残酷であるかを暴く、静かな衝撃を持った名曲である。

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