
発売日:2023年7月28日
ジャンル:Dance-Pop / Synth-Pop / Disco Pop
概要
The Loveliest Timeは、Carly Rae Jepsenが2023年に発表したアルバムで、前年のThe Loneliest Timeと対になる作品として位置づけられる。彼女はE•MO•TION以降、1980年代風のシンセ・ポップ、ディスコ、ソフトなロック、現代的なダンス・ポップを柔らかく混ぜながら、恋愛の高揚と不安を細やかに歌ってきた。本作もその流れにあるが、前作の「孤独な時間」という内向きの視点に対して、こちらは外へ開いていく感覚が強い。タイトル通り、暗い時間を抜けた後のきらめきや、もう一度人と関わろうとする気持ちが中心にある。
ただし、本作は単純に明るいだけのポップ・アルバムではない。曲ごとにテンポや音色はかなり変化し、ファンク寄りのベース、ハウス風の反復、ドリーミーなシンセ、少し奇妙なリズム処理などが次々に現れる。Carlyの声はいつものように軽やかで、メロディの輪郭も親しみやすいが、アレンジには少し実験的な動きもある。特に後半では、気持ちよく踊れる曲の中に、過去の関係を整理する歌詞や、自分の心を静かに見直す場面が自然に組み込まれている。
キャリア上では、The Loveliest Timeは「B面集」的な位置から始まった作品でありながら、単なる余り曲集には聞こえない。むしろCarly Rae Jepsenのポップ作家としての幅を示すアルバムで、直線的なシングル曲だけでなく、少し癖のあるビートや、アルバムの中でじわじわ効いてくる曲も多い。恋愛のときめき、混乱、解放、自己回復を、きれいに整えすぎずに並べている点が本作の魅力である。
全曲レビュー
1. 「Anything to Be With You」
冒頭の「Anything to Be With You」は、太いリズムと少し荒い掛け声で始まり、Carly Rae Jepsenの作品としてはかなり身体的な入口になっている。メロディ自体は明るく開けているが、ドラムとベースが前に出るため、きらきらしたシンセ・ポップというより、手足を動かしながら恋の衝動に飛び込むような感覚がある。歌詞は相手と一緒にいるためなら何でもするという単純な言葉に近いが、Carlyの歌い方は重くならず、少し無邪気な勢いを残している。アルバムの始まりとして、前作の孤独から外へ走り出す姿を分かりやすく示している。
2. 「Kamikaze」
「Kamikaze」は、危うい恋へ自分から突っ込んでいく感覚を、軽快なポップ・ソングとしてまとめた曲である。シンセとリズムはすっきりしていて、音の表面は明るいが、タイトルが示すように、歌詞には自分でも危険だと分かっている感情へ飛び込むスリルがある。サビでは声がふっと上がり、理性で止めるより先に身体が動いてしまうような高揚が生まれる。Carlyの得意な「恋の始まりの楽しさ」と「後で傷つくかもしれない予感」が、軽いステップの中で同時に響いている。
3. 「After Last Night」
「After Last Night」は、夜が明けた後の少しぼんやりした余韻を描く曲である。リズムは強く押し出さず、シンセやコーラスが柔らかく重なり、前の晩に起きた出来事をまだ頭の中で反芻しているように聞こえる。歌詞は大きな告白というより、昨夜を境に相手への見方が変わったことを静かに認めるような内容として読める。Carlyの声は甘さを持ちながらも、完全に舞い上がる手前で少し抑えられており、恋が始まる瞬間の幸福と戸惑いをうまく残している。
4. 「Aeroplanes」
「Aeroplanes」は、空を飛ぶイメージを使いながら、遠くへ行きたい気持ちと、相手との距離を測る感覚を重ねている。アレンジは軽く浮くようで、シンセの響きが広い空間を作り、リズムは地面を強く踏むよりも、一定の速度で流れていく。歌詞は旅や飛行機をそのまま描くというより、今いる場所から気持ちを切り離したい心の動きとして聞こえる。アルバム前半の恋の熱を少し冷まし、視界を広げる役割を持つ曲である。
5. 「Shy Boy」
「Shy Boy」は、本作の中でも特にディスコ・ポップの快さが前面に出た曲である。ベースは丸く弾み、ギターやシンセは軽い光を散らすように鳴るため、曲全体が夜のダンスフロアに自然と向かっていく。歌詞では、恥ずかしがりな相手にこちらから近づいていくような場面が描かれ、Carlyの声もからかうような明るさを持っている。サビのメロディはすぐに耳に残るが、音は過剰に派手ではなく、軽く身体を揺らす余白がある。アルバムの中では、最も分かりやすく開放的なポップの瞬間の一つである。
6. 「Kollage」
「Kollage」は、タイトル通り、記憶や感情の断片を貼り合わせるような曲である。リズムはゆったりしていて、シンセやコーラスも少しぼやけた輪郭を持つため、はっきりした現在より、思い出の中を歩いているように聞こえる。歌詞には、関係の中で失ったものや、まだ完全には整理できていない気持ちがにじんでいる。Carlyはここで声を大きく張らず、柔らかく曇ったトーンで歌うため、曲はポップでありながら、心の奥に残った傷をそっと触るような質感を持っている。
7. 「Shadow」
「Shadow」は、明るい恋の歌というより、自分のそばにまとわりつく影を見つめる曲である。サウンドは軽快さを残しているが、メロディには少し影があり、シンセの響きも透明なだけでなく、どこか冷たい。歌詞の「影」は、過去の記憶、離れられない相手、自分自身の不安など、いくつかの意味に読める。Carlyの歌は悲しみに沈み込むのではなく、影を抱えたまま進んでいくように聞こえる。前曲の内省を引き継ぎながら、アルバムの中盤に落ち着いた陰影を加えている。
8. 「Psychedelic Switch」
「Psychedelic Switch」は、本作の中でも特に大胆なダンス・トラックであり、アルバムの流れを一気に明るい方向へ反転させる。ハウス風の反復するビートが曲を押し出し、シンセは光が点滅するように広がっていく。タイトルの「スイッチ」が示す通り、曲は気分が切り替わる瞬間を音で表しており、恋や身体感覚が急に色づいていくような高揚がある。Carlyの声はビートの上で軽く跳ね、歌詞も深く説明するより、幸福な混乱そのものを楽しんでいる。アルバム後半の中心に置かれた、開放感の強い一曲である。
9. 「So Right」
「So Right」は、軽いファンク感とポップなメロディが気持ちよく合わさった曲である。ベースの動きは細かく、ドラムもきびきびしているため、曲は派手に爆発しなくても自然に体を揺らす。歌詞は相手との感覚がぴったり合う瞬間を描いており、理屈よりも「正しい」と感じてしまう直感が中心にある。Carlyの歌い方には力みがなく、恋の確信を大げさなドラマではなく、軽い笑顔のように伝えている。「Psychedelic Switch」の強い解放の後に置かれることで、アルバムのダンス感をより滑らかに続けている。
10. 「Come Over」
「Come Over」は、誰かに来てほしいというシンプルな願いを、少し焦れたムードで描く曲である。リズムは明るいが、音の隙間には夜の静けさがあり、部屋で相手からの反応を待っているような空気がある。歌詞は直接的な誘いとして読める一方で、ただ会いたいだけではなく、孤独を埋めたい気持ちも含んでいるように聞こえる。Carlyの声は近い距離で響き、サビでも叫ぶのではなく、相手の耳元へ届くように歌う。ダンス・ポップの形を取りながら、親密な不安をうまく残した曲である。
11. 「Put It to Rest」
「Put It to Rest」は、アルバム後半で感情を整理するための重要な曲である。タイトルは、もう終わらせる、静かに眠らせるという意味を持ち、歌詞も過去の関係や心の中の未解決な部分に区切りをつけようとする内容として響く。アレンジは過度に暗くならず、リズムは前へ進むが、メロディにはどこか決意と寂しさが混ざっている。Carlyはここで悲しみを大きく演じるのではなく、自分に言い聞かせるように歌う。その抑制が、別れや回復を現実的なものとして伝えている。
12. 「Stadium Love」
「Stadium Love」は、タイトルの通り、大きな会場に響くようなスケール感を持つ曲である。シンセとドラムは明るく広がり、サビでは観客と一緒に歌えるような開けたメロディが出てくる。歌詞の愛は個人的な部屋の中の感情ではなく、人前で大きく鳴らしたくなるようなエネルギーとして描かれている。Carlyの声もここではより外向きで、アルバム後半に祝祭感を戻している。ただし、音作りはロック的な大げささに寄りすぎず、彼女らしい軽やかなポップの範囲に収まっている。
13. 「Weekend Love」
ラストの「Weekend Love」は、週末の恋という限られた時間を題材にしながら、アルバムを穏やかに締めくくる。リズムは軽く、メロディも柔らかいが、歌詞には永遠の愛というより、短い時間だからこそ輝く関係へのまなざしがある。Carlyの歌は名残惜しさを含みながらも、必要以上に悲しくしない。楽しい時間が終わることを知っているからこそ、その瞬間を大切にするように聞こえる。アルバム全体が孤独から開放へ向かった後、最後に残るのは大きな結論ではなく、また日常へ戻っていく前の甘い余韻である。
総評
The Loveliest Timeは、Carly Rae Jepsenのポップ・ミュージックが持つ強みを、かなり自由な形で広げたアルバムである。彼女の作品には、恋の高揚を一瞬でサビへ変える力があるが、本作ではそれだけでは終わらない。曲の中には、ダンスフロアへ向かう明るさ、夜に一人で考え込む静けさ、過去を手放そうとする決意、ただ誰かに会いたいという素直な欲望が並んでいる。全体としては明るいタイトルを持つ作品だが、幸福を単純なハッピーエンドとして描かないところがよい。
サウンドの面では、The Loveliest TimeはCarlyのアルバムの中でも特に動きが多い。ディスコ・ポップの「Shy Boy」、ハウス寄りの「Psychedelic Switch」、内省的な「Kollage」や「Put It to Rest」、外向きに広がる「Stadium Love」など、曲ごとに質感がはっきり違う。それでも散らかった印象にならないのは、Carlyの声とメロディの書き方に一貫した明るさと切なさがあるからだ。どの曲でも、感情を難しく飾るより、短いフレーズで心の動きをつかむ。その分、少し変わったアレンジの曲でもポップ・ソングとして自然に入ってくる。
前作The Loneliest Timeとの関係も重要である。前作が孤独、別れ、自己回復を大きなテーマにしていたのに対し、本作では同じ時期に生まれた感情が、より踊れる形、より外向きの形で現れている。ただし、明るさは過去を忘れた結果ではない。「Kollage」や「Shadow」や「Put It to Rest」のような曲があることで、本作の楽しさには影が残る。そこがCarly Rae Jepsenらしい。彼女のポップは、恋を夢のように見せながら、その夢がいつ壊れるかも分かっている。
アルバムとしての弱点を挙げるなら、曲ごとの個性が強いため、非常にまとまった一つの物語として聴くより、いくつもの感情の部屋を移動する作品として受け取る方が合っている。だが、その少し開かれた構成こそ、本作の自由さでもある。The Loveliest Timeは、B面集的な出発点を持ちながら、Carly Rae Jepsenの作曲力、声の魅力、ダンス・ポップへの好奇心を十分に示すアルバムになった。明るい曲を求めて聴いても満足できるし、何度か聴くと、その明るさの奥にある迷いや回復の過程も見えてくる。
おすすめアルバム
The Loneliest Time by Carly Rae Jepsen
本作と対になる前作であり、孤独や別れをより正面から扱っている。The Loveliest Timeの明るさが、どのような内省の後に生まれたのかを知るうえで重要な一枚である。
E•MO•TION by Carly Rae Jepsen
Carly Rae Jepsenがシンセ・ポップ作家として大きく評価された代表作である。本作より曲の輪郭は直線的だが、甘さと切なさを同時に持つメロディの強さはここで確立されている。
Dedicated by Carly Rae Jepsen
ディスコやファンクの要素を取り入れながら、恋愛の細かな感情を明るいポップに変えた作品である。The Loveliest Timeのダンス感や洗練された音作りにつながる前段階として聴ける。
What’s Your Pleasure?
大人びたディスコ・ポップと滑らかな歌で、夜の高揚を上品に描いたアルバムである。Carlyの軽やかさとは違うが、踊れる音の中に恋の熱と余白を残す点で近い。
Róisín Machine by Róisín Murphy
ハウスやディスコの反復を使い、身体を動かす快楽と少し奇妙なポップ感覚を結びつけた作品である。The Loveliest Timeの実験的なダンス曲が好きなら、より深いクラブ寄りの響きとして楽しめる。

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