
発売日:2019年7月12日
ジャンル:ポストパンク、アート・ロック、アヴァン・ロック、エクスペリメンタル・ロック、ニューウェイヴ
概要
The Long Goodbye は、アメリカ・オハイオ州クリーヴランド出身の実験的ロック・バンド、Pere Ubuが2019年に発表したスタジオ・アルバムである。1970年代後半からポストパンク/アート・パンクの歴史を切り開いてきた彼らにとって、本作は長いキャリアの終盤における重要な作品であり、タイトルが示す通り「長い別れ」という感覚を強く帯びている。
Pere Ubuは、1978年の The Modern Dance、同年の Dub Housing によって、パンク以後のロックをまったく別の方向へ押し広げたバンドである。彼らの音楽は、直線的な反抗や単純なギター・ロックの衝動ではなく、都市の不安、工業地帯のノイズ、機械音、身体のぎこちなさ、言葉の不安定さを音楽化するものだった。David Thomasの異様なヴォーカル、電子音の不穏な配置、鋭角的なギター、硬質なリズムが組み合わさり、Pere Ubuはポストパンク、ノーウェイヴ、インダストリアル、オルタナティヴ・ロック、実験的インディー・ロックへ大きな影響を与えた。
本作 The Long Goodbye は、そうしたPere Ubuの歴史を踏まえながらも、単なる回顧作ではない。むしろ、老い、記憶、終わり、旅、アメリカ的風景、ラジオから聞こえる声、消えていく時代への違和感を、バンド特有の歪んだ言語で再構成した作品である。タイトルは、別れが一瞬で終わるものではなく、長く引き延ばされ、日常の中に浸透し、何度も繰り返されるものだという感覚を示している。これはバンドのキャリアそのものにも重なる。Pere Ubuは、時代の中心に完全に属したことはほとんどないが、その周縁で長く存在し続け、ロックの可能性を別の角度から問い続けてきた。
音楽的には、本作はPere Ubuの晩年作品らしく、荒々しいロック・バンドの勢いだけでなく、語り、電子音、断片的な構成、奇妙に乾いたユーモアが中心になっている。2017年の 20 Years in a Montana Missile Silo が比較的短く荒いガレージ・ロック的なエネルギーを持っていたのに対し、The Long Goodbye はより物語的で、劇場的で、ロード・ムーヴィー的な質感を持つ。曲ごとに明確なポップ性があるわけではないが、アルバム全体としては、何かが終わっていく風景をゆっくり歩きながら記録しているような流れがある。
Pere Ubuにおける「アメリカ」は、常に重要なテーマである。彼らの音楽は、ニューヨークやロンドンの都会的なポストパンクとは異なり、クリーヴランドという工業都市、アメリカ中西部、広大な道路、壊れた看板、ラジオ、モーテル、荒れた風景と深く結びついている。本作でも、道路、標識、ラジオ、海辺、太陽、郊外的な空虚さが断片的に現れる。それらはノスタルジックなアメリカーナではなく、むしろ崩れかけた記号として提示される。Pere Ubuはアメリカを讃えるのではなく、アメリカの奇妙な残響を拾い上げる。
歌詞面では、明確な物語を直線的に語るというより、声、記憶、観察、比喩、断片的な情景が並ぶ。David Thomasの歌唱は、若い頃の神経症的な叫びとは異なり、ここではより語り部に近い。声は衰えたというより、時間を背負ったものになっている。ひび割れ、揺れ、突然の抑揚、滑稽な節回しが、歌詞の意味以上に強い存在感を持つ。彼の声は、もはや単なるロック・ヴォーカルではなく、長い時間を歩いてきた人物の証言として響く。
The Long Goodbye は、Pere Ubuの入門盤として最も分かりやすい作品ではない。しかし、彼らの長いキャリアがどこへ向かったのか、そしてポストパンクの実験精神が晩年にどのような形で残り続けたのかを知るうえで、非常に重要な作品である。ロックを若さや爆発の音楽としてだけでなく、老い、記憶、観察、別れの音楽として捉えるなら、本作は深い意味を持つアルバムである。
全曲レビュー
1. What I Heard on the Pop Radio
オープニング曲「What I Heard on the Pop Radio」は、本作のテーマを端的に示す楽曲である。タイトルは「ポップ・ラジオで聞いたこと」を意味する。ラジオは、Pere Ubuにとって非常に重要なメディア的記号である。ラジオから流れる声、ポップ・ソング、ニュース、広告、雑音は、アメリカの大衆文化そのものを象徴している。しかしPere Ubuの耳に入るラジオは、単なる娯楽ではなく、世界の歪みを伝える奇妙な装置として響く。
音楽的には、比較的明確なビートとロック的な骨格を持ちながら、通常のポップ・ソングにはならない。ギターや電子音は、ラジオの周波数がずれるような不安定さを生み、David Thomasのヴォーカルは、ポップ・ラジオの明るさを外側から観察する語り手のように響く。曲はキャッチーになりそうでならず、常に少しずれた地点に留まる。
歌詞のテーマは、大衆文化への接触と、その違和感である。ポップ・ラジオは誰にでも開かれたメディアでありながら、そこから流れる言葉や音楽は、人々の感情や欲望を一定の形へ整えていく。Pere Ubuはその整えられた明るさを信用しない。本曲は、アルバムの冒頭で、現代の音の環境そのものを疑う姿勢を示している。
2. Marlowe
「Marlowe」は、タイトルから探偵小説やフィルム・ノワールの文脈を連想させる楽曲である。特にレイモンド・チャンドラーが生んだ私立探偵フィリップ・マーロウを思わせる名前であり、都市の闇、孤独な観察者、腐敗した社会、煙草の煙、安ホテル、夜の街といったイメージが浮かび上がる。Pere Ubuの世界にこの名前が置かれることで、アメリカ的な探偵小説の記号は、さらに奇妙で不安定なものへ変形する。
音楽的には、派手なロック・ナンバーではなく、影のある語りを中心とした雰囲気を持つ。リズムは淡々と進み、ギターや電子音が背景に冷たい色を添える。David Thomasの声は、事件を説明する探偵というより、事件そのものに巻き込まれ、世界の意味を疑っている人物のように響く。彼の語りは、確信ではなく、断片的な認識として進む。
歌詞のテーマは、観察、疑念、都市的な孤独として読める。マーロウ的な人物は、真実を探す存在だが、Pere Ubuの世界では真実は簡単には見つからない。見つかるのは、壊れた看板、ずれた声、意味を失った記号ばかりである。本曲は、アルバム全体にある「終わりへ向かう旅」を、ノワール的な視点から補強している。
3. Flicking Cigarettes at the Sun
「Flicking Cigarettes at the Sun」は、本作の中でも特に印象的なタイトルを持つ楽曲である。「太陽に向かって煙草をはじく」という行為は、滑稽でありながら反抗的で、同時に無力である。太陽は巨大で絶対的な光の象徴であり、それに対して煙草を投げることは、ほとんど意味のない反抗である。しかし、その無意味さこそがPere Ubuらしい。人間の小さな反抗、身振り、苛立ちが、巨大な世界の前でいかに滑稽であるかを示している。
音楽的には、乾いたギターと不安定なリズムが曲を支えている。曲全体には、道端で立ち止まり、空を見上げているような感覚がある。太陽という大きなイメージに対して、音は決して壮大にはならない。むしろ、日常の小さな動作を奇妙に拡大することで、不条理な風景を作り出している。
歌詞のテーマは、無力な反抗、日常の苛立ち、宇宙的なスケールと個人の小ささである。煙草を太陽に向かってはじいても、何も変わらない。しかし、その行為には確かに感情がある。Pere Ubuは、このような無意味に見える行為の中に、人間の存在の滑稽さと切実さを見出す。本曲は、本作の乾いたユーモアと終末的な諦観を象徴する一曲である。
4. Road Is a Preacher
「Road Is a Preacher」は、「道は説教師である」という非常にPere Ubuらしい比喩を持つ楽曲である。アメリカの音楽や文学において、道路は自由、移動、逃走、発見を象徴してきた。しかし本曲では、道路は単なる移動のための空間ではなく、何かを語り、教え、時に裁く存在として描かれる。道は人間に説教する。つまり、旅そのものが啓示や罰のように機能する。
音楽的には、ロード・ソング的な前進感を持ちながら、一般的なアメリカン・ロックの開放感とは異なる。リズムは歩行や車の移動を思わせるが、音像には不安がある。ギターは風景を広げるというより、道の脇に立つ看板や電柱のように断片的に現れる。David Thomasの声は、説教師にも、旅人にも、道そのものの声にも聴こえる。
歌詞のテーマは、旅、教訓、移動の中で受ける啓示として読める。Pere Ubuにとって、道はロマンティックな自由の象徴ではない。むしろ、道を進むほど、自分がどこにも属していないこと、世界が奇妙であることが明らかになっていく。本曲は、本作のロード・ムーヴィー的な性格を強く示す重要曲である。
5. Who Stole the Signpost?
「Who Stole the Signpost?」は、「誰が道標を盗んだのか」というタイトルを持つ。これは、方向感覚の喪失を非常に分かりやすく示す言葉である。道標は、進むべき方向を示すための記号である。それが盗まれるということは、世界から意味の案内が消えることを意味する。Pere Ubuの音楽が長年扱ってきた「迷うこと」「歩くこと」「方向を見失うこと」が、本曲ではユーモラスで不穏な形で表現されている。
音楽的には、やや軽快さを持ちながら、内部には不安定な構造がある。曲は進もうとするが、進行方向がはっきりしない。リズムは歩行感を作り、ギターや電子音は道端の不確かな標識のように現れては消える。David Thomasの声は、問いかけるようでありながら、答えを本気で期待していないようにも響く。
歌詞のテーマは、記号の喪失、社会的な方向感覚の崩壊、案内を失った人間の滑稽さとして読める。現代社会では、無数の標識や情報が存在しているにもかかわらず、人々はますます道を見失っている。本曲は、その逆説をPere Ubuらしい寓話として提示している。アルバムの中でも特にタイトルの切れ味が強い楽曲である。
6. The World as We Can Know It
「The World as We Can Know It」は、「私たちが知りうる世界」と訳せるタイトルを持つ。これは非常に哲学的な響きを持つ楽曲である。世界そのものではなく、私たちが知ることのできる範囲の世界。つまり、人間の認識の限界がテーマになっている。Pere Ubuは、世界をそのまま描くのではなく、歪んだ知覚や不安定な言葉を通してしか世界に接近できないことを、長年音楽で示してきた。
音楽的には、比較的ゆったりとした展開を持ち、アルバム中盤に思索的な空気を与える。音の配置には余白があり、声と楽器の間に奇妙な距離がある。David Thomasのヴォーカルは、世界を説明する哲学者というより、世界をどうにか把握しようとする不器用な観察者として響く。
歌詞のテーマは、認識、限界、現実の把握不可能性である。人は世界を知っているつもりで生きているが、実際に知っているのは断片であり、自分の感覚や言葉によって切り取られたものにすぎない。本曲は、Pere Ubuの音楽そのものが持つ哲学性を、かなり直接的に表した楽曲である。奇妙なロック・ソングであると同時に、世界の見え方を問う作品でもある。
7. Fortunate Son
「Fortunate Son」は、Creedence Clearwater Revivalの同名曲を連想させるタイトルであり、アメリカの反戦ロック、階級批判、権力への不信という文脈を引き寄せる。Pere Ubuがこのタイトルを扱う場合、それは単純なカバー的引用ではなく、アメリカ音楽史にある政治的記号を、別の角度から再配置する行為として響く。
音楽的には、CCRのようなルーツ・ロック的な力強さとは異なり、Pere Ubuらしいずれたロック感覚が前面にある。アメリカン・ロックの伝統を参照しているようでいて、そのまま従うことはない。ギターは乾き、リズムは硬く、David Thomasの声は英雄的な反抗歌にはならない。むしろ、反抗の記号すら時代の中で摩耗してしまった後の声として響く。
歌詞のテーマは、特権、権力、戦争、アメリカの神話への疑いとして読める。Fortunate Sonという言葉は、幸運な息子、つまり特権を持つ者を指す。Pere Ubuは、その言葉を通じて、アメリカの社会構造や歴史的記憶を奇妙に浮かび上がらせる。本曲は、本作のアメリカ批評的な側面を担う重要な楽曲である。
8. The Road Ahead
「The Road Ahead」は、「この先の道」を意味する。アルバム全体に道路や移動のイメージが繰り返し登場する中で、本曲はそのテーマをより直接的に扱っている。道の先には何があるのか。未来なのか、終わりなのか、別れなのか。The Long Goodbye というタイトルを考えると、この道は単なる旅路ではなく、終わりへ向かう長い行程でもある。
音楽的には、淡々とした前進感を持つ。大きな盛り上がりよりも、道を進み続ける持続感が重要である。リズムは安定しているが、そこには安心よりも疲労がある。ギターと電子音は、道路の脇に流れていく風景のように配置される。David Thomasの声は、旅の終着点を知っているようで、知らないようでもある。
歌詞のテーマは、未来、持続、避けられない前進として読める。道の先に何があるか分からなくても、人は進まざるを得ない。Pere Ubuにとって、歩くこと、進むことは、希望というより生存の形式である。本曲は、アルバムのタイトルが持つ「長い別れ」を、道路のイメージに重ねる楽曲である。
9. Skidrow-On-Sea
「Skidrow-On-Sea」は、非常にPere Ubuらしいタイトルである。「Skid Row」は貧困街、荒廃した地区を意味し、「On-Sea」はイギリスの海辺の町に見られる地名表現を思わせる。つまり、荒廃と観光地的な海辺のイメージが組み合わされている。これは、明るいリゾートやノスタルジックな海辺の風景が、貧困や崩壊と結びついた奇妙な場所として提示されるタイトルである。
音楽的には、どこか海辺の寂れた雰囲気と、Pere Ubu特有の乾いた不安が同居している。明るい海の歌ではなく、古びた遊歩道、錆びた看板、閉店した店、潮風にさらされた建物を思わせるような音像である。リズムは揺れ、ギターや電子音は風景の壊れた断片のように響く。
歌詞のテーマは、観光地の裏側、社会的な荒廃、表向きの明るさと現実の落差として読める。Pere Ubuは、場所の名前を使って社会の歪みを見せることが多い。本曲では、海辺のリゾート的な記号とスキッド・ロウ的な貧困の記号が衝突することで、現代的な荒廃の風景が生まれている。アルバム後半で特に印象的な場所の歌である。
10. Lovely Day
ラストを飾る「Lovely Day」は、タイトルだけを見ると穏やかで肯定的な曲のように思える。しかしPere Ubuが「Lovely Day」と歌うとき、その言葉は素直な幸福だけを意味しない。美しい日、良い一日という表現の背後には、皮肉、諦め、あるいは終わりを前にした静かな受容が潜んでいる。
音楽的には、アルバムの終曲として比較的落ち着いた雰囲気を持つ。大きな爆発や劇的な結末ではなく、静かな余韻の中で作品が閉じられる。David Thomasの声は、明るさを装うようでもあり、本当に小さな美しさを見つけているようでもある。その曖昧さが本曲の核心である。
歌詞のテーマは、日常の美しさ、終わりの受容、皮肉を含んだ肯定として読める。長い別れの最後に「素敵な日」と言うことは、感動的でもあり、滑稽でもある。Pere Ubuは、決して単純な救済を提示しない。しかし、すべてが壊れ、標識が盗まれ、道がどこへ続くか分からなくなっても、なお「今日は良い日だ」と言う可能性は残る。本曲は、その不完全な肯定によってアルバムを締めくくる。
総評
The Long Goodbye は、Pere Ubuの長いキャリアの中でも、終わり、記憶、移動、アメリカ的風景への違和感を強く帯びた作品である。若いバンドが未来へ向かうためのアルバムではなく、長く歩き続けたバンドが、自分たちの後ろに残った道、聞こえてきたラジオ、失われた標識、見えてしまった世界を振り返るアルバムである。ただし、それは感傷的な回顧ではない。Pere Ubuらしく、すべては歪み、滑稽で、不安定で、どこか不気味である。
アルバム全体を貫くテーマは、「別れ」と「道」である。「Road Is a Preacher」「Who Stole the Signpost?」「The Road Ahead」など、道路や移動に関するイメージが繰り返し現れる。道は自由を示すものではなく、説教し、迷わせ、標識を奪われる空間である。つまり本作の旅は、解放の旅ではなく、世界の意味が失われていく中を進む旅である。その旅が「長い別れ」と結びつくことで、アルバム全体に終末的な静けさが生まれている。
音楽的には、Pere Ubuの晩年作品らしく、荒々しいポストパンクの勢いよりも、語り、音響、断片的な構成が重視されている。しかし、エネルギーが失われているわけではない。むしろ、激しさは内側へ沈み、ひび割れた声や不穏な電子音、乾いたリズムの中に圧縮されている。若い頃のPere Ubuが都市のノイズを外側へ爆発させていたとすれば、本作ではそのノイズが記憶と身体の中に沈殿している。
David Thomasのヴォーカルは、本作の最大の聴きどころである。彼の声は、一般的な意味での美しい歌唱ではない。しかし、Pere Ubuの音楽においては、声の奇妙さこそが真実である。語り、揺れ、ひび割れ、突然の高まり、皮肉な抑揚が、歌詞以上に多くを語る。本作では特に、彼の声が「別れを告げる者」の声として響く。ただし、その別れは涙に満ちたものではなく、乾いたユーモアと不信に満ちたものである。
本作のアメリカ観も重要である。ラジオ、道路、標識、海辺、太陽、幸運な息子、ポップ・カルチャー、探偵小説的な人物像。これらはすべてアメリカ文化の断片でありながら、Pere Ubuの手にかかると、安心できる記号ではなくなる。アメリカは広大な自由の国ではなく、壊れた標識と奇妙なラジオ放送が漂う場所として描かれる。Pere Ubuは、その風景を悲観的に嘆くだけでなく、滑稽で不条理なものとして観察する。
日本のリスナーにとって The Long Goodbye は、Pere Ubuの初期作品と比べると即効性は弱いかもしれない。The Modern Dance や Dub Housing のような歴史的衝撃を求めると、本作は静かで、断片的で、地味に感じられる可能性がある。しかし、Pere Ubuというバンドが長い時間を経て何を見つめていたのかを理解するには、非常に重要な作品である。ポストパンクを若い反抗の音楽としてだけでなく、老いと記憶の音楽として聴くためのアルバムでもある。
総じて The Long Goodbye は、Pere Ubuによる「終わりのロード・アルバム」である。道は続いているが、目的地は明確ではない。標識は盗まれ、ラジオは奇妙な声を流し、太陽に煙草を投げても何も変わらない。それでも歩き、聞き、見続ける。その姿勢こそが、Pere Ubuの長いキャリアを支えてきた。The Long Goodbye は、別れを告げながらも、最後まで世界を奇妙なものとして見つめ続けるバンドの記録である。
おすすめアルバム
1. Pere Ubu – The Modern Dance
Pere Ubuのデビュー・アルバムであり、ポストパンク/アート・パンクの歴史における重要作である。パンクの衝撃、電子ノイズ、David Thomasの異様なヴォーカル、クリーヴランド的な都市の不安が激しく衝突している。The Long Goodbye の原点を理解するために欠かせない作品である。
2. Pere Ubu – Dub Housing
初期Pere Ubuを代表する傑作の一つであり、閉塞した都市空間、不安定なリズム、電子音の異物感が濃密に表れている。The Long Goodbye よりも不穏で攻撃的だが、世界の見え方そのものを歪ませるという点で深くつながっている。
3. Pere Ubu – Ray Gun Suitcase
1995年発表の作品で、Pere Ubuが1990年代のオルタナティヴ・ロック環境の中で自らの異物性を再提示したアルバムである。アメリカ文化、地名、メディア、音楽史の断片を歪めて扱う点で、The Long Goodbye と親和性が高い。後期Pere Ubuを理解するうえで重要な一枚である。
4. Pere Ubu – 20 Years in a Montana Missile Silo
The Long Goodbye の前作にあたるアルバムで、より荒々しく短いロック・フォーマットが目立つ作品である。ミサイル・サイロ、地下、身体感覚、アメリカの不穏な風景といったテーマが強く、晩年のPere Ubuがどのように不安定なロックを鳴らしていたかを知るうえで有効である。
5. The Fall – This Nation’s Saving Grace
Pere Ubuと同じく、ポストパンク以後のロックを奇妙な語り、反復、不安定な観察によって変形したバンドの代表作である。The Fallは英国的な皮肉と反復の美学を持ち、Pere Ubuとは異なる地域性を持つが、ヴォーカルの異物感やロックの脱構築という点で比較しやすい。The Long Goodbye の語りと観察の側面に関心があるリスナーに適している。

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