アルバムレビュー:The King of Limbs by Radiohead

Spotifyジャケット画像

発売日: 2011年2月18日
ジャンル: エレクトロニカ、実験音楽、アートロック


木の王、枝の迷宮——構造と感覚の狭間を揺れる音楽の生態系

The King of Limbsは、Radioheadにとって最も“抽象的”で“生態的”な作品である。
リリース当初、その短さ(全8曲、37分)やミニマルな構成に驚いたファンも多かった。

だがその内実は、植物のように静かで、リズムのようにしなやかで、構造的には極めて有機的なアルバムである。
タイトルの“King of Limbs”は、イギリス・ウィルトシャー州に実在する古木の名前に由来し、自然と記憶、根と枝、沈黙と再生といったイメージが重ねられている。

エレクトロニカ的アプローチが中心でありながら、生ドラムとピアノ、環境音が絶妙に融合。
ループ、反復、断片化された歌詞、曖昧なコード進行——それらすべてが“音楽という生き物の鼓動”のように作用している。


全曲レビュー:

1. Bloom

リズムループとジャズ的コードが絡み合う、アルバムの幕開け。
「開花(Bloom)」という言葉に反して、楽曲は謎めいたまま進行する。
サブベースとビートの構造がまるで“土壌”のように、音の根を支えている。

2. Morning Mr Magpie

挑発的で反復的なギターリフと、怒りを抑え込んだようなヴォーカルが印象的。
“カササギ”は泥棒鳥として知られ、タイトルには比喩的な意味合いが込められている。

3. Little by Little

アコースティックギターとエレクトロニクスが交錯する、不思議な浮遊感をもつ曲。
「少しずつ、君は僕を食い尽くしていく」と歌われるように、親密さと侵食のテーマが繊細に描かれる。

4. Feral

ヴォーカルは完全に解体され、ビートとベースのみによるリズムトラックのような構成。
タイトル通り“野生的”な奔放さと制御不能なエネルギーが支配する。
言葉のない叫びが、むしろ強く語りかけてくる。

5. Lotus Flower

本作の代表曲であり、トム・ヨークのダンスと共に話題を呼んだナンバー。
「ロータスの花」は、泥の中から咲く神秘と再生の象徴。
ミニマルなリズムと柔らかなメロディが、官能と祈りの中間に漂う。

6. Codex

ピアノとアンビエンスに包まれた、最も内省的なトラック。
「閉じ込められていた場所から抜け出して、水の中へ飛び込む」という詩的なリリックが、赦しと脱出の物語を語る。
静謐さの中にある深い解放感が心を打つ。

7. Give Up the Ghost

“幽霊を手放せ”というタイトルが象徴するように、失われたものへの執着を解くような歌。
アコースティックギターとトムの多重ヴォーカルが、柔らかくも切ない空間を作り出す。

8. Separator

アルバムのクロージングを担う、夢と現実の境界を揺らすような楽曲。
「もしこれが夢なら、目覚めた時に君の腕の中にいたい」というラストのラインが、The King of Limbsという“夢の森”の終わりを静かに告げる。


総評:

The King of Limbsは、Radioheadのディスコグラフィーの中でもっとも“静かで、曖昧で、手触りのある”作品である。

過去のように怒りを爆発させるわけでもなく、明確な物語や政治的メッセージを打ち出すこともない。
その代わりに彼らは、音の反復と感情の微細な揺らぎの中に、世界との接点を見出そうとしている。

このアルバムは“聴く”というより、“聴こえてくる”作品であり、その全体像は一聴して理解できるものではない。
木のように、時間をかけて静かに根を張り、枝を広げ、いつか花を咲かせる——The King of Limbsとは、そんな存在なのかもしれない。


おすすめアルバム:

  • Four Tet / There Is Love in You
     ビートとアンビエンスの理想的融合。
  • Burial / Untrue
     都市の孤独と沈黙を音にした、UKエレクトロの金字塔。
  • Talk Talk / Laughing Stock
     音と沈黙の間に漂う、祈りのような音楽。
  • Thom Yorke / Tomorrow’s Modern Boxes
     トム・ヨークが同じ文法で紡いだソロ作。
  • James Blake / James Blake
     ミニマルなサウンドと内面性の交錯が光る、現代エレクトロの象徴。

コメント

タイトルとURLをコピーしました