アルバムレビュー：The Future by Leonard Cohen

アルバムレビュー

2025.04.21

発売日: 1992年11月24日
ジャンル: シンガーソングライター、ダーク・ポップ、エレクトロフォーク、アートロック

“未来”はすでに崩壊している——Leonard Cohen、文明の廃墟から放つ終末の黙示録

『The Future』は、Leonard Cohenが1992年に発表した9作目のスタジオ・アルバムであり、宗教、政治、性、歴史、そして終末——人間という存在が抱えるすべての“重さ”を詩と音で射抜いた、コーエン流“終わりの書”である。

冷戦の終焉、湾岸戦争、ロサンゼルス暴動、環境問題といった20世紀末の混沌を背景に、Cohenは未来を“救済”ではなく“崩壊の延長”として描き出す。
しかしそれは絶望ではなく、深い理解と受容の末に辿り着いた、“痛みのある祈り”でもある。

本作では、エレクトロニックなビートや打ち込みが用いられ、冷たく機械的な質感と、Cohenの低く年老いた声との対比が際立つ。
一方でストリングスやゴスペル調の女性コーラスも絡み合い、まるで聖書とサイバーパンクを同時に読むような、不穏で美しい世界が構築されている。

1. The Future
「未来は殺され、ベイビー、それは俺たちの手によるものだ」——時代の終わりを語る静かなる宣言。 悪夢のようなビジョンを突きつけながら、どこかユーモアすら滲ませる。

2. Waiting for the Miracle
“奇跡”を待つというタイトルながら、その期待の中に漂う虚無感と疲弊が、まさに現代人の心象風景を映し出す。 スロウでじっとりとしたリズムが印象的。

3. Be for Real
Freddie Northのソウル・ナンバーのカバー。Cohenのヴォーカルによって“本気になれ”という言葉が、より深い問いへと変化する。

4. Closing Time
陽気なカントリー調に乗せて歌われる、終末的ラヴソング。 バーが閉まり、踊りが終わり、欲望が薄れていく——それは文明の終焉の比喩でもある。

5. Anthem
「クラックがある。そこから光が差し込むのだ。」——Cohenの全キャリアにおいて最も有名な一節を含む、魂の赦しと再生の讃歌。

6. Democracy
「民主主義がアメリカにやってくる（Coming to the USA）」というリフレインで、皮肉と希望を絶妙に織り交ぜるポリティカル・アンセム。

7. Light as the Breeze
比喩に満ちた静かな愛の詩。愛と死、生と欲望がひとつに溶け合う、耽美的な小宇宙。

8. Always
スピーク・シンギング的な手法で、「永遠にいつも君を愛している」という言葉が、時間の流れに打ち勝つかのように響く。

9. Tacoma Trailer
映画のエンディングのようなインストゥルメンタルでアルバムを締めくくる。寂寞とした風景が余韻として残る。

『The Future』は、Leonard Cohenが人生と世界の“終わり”にどう向き合うかを描いた、破滅と祈りの黙示録である。
詩人としての彼はここで、もはや慰めや夢を語るのではなく、現実の残酷さを直視しながらも、なおも“光は差し込む”と歌うのだ。

その歌声は老人の声であり、預言者の声であり、諦めと希望のあいだを漂う人間の“声”そのもの。
文明の終わりを見つめるまなざしの中に、私たちはむしろ“始まり”の可能性を見るかもしれない。