
- イントロダクション
- アーティストの背景と歴史
- 音楽スタイルと影響
- 代表曲の解説
- アルバムごとの進化
- No Questions Asked
- A Minute to Pray, a Second to Die
- Forever Came Today
- A Hard Road to Follow
- Ashes of Time
- Miss Muerte
- I Used to Be Pretty
- Chris D.というパンク詩人
- LAパンクとの関係
- パンク・ノワールという美学
- 影響を受けたアーティストと音楽
- 影響を与えたアーティストと音楽シーン
- 同時代アーティストとの比較
- ファンや批評家からの評価
- The Flesh Eatersのユニークさ
- まとめ
- 関連レビュー
イントロダクション
The Flesh Eaters(ザ・フレッシュ・イーターズ)は、1977年にロサンゼルスで始動したパンク/デスロック/ルーツロック系バンドである。中心人物は、ボーカリスト、作詞家、映画批評家、レーベル関係者としても知られるChris D.(Chris Desjardins/クリス・デジャルダン)。彼を核に、ロサンゼルス・パンクの重要人物たちが時期ごとに入れ替わりながら参加し、パンク、ブルース、ロカビリー、ガレージロック、サックス入りのR&B、ホラー映画、フィルム・ノワール、ゴシックな詩情を混ぜ合わせた、唯一無二の暗黒ロックを作り上げた。
The Flesh Eatersの音楽には、乾いた砂漠の夜、血の匂いがする安ホテル、古い犯罪映画、酔った説教師、錆びたナイフ、そしてロサンゼルスの裏路地がある。速くて短いだけのパンクではない。彼らの曲は、墓場から這い出してくるブルースであり、B級ホラー映画のラストシーンで鳴るサックスであり、パンクの衝動を泥と血で濡らしたような音である。
代表作は、1981年のセカンドアルバムA Minute to Pray, a Second to Dieである。この作品には、Chris D.のほか、The BlastersのDave AlvinとBill Bateman、XのJohn DoeとD.J. Bonebrake、後にLos Lobosで知られるSteve Berlinが参加した。Wikipediaのアルバム項目でも、この布陣が明記されており、同作はThe Flesh Eatersで最も評価の高い作品と紹介されている。ウィキペディア
The Flesh Eatersは、商業的な大成功を収めたバンドではない。しかし、その音楽はロサンゼルス・パンクの中でも特に濃く、暗く、文学的で、映画的である。彼らは、パンクをただの若者の反抗ではなく、欲望、死、宗教、暴力、退廃、ロマンティシズムが渦巻く暗黒劇へ変えた。まさにパンク・ノワールと呼ぶにふさわしい存在である。
アーティストの背景と歴史
The Flesh Eatersは、Chris D.を中心に1977年頃から活動を始めた。バンド名からして不穏である。「肉を食う者たち」という名前には、ホラー映画、ゾンビ、死体、欲望、暴力のイメージがまとわりつく。Chris D.は単なるパンクボーカリストではなく、映画批評や詩、レコード制作にも関わった人物であり、The Flesh Eatersの歌詞世界には、その映画的な感性が強く反映されている。
初期のThe Flesh Eatersは、固定メンバーを持つバンドというより、Chris D.の周囲に集まったロサンゼルス・パンク人脈による流動的な集団だった。これは弱点でもあり、魅力でもある。メンバーが安定しないからこそ、作品ごとに音が変化し、LA地下シーンのさまざまな才能が一つの暗黒鍋へ投げ込まれた。
1980年のデビューアルバムNo Questions Askedでは、より荒削りなパンク色が強い。だが、1981年のA Minute to Pray, a Second to Dieでバンドは一気に異様な完成度へ到達する。Yep Rocによる再結成アルバム告知では、同作を「うなり、沼のようで、フードゥーの香りを持つ」アルバムと説明し、Chris D.が当時のLAシーン屈指の強力な布陣を集めた作品だったと紹介している。Yep Roc Records
1982年にはForever Came Todayを発表。これはよりヘヴィで、ロックンロールやメタル的な硬さも感じさせる作品である。同作は1982年5月2日にリリースされ、Chris D.がより安定したラインナップを求めて制作した作品だったと記録されている。ウィキペディア
その後もThe Flesh Eatersは、Chris D.のプロジェクトとして断続的に続き、メンバーや音楽性を変えながら活動した。さらにChris D.は、Julie ChristensenらとDivine Horsemenでも活動し、ロサンゼルスのルーツパンク、ゴシック、アメリカーナの周辺に強い影響を残す。
そして2019年、The Flesh EatersはA Minute to Pray, a Second to Die期の伝説的メンバーを再び集めたアルバムI Used to Be PrettyをYep Rocからリリースした。Americana Highwaysは、このアルバムが1981年のラインナップ、つまりDave Alvin、Bill Bateman、John Doe、D.J. Bonebrake、Steve Berlinらを再結集させた作品だと紹介している。Americana Highways
音楽スタイルと影響
The Flesh Eatersの音楽は、パンク、デスロック、ガレージロック、ブルース、ロカビリー、R&B、スワンプロック、フィルム・ノワール的な詩、ホラー映画的イメージを融合している。一般的なLAパンクの直線的な速さとは違い、彼らの音には粘りと湿り気がある。乾いた街の音なのに、どこか沼の底から響いてくるようだ。
Chris D.の声は、整った歌声ではない。呻き、叫び、語り、呪文のように言葉を吐き出す。彼のボーカルは、ロックシンガーというより、夜の裏路地で悪夢を語る語り部である。彼の声があることで、The Flesh Eatersの曲は単なるバンド演奏ではなく、暗黒映画のモノローグのようになる。
The Flesh Eatersのサウンドを特別にしているのが、サックス、マリンバ、ブルースギター、ロカビリー的リズムの使い方である。特にA Minute to Pray, a Second to Dieでは、Dave Alvinのギター、Steve Berlinのサックス、D.J. Bonebrakeのマリンバやパーカッションが、パンクに異様な奥行きを与えている。Tower Recordsの商品説明でも、同作はX、The Blasters、Los Lobos周辺のメンバーが集まった「LAルーツパンクのドリームチーム」による暗く煮えたぎるノワール・ブルース・パンクとして紹介されている。タワーレコード オンライン
影響源としては、The Stooges、The Cramps、Captain Beefheart、Howlin’ Wolf、The Gun Club、X、The Blasters、film noir、Italian western、horror cinema、crime fictionなどが考えられる。The Flesh Eatersは、パンクの勢いを持ちながら、アメリカ南西部の土臭い音楽、古い映画の不気味さ、文学的な死のイメージを深く吸い込んでいる。
代表曲の解説
「Disintegration Nation」
「Disintegration Nation」は、The Flesh Eaters初期の荒々しさを象徴する曲である。タイトルは「崩壊する国家」とでも訳せる。社会そのものが崩れていくような感覚が、パンクの焦燥と結びついている。
初期The Flesh Eatersの音は、後年のノワール的な重厚さよりも、もっと荒削りで突発的だ。だが、この段階でもChris D.の言葉には、普通のパンクとは違う暗い文学性がある。彼は怒りをそのまま叫ぶだけではなく、崩壊する世界の風景として描く。
「Pony Dress」
「Pony Dress」は、初期作品の中でもThe Flesh Eatersらしい奇妙なイメージを持つ曲である。タイトルだけを見ると、どこか滑稽で、同時に不気味だ。可愛らしいものと暴力的なもの、無邪気さと退廃が混ざる。
Chris D.の歌詞は、しばしば明確な物語よりも、強い視覚イメージを優先する。「Pony Dress」にも、B級映画のワンシーンのような質感がある。聴き手は歌詞の意味を論理的に追うというより、その暗い映像に巻き込まれる。
「Digging My Grave」
「Digging My Grave」は、A Minute to Pray, a Second to Dieの冒頭を飾る重要曲である。タイトルは「自分の墓を掘る」。The Flesh Eatersの世界を象徴するような題名だ。
この曲では、パンクのスピードよりも、死へ向かう儀式的な重みが強い。ギターは荒く、リズムは粘り、Chris D.の声は墓場から響くように迫る。墓を掘るという行為は、自己破壊でもあり、運命への準備でもある。The Flesh Eatersの音楽では、死は抽象的なテーマではなく、常に手で触れられる泥のような存在だ。
「Pray Til You Sweat」
「Pray Til You Sweat」は、The Flesh Eatersの宗教的で肉体的な感覚が強く表れた曲である。「汗をかくまで祈れ」というタイトルには、信仰、苦行、セックス、ライブの熱気が一体になっている。
この曲では、祈りが清らかなものではなく、肉体の行為として描かれる。汗、叫び、震え、欲望。Chris D.の歌う宗教性は、教会の白い光ではなく、深夜の荒れた礼拝堂のようだ。
「River of Fever」
「River of Fever」は、A Minute to Pray, a Second to Dieの中でも特に沼のような熱を持つ曲である。タイトルは「熱病の川」。水と病、流れと発熱が結びつく。The Flesh Eatersの音楽にぴったりのイメージだ。
この曲では、ブルース的な粘りとパンクの緊張が混ざる。川は浄化ではなく、感染の流れのように響く。Steve Berlinのサックスが入ることで、曲はさらに夜の匂いを増す。ここにあるのは爽快なロックではなく、熱に浮かされた暗黒のロックである。
「Satan’s Stomp」
「Satan’s Stomp」は、The Flesh Eatersの悪魔的なユーモアとダンス感覚が出た曲である。タイトルは「悪魔のストンプ」。ロックンロールの原始的な身体性と、ホラー映画的なイメージが合体している。
この曲の魅力は、悪魔崇拝のような深刻さではなく、B級ホラー的な陽気さもあるところだ。The Flesh Eatersの暗さは、単なる陰鬱さではない。そこには、墓場で踊るような馬鹿馬鹿しさ、カルト映画の楽しさがある。
「See You in the Boneyard」
「See You in the Boneyard」は、The Flesh Eatersの美学を端的に表す曲である。タイトルは「墓場で会おう」。恋人との待ち合わせのように、死者の場所を指定する。その感覚がすでにノワールであり、ゴシックである。
この曲には、終末的なロマンティシズムがある。生きている場所ではなく、死者の場所で再会する。The Flesh Eatersの歌の中では、愛も友情も、しばしば死の影と隣り合っている。
「So Long」
「So Long」は、A Minute to Pray, a Second to Dieの中でも、別れの感情が強く漂う曲である。タイトルは「さよなら」。だが、The Flesh Eatersの別れは、静かな感傷では終わらない。そこには、呪いのような余韻が残る。
Chris D.の声は、相手へ別れを告げているようで、同時に自分自身へ言い聞かせているようでもある。この曖昧さがThe Flesh Eatersらしい。別れ、死、逃亡、裏切りが、同じ暗い通路でつながっている。
「Cyrano de Berger’s Back」
「Cyrano de Berger’s Back」は、John Doeが作曲した楽曲で、A Minute to Pray, a Second to Dieに収録されている。この曲は後にXでも取り上げられた。アルバム項目でも、この曲がJohn Doe作曲で、後にXの作品でカバーされたことが記録されている。ウィキペディア
タイトルは、フランス文学の人物Cyrano de Bergeracをもじったような言葉遊びである。The Flesh Eatersの世界では、文学的な参照も、パンク的な悪ふざけに変わる。ロマンティックな英雄が、裏通りのパンクソングへ引きずり込まれるような曲だ。
「Divine Horseman」
「Divine Horseman」は、A Minute to Pray, a Second to Dieのラストを飾る大曲である。タイトルは「神聖な騎手」。ヴードゥー、霊的憑依、黙示録的な騎馬のイメージが浮かぶ。Chris D.は後にJulie ChristensenらとDivine Horsemenというバンド名でも活動しており、この言葉は彼の美学の中心にある。
曲は7分を超え、The Flesh Eatersの儀式的な側面を強く打ち出す。パンクでありながら、もはや単なる短い反抗歌ではない。これは暗黒のブルースであり、呪術的なロックであり、夜の荒野を走る幻影のような曲だ。
「My Life to Live」
「My Life to Live」は、1982年のForever Came Todayに収録された曲であり、2019年のI Used to Be Prettyでも再録された。同曲が後に2019年作で再録されたことは、Forever Came Todayの情報にも記録されている。ウィキペディア
タイトルは「自分の人生を生きる」。The Flesh Eatersとしては比較的ストレートな言葉だが、Chris D.が歌うと、そこには反抗、孤独、破滅的な自由が宿る。自分の人生を生きることは、美しい決意であると同時に、誰にも救われない道へ進むことでもある。
「Forever Came Today」
「Forever Came Today」は、1982年アルバムの表題曲である。「永遠が今日やって来た」というタイトルは、ロマンティックでありながら、どこか恐ろしい。永遠は祝福ではなく、逃れられない宿命のように響く。
この時期のThe Flesh Eatersは、よりヘヴィでロックンロール的な方向へ進んだ。Forever Came Todayには、パンクの荒さに加え、ハードロックやメタル的な重さも見える。Chris D.が安定したラインナップを求めていたこともあり、前作とは違うバンドとしての塊がある。ウィキペディア
「Black Temptation」
「Black Temptation」は、2019年のI Used to Be Prettyを象徴する楽曲である。Michael’s Music Logは、この曲をアルバム冒頭の新曲として紹介し、Julie ChristensenのボーカルやSteve Berlinのサックスが独特の妖しい雰囲気を作っていると評している。マイケルの音楽ログ
タイトルは「黒い誘惑」。The Flesh Eatersらしい言葉である。年齢を重ねたバンドが再び集まったとき、ただ過去を懐かしむのではなく、まだ暗い誘惑へ向かえるのか。この曲は、その問いへの答えのように響く。
「I Used to Be Pretty」
「I Used to Be Pretty」は、2019年の再結成アルバム表題曲である。タイトルは「昔はきれいだった」。老い、記憶、失われた美しさ、かつての自分への皮肉が込められている。
このタイトルは、The Flesh Eatersの再始動に非常によく似合う。若い頃のパンクの美しさは、無傷の輝きではない。むしろ傷、汗、酒、夜、破滅の気配を含んでいた。年齢を重ねた彼らが「昔はきれいだった」と言うとき、それは単なる懐古ではなく、時間そのものを睨み返す言葉になる。
Pasteは同作について、Chris D.の声とJulie Christensenのコーラスが黙示録的な響きを加えていると評している。Paste Magazine
アルバムごとの進化
No Questions Asked
1980年のNo Questions Askedは、The Flesh Eatersのデビューアルバムである。この時点のバンドは、よりストレートなLAパンクの荒さを持っている。演奏は粗く、音は乾いており、Chris D.の暗い詩情はすでに濃い。
このアルバムは、後のA Minute to Pray, a Second to Dieほど完成されたノワール世界ではない。しかし、だからこそ初期衝動がむき出しである。The Flesh Eatersがどこから来たのかを知るうえで重要な作品だ。
A Minute to Pray, a Second to Die
1981年のA Minute to Pray, a Second to Dieは、The Flesh Eatersの最高傑作とされることが多い。Chris D.、Dave Alvin、John Doe、Steve Berlin、D.J. Bonebrake、Bill Batemanという布陣は、LAパンク/ルーツロックの奇跡的な集合体だった。アルバム情報でも、このメンバー構成が明記されている。ウィキペディア
この作品の音は、パンクでありながら、ブルース、R&B、サックス、マリンバ、ホラー、フィルム・ノワールを飲み込んでいる。AllMusicの評として引用されている説明では、同作は「トラッシーなノワールの暗さ、ハリウッドの薄汚れた空気、キャンプなブルースホラー、Stax影響の削ぎ落とされたギターパンク」の古典とされている。ウィキペディア
このアルバムは、LAパンクをただの高速ロックから解き放った。XのLos Angeles、The Gun ClubのFire of Loveと並び、ロサンゼルス地下音楽がルーツ音楽、映画、文学、暴力的な都市感覚をどう融合したかを示す重要作である。
Forever Came Today
1982年のForever Came Todayは、前作のオールスター的な魔術から一転し、よりバンドとしての安定を求めた作品である。録音は1982年2月14日に行われ、Chris D.は定期的に練習できる安定したラインナップを求めていたとされる。ウィキペディア
音はよりヘヴィで、ロックンロールやハードロックの要素も強い。前作のサックスやマリンバを含む沼のようなノワール感とは違い、もっと直線的な力がある。だが、Chris D.の声と歌詞がある限り、完全に普通のロックにはならない。暗い映画的イメージは残り続ける。
A Hard Road to Follow
1983年のA Hard Road to Followは、タイトル通り「辿るのが難しい道」を示す作品である。The Flesh Eatersのキャリアそのものが、まさにそのようなものだった。メンバーは変わり、音は揺れ、商業的な成功からは距離があり、それでもChris D.は自分の暗いヴィジョンを追い続けた。
この作品では、初期のパンク的な鋭さと、よりルーツ寄りのダークなロックが混ざる。The Flesh Eatersのディスコグラフィーの中では地味に扱われがちだが、Chris D.の世界観を追うには重要なアルバムである。
Ashes of Time
1999年のAshes of Timeは、長い時間を経た後のThe Flesh Eatersを示す作品である。タイトルは「時の灰」。すでにこの言葉自体がChris D.らしい。過去は美しい記憶ではなく、灰として残る。
The Flesh Eatersの音楽では、時間は癒しではない。むしろ時間は傷を乾かし、別の形の不気味さへ変える。Ashes of Timeには、若いパンクの暴発とは違う、暗い余韻がある。
Miss Muerte
2004年のMiss Muerteは、タイトルからして死の女神を思わせる作品である。スペイン語の「muerte」は死を意味する。Chris D.の歌詞世界において、死は単なる終わりではなく、誘惑的な女性像、映画的な登場人物、神話的な存在として現れる。
この作品は、The Flesh Eatersが長い年月を経ても、死、欲望、暗いロマンティシズムという核を失わなかったことを示している。
I Used to Be Pretty
2019年のI Used to Be Prettyは、The Flesh Eatersの再評価を決定づけた重要作である。Yep Rocの告知では、A Minute to Pray, a Second to Die期の布陣が再び集まった作品として紹介され、1981年作の伝説的なラインナップが長い年月を経て再集合したことが強調されている。Yep Roc Records
Americana Highwaysは、このアルバムを暗く詩的なパンクとして評し、Nick Caveにも通じる野心とトーンを持ちながら、Dave AlvinのギターとSteve Berlinのサックスに支えられ、ゴシックとルーツロックを超えていく作品だと述べている。Americana Highways
このアルバムの意義は、単なる再結成ではない。若い頃の音を再現するのではなく、老い、記憶、過去の亡霊、まだ残る欲望を音にしている。タイトルのI Used to Be Prettyは、自嘲であり、告白であり、挑発である。
Chris D.というパンク詩人
The Flesh Eatersの核心は、Chris D.である。彼は、パンクシンガーであると同時に、詩人、映画批評家、プロデューサー、レーベル関係者でもあった。彼の言葉には、ホラー映画、犯罪映画、ウエスタン、ゴシック文学、宗教的イメージ、アメリカ裏社会の匂いがある。
彼は自分を「morbidly romantic punk poet」と表現したこともある。Americana Highwaysのライブレビューでも、Chris D.はそのような自己認識を持つ人物として紹介されている。Americana Highways この言葉は、The Flesh Eatersの全体像をよく表している。死に取り憑かれたロマンティスト。だが、それを美しい詩としてではなく、パンクのざらついた声で吐き出す。
Chris D.の歌詞は、明快なメッセージソングではない。むしろ、イメージの連鎖でできている。墓、熱病、悪魔、骨、祈り、馬、川、黒い誘惑。これらの言葉が、曲の中で映画のカットのように切り替わる。彼の歌は、聴く小説であり、観るパンクである。
LAパンクとの関係
The Flesh Eatersは、LAパンクの中心にいたバンドでありながら、そこから少し外れた異端でもあった。X、The Blasters、The Gun Club、The Plugz、The Germs、The Weirdos、Los Lobos周辺の人脈と深く関わりながら、The Flesh Eatersはより暗く、より文学的で、より映画的な方向へ進んだ。
特にA Minute to Pray, a Second to Dieのメンバー構成は、LAシーンの交差点そのものである。XからJohn DoeとD.J. Bonebrake、The BlastersからDave AlvinとBill Bateman、後にLos Lobosへ加わるSteve Berlin。これは単なるバックバンドではなく、ロサンゼルス地下音楽の血脈が一つに集まった瞬間だった。Americana Highways
LAパンクといえば、しばしばスピード、暴力、若さ、反抗が語られる。しかしThe Flesh Eatersはそこに、古いブルース、映画の闇、メキシコ国境の匂い、ゴシックな死の感覚を加えた。彼らは、LAパンクをより広いアメリカン・ノワールへ接続したバンドである。
パンク・ノワールという美学
The Flesh Eatersを語るうえで、パンク・ノワールという言葉は非常にしっくりくる。ノワールとは、犯罪映画や暗黒小説に見られる、宿命、欲望、裏切り、夜、影、暴力の美学である。The Flesh Eatersは、それをパンクの音で鳴らした。
彼らの曲では、主人公は清潔なヒーローではない。墓を掘り、熱病の川を渡り、悪魔と踊り、骨の庭で誰かと会う。そこには、救いよりも堕落がある。しかし、その堕落が美しい。The Flesh Eatersの世界では、破滅はただ怖いものではなく、どこか魅惑的なものでもある。
この美学は、後のNick Cave and the Bad Seeds、The Gun Club、16 Horsepower、Crime & the City Solution、Wovenhand、さらにはゴシック・アメリカーナにも通じる。The Flesh Eatersは、パンクとアメリカン・ゴシックを結びつけた先駆的存在だった。
影響を受けたアーティストと音楽
The Flesh Eatersの音楽には、The Stooges、The Cramps、Captain Beefheart、Howlin’ Wolf、Bo Diddley、The Doors、film noir、Italian western、horror cinema、R&B、garage rock、blues、rockabillyなどの影響が感じられる。
The Crampsと同じく、彼らはロックンロールの原始的な猥雑さとホラー映画の感覚を結びつけた。ただしThe Flesh Eatersのほうが、より詩的で、より血なまぐさく、よりノワール的である。
The Gun Clubとは非常に近い関係にある。Jeffrey Lee Pierceがブルースをパンクの狂気で燃やしたとすれば、Chris D.はブルースとパンクを犯罪映画の血溜まりへ沈めた。両者は、LAパンクがルーツ音楽と暗黒詩へ向かった重要な例である。
影響を与えたアーティストと音楽シーン
The Flesh Eatersは、メインストリームに大きな影響を与えたというより、地下の音楽家たちに深く刺さったバンドである。パンク、デスロック、ガレージ、ゴシック・アメリカーナ、ルーツパンク、ノワールロックの領域で、彼らの影響は大きい。
Nick Cave、The Gun Club以降の暗黒ルーツロック、LAパンク再評価、ゴシック・カントリー、パンクブルースの文脈で、The Flesh Eatersの名前は何度も浮上する。彼らの音楽は、激しいだけでなく、物語を持つパンクの可能性を示した。
また、A Minute to Pray, a Second to Dieの布陣が示すように、彼らはX、The Blasters、Los Lobos周辺の音楽家たちが交差する場でもあった。その意味でThe Flesh Eatersは、バンド単体であると同時に、LA地下音楽シーンの暗い交差点でもある。
同時代アーティストとの比較
The Flesh Eatersは、X、The Gun Club、The Cramps、The Blasters、The Birthday Party、Nick Cave and the Bad Seeds、The Germs、45 Graveなどと比較できる。
XがLAの日常と男女の関係を鋭いパンク詩として描いたなら、The Flesh Eatersはもっと映画的で、墓場寄りで、ノワールの湿度が濃い。The Blastersがアメリカン・ルーツを正面からロックンロールへ戻したのに対し、The Flesh Eatersはそのルーツをホラーと死の方へ曲げた。
The Crampsとはホラー、ロカビリー、B級映画趣味で近い。しかしThe Crampsがよりキャンプでセクシーな怪物パーティーなら、The Flesh Eatersはもっと暗く、詩的で、血のついた詩集のようだ。
The Birthday PartyやNick Caveと比べると、The Flesh EatersにはLAの乾いた荒野感とルーツパンクの匂いがある。Nick Caveが旧約聖書的な悪夢へ向かったなら、Chris D.はフィルム・ノワールとアメリカ南西部の裏通りへ向かった。
ファンや批評家からの評価
The Flesh Eatersは、カルト的な支持を受け続けてきたバンドである。特にA Minute to Pray, a Second to Dieは、長年にわたり高く評価されてきた。Tower Recordsの商品説明では、同作がXのLos AngelesやThe Gun ClubのFire of Loveと並ぶクラシックとして紹介されている。タワーレコード オンライン
The Vinyl Districtも、A Minute to Pray, a Second to DieをThe Flesh Eatersの作品群の中でも最高峰と位置づけている。The Vinyl District また、2019年のI Used to Be Prettyについても、Americana Highwaysは暗く詩的でゴシックなパンクとして高く評価し、Dave AlvinのギターとSteve Berlinのサックスが作品を支えていると述べている。Americana Highways
彼らの評価は、売上やチャートでは測れない。むしろ、音楽を深く掘る人ほど、The Flesh Eatersの異様な存在感にたどり着く。彼らは、パンクの有名な表通りではなく、暗い横道に立つ伝説である。
The Flesh Eatersのユニークさ
The Flesh Eatersのユニークさは、パンクの荒さとノワールの詩情を同時に鳴らしたことにある。
彼らの音楽は、スピードだけではない。怒りだけでもない。そこには、死への陶酔、映画的な暗さ、ブルースの粘り、サックスの妖しさ、マリンバの不気味さ、Chris D.の詩人としての声がある。
The Flesh Eatersは、パンクを拡張した。短く速い反抗歌から、墓場のブルースへ。若者の叫びから、夜の犯罪詩へ。ライブハウスの暴力から、フィルム・ノワールの陰影へ。その変換こそが、彼らの最大の功績である。
まとめ
The Flesh Eatersは、カルト的支持を集めるパンク・ノワールの伝説である。Chris D.を中心に1977年頃のロサンゼルスで始まり、流動的なメンバー構成の中で、パンク、ブルース、ロカビリー、R&B、ホラー、フィルム・ノワールを混ぜ合わせた暗黒のロックを鳴らした。
1980年のNo Questions Askedで荒削りな初期衝動を示し、1981年のA Minute to Pray, a Second to Dieで奇跡的な完成度へ到達した。「Digging My Grave」は自分の墓を掘るような自己破壊を、「Pray Til You Sweat」は汗ばむ祈りを、「River of Fever」は熱病の流れを、「Satan’s Stomp」は悪魔のダンスを、「See You in the Boneyard」は墓場での再会を歌った。
1982年のForever Came Todayではよりヘヴィなロックへ向かい、長い年月を経た2019年のI Used to Be Prettyでは、伝説的ラインナップが再集結し、老いと記憶と暗い欲望を再び音にした。
The Flesh Eatersの音楽は、明るい救済を与えない。だが、夜の底にいる者にとっては、その暗さこそが救いになる。墓場、熱病、悪魔、骨、祈り、黒い誘惑。彼らはそれらをパンクの言葉で歌い、ロサンゼルスの地下に一つの暗黒神話を作った。
The Flesh Eatersは、ただのパンクバンドではない。血と詩と映画の影でできた、パンク・ノワールの亡霊である。

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