発売日: 2008年3月3日
ジャンル: アコースティック・フォーク、プロテスト・ソング、ポリティカル・バラッド、チャンバー・フォーク
概要
『The Boy Bands Have Won』は、チャンバワンバが2008年に発表した13作目にして最終スタジオ・アルバムであり、
その長大な正式タイトル(※)にも象徴されるように、**大衆文化、権力、歴史、連帯、そして敗北感までも抱きしめた“静かな遺言”**のような作品である。
タイトルにある「ボーイバンドが勝った」という一文は、
商業主義と資本主義に敗北した文化と音楽の諦念でありながら、
その中でもなお語ること・歌うこと・記録することを選び続けたチャンバワンバの最後の姿勢の表明となっている。
内容は全編アコースティック・フォーク/バラッドで構成されており、
ギター、アコーディオン、ピアノ、バイオリン、合唱を基調に、
英国フォークの語りの伝統を受け継ぎながら、現代の戦争、メディア、ジェンダー、階級、記憶を主題にしている。
前作『A Singsong and a Scrap』の路線を深化させつつ、
より詩的に、より私的に、そしてより“人のためにある音楽”としての完成度を高めた、
チャンバワンバの芸術的・思想的エピローグである。
全曲レビュー(抜粋)
1. When an Old Man Dies
開幕を飾る静謐な短詩。“老人が死ぬと図書館が焼け落ちる”というアフリカの諺を引用し、
記憶と経験の喪失を哀しく見つめる。
2. Add Me
SNS時代の“つながりの空虚さ”を風刺した曲。
軽妙な語り口ながら、デジタル時代の孤独と表層性をチクリと突く。
3. The Boy Bands Have Won
アルバムを象徴する詩的タイトル曲。
ボーイバンド的な文化に飲み込まれた現代への諦念と、それでも歌い続ける意志を対比的に描く。
4. Word Bomber
2005年のロンドン同時爆破事件を題材にした重い楽曲。
テロ行為とその語り方、報道の切断性、そして人間の物語をめぐる極めて静かな追悼歌。
5. Sing About Love
“ラブソングばかり歌うな”という逆説から始まるが、
むしろ愛とは何かを問い直す、政治と愛の重なり合いを示す詩的バラッド。
6. El Fusilado
実在したメキシコ革命の英雄ワシントン・ラファエル・セクサンが銃殺刑から生還した逸話を題材に、
“撃たれても立ち上がる”というチャンバワンバ的レジリエンスの象徴となる名曲。
7. To a Little Radio
亡命者が愛した小さなラジオへの頌歌。
情報と慰めを運ぶ“声”そのものへの敬意が感じられる。
8. I Wish That They’d Sack Me
労働者の“辞めさせられることへの願望”を皮肉たっぷりに描く。
諦念と自嘲、連帯が入り混じる短いが鋭いフォークソング。
9. Bankrobber (live)
『A Singsong and a Scrap』からの再収録。
パンクの反抗精神をフォークで更新するチャンバワンバらしいカバー。
10. Dance, Idiot, Dance
権力者に操られる民衆を皮肉る、諧謔に満ちた一曲。
「踊れ、愚か者よ」と言い放つ声が、時代の滑稽さを映し出す。
11. Refugee
難民をめぐる現代の非人間的扱いを、静かで鋭い観察の言葉で綴る。
声は怒りよりも、祈りに近い。
12. The Ogre
ジョージ・ブッシュ政権を象徴するような“怪物”の寓話。
絵本のような語り口で、大人の欺瞞を暴く知的な風刺劇。
総評
『The Boy Bands Have Won』は、チャンバワンバというバンドの死に際の“最後の歌”ではなく、“最後まで歌い続ける姿勢そのもの”を記録した作品である。
怒鳴ることなく、笑わせることもなく、
ただ語り、奏で、耳元でつぶやくように社会を問うこのアルバムは、
パンクバンドとしての終焉ではなく、**語り部としての円熟した“沈黙のレジスタンス”**なのである。
かつて「I get knocked down, but I get up again」と歌った彼らは、
今ここでこう歌う──
“私たちは何も変えられなかったかもしれない。でも、歌うことをやめなかった”。
おすすめアルバム(5枚)
- Leon Rosselson『The World Turned Upside Down』
英国フォーク左派の重鎮による物語と反抗の音楽。 - Show of Hands『Arrogance Ignorance and Greed』
同じく現代英国社会を鋭く描いたフォーク作品。 - The Young’uns『Strangers』
社会の周縁を歌う現代フォーク・トリオ。チャンバワンバの遺伝子を継承。 - Loudon Wainwright III『Last Man on Earth』
老いと時代を皮肉と詩で綴る、人生のエピローグ的作品。 -
Ewan MacColl『Black and White – The Definitive Collection』
プロテスト・フォークの原点。チャンバワンバ後期の精神的出発点。
後続作品とのつながり
本作を最後にチャンバワンバは2012年に正式解散を発表し、
30年以上にわたる活動の幕を閉じた。
だが『The Boy Bands Have Won』は、
解散ではなく“引き際の美学”を記録したアルバムとして残され、
その静かな声は今も、音楽が社会と向き合うための方法として、確かに生き続けている。
コメント