発売日: 1998年8月25日
ジャンル: サイケデリック・ポップ、インディー・ポップ、バロック・ポップ
恋愛の悲喜劇を万華鏡のように描いた、of Montrealの寓話的セカンド・アルバム
『The Bedside Drama: A Petite Tragedy』は、ジョージア州アセンズ発のバンドof Montrealが1998年に発表したコンセプト・アルバムであり、サイケデリック・ポップを通じて一つの恋愛の始まりから終わりまでを描いた“小さな悲劇”である。
バンドの中心人物であるケヴィン・バーンズ(Kevin Barnes)が、実体験に基づく破局をもとに制作したこの作品は、前作『Cherry Peel』に比べて遥かに演劇的で、シュールな夢想と叙情性が混ざり合った独自の語り口を持つ。
当時のElephant 6コレクティヴの流れを汲みながらも、ビーチ・ボーイズやビートルズ的なハーモニー、音響実験、ミュージカル的構成を大胆に取り入れ、ポップ・ミュージックの形式そのものを再構築しようとする意志が見て取れる。
全曲レビュー
1. One of a Very Few of a Kind
ミュージカルのオープニングのような華やかさと滑稽さを兼ね備えた一曲。バーンズの内面を戯画化した語りから、アルバムが“劇”であることを強く印象づける。
2. Happy Yellow Bumblebee
明るい旋律とは裏腹に、愛情にすがる姿が切ない。ピッチを変えたヴォーカルは、童話的なファンタジーと心の不安定さを同時に演出している。
3. Little Viola Hidden in the Orchestra
ストリングスを思わせるメロディとともに、「自分は舞台の端で見えない存在だ」と歌うメタファーが深い。恋人からの無関心を描いた、繊細な自画像。
4. The Couple’s First Kiss
短くも強烈な一瞬。甘美なコード進行が、初々しい感情の高まりを鮮やかに再現する。まさに“最初のキス”の魔法だ。
5. Sing You a Love Song
相手に捧げる愛の歌。だがその純粋さは、やがて依存にもつながる危うさを秘めている。
6. Honeymoon in San Francisco
束の間の幸福。観光地的なイメージとともに、関係がピークに達する瞬間を祝福している。
7. The Couple in Bed Together Under a Warm Blanket Wrapped Up in Each Other’s Arms Asleep
タイトル通りの情景をそのまま音にしたような楽曲。やさしく包み込むようなメロディが、安心感と親密さを描く。
8. Cutie Pie
可愛らしさが前面に出た短い楽曲。甘えと甘えられたい欲求がにじむ。
9. You Feel You Must Go, Don’t Go!
不安と執着の兆しが現れる。別れを予感し、拒絶する心が叫びとなって表れる。
10. The Miniature Philosopher
自問自答を繰り返すような哲学的な詞が印象的。子供のようでいて賢しらな視点が、恋愛に翻弄される大人の姿を滑稽に映し出す。
11. Weird Girl
相手の“変わっている”部分に惹かれながらも、そこに不安を感じ始める主人公の心情がにじむ。
12. It’s Easy to Sleep When You’re Dead
不穏なユーモアに満ちた曲名通り、失恋の痛みが一種の死のように描かれる。だがそこに皮肉な軽さもあるのがof Montrealらしい。
13. The Couple’s Second Kiss
かつてのときめきは色褪せ、距離感だけが強調される。再び重なる唇は、前ほどの意味を持たない。
14. At Night Trees Aren’t Sleeping
自然の中に自分の孤独を重ねる。静謐で不気味な夜の描写が、感情の深みに連れていく。
15. My Darling, I’ve Forgotten
大切なことを忘れてしまったことに気づく瞬間。後悔と自己嫌悪が静かに沁みてくる。
16. You’re an Artist
相手の自由さに対する敬意と、置いて行かれる不安と嫉妬。芸術家という存在を前にした自己の小ささが浮き彫りになる。
17. The Other Day
別れの余韻。過去を振り返り、すれ違った瞬間を一つひとつ拾い上げるような心情描写が胸を打つ。
18. Spoiled Beauty
美しさが壊れていく瞬間。かつての恋が持っていた光が、次第に歪んでゆく様を描いている。
19. A Man’s Life Flashing Before His Eyes While He and His Wife Drive Off a Cliff
衝撃的なタイトルが示すとおり、ドラマの最終幕。関係が決定的に崩壊する瞬間を、比喩的かつ演劇的に描く。
20. What’s a Piano
愛の終わりのあとに残る、言葉にならない感情。ピアノという楽器さえ意味を持たなくなった空虚な世界に、物語は幕を閉じる。
総評
『The Bedside Drama: A Petite Tragedy』は、of Montrealが早くもその創作性の核心を示した作品であり、ポップ・ミュージックという形式に物語性と実験性を注入した意欲作である。
1人のアーティストの視点から語られる恋の始まりと終わり。そのすべてが、メロドラマ的な誇張と子供のような無垢さで彩られ、あたかも風変わりな絵本をめくるような感覚に陥る。
楽曲同士の連なりはミュージカルやコンセプト・アルバムの伝統に通じるものであり、同時期のOlivia Tremor ControlやNeutral Milk HotelといったElephant 6系統のバンドとも響き合う。
ただし、その叙情はしばしばパロディの域を超え、愛の本質的な不安や孤独を浮かび上がらせる鋭さを持っている。このユニークな世界観に共感できるリスナーには、深い余韻を残す作品となるだろう。
おすすめアルバム
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The Gay Parade / of Montreal
次作にして、さらに演劇性が増した“架空の街の祝祭”を描いた傑作。 -
In the Aeroplane Over the Sea / Neutral Milk Hotel
内省と幻想が交錯するElephant 6の代表作。感情の爆発力が凄まじい。 -
Pet Sounds / The Beach Boys
メロディとハーモニーの魔術。バーンズにも多大な影響を与えた60年代の金字塔。 -
Satanic Panic in the Attic / of Montreal
バンドのサウンドがエレクトロ寄りに進化するターニングポイント。 -
Dusk at Cubist Castle / The Olivia Tremor Control
サイケデリックな音の迷宮を体験できる、Elephant 6ファン必聴の一枚。
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