発売日: 1997年2月25日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、グランジ、ノイズロック
概要
『The Beauty Process: Triple Platinum』は、L7が1997年にリリースした5作目のスタジオ・アルバムであり、バンドがメジャーシーンから距離を取り、内面的で実験的な方向へと舵を切った“異色作”にして“再評価の呼び声高い名盤”である。
前作『Hungry for Stink』（1994）のノイジーで重厚なアプローチから一転、本作では静と動のダイナミクス、メロディアスな展開、そして自己解体的ユーモアが前面に出ており、従来のL7らしい荒々しさに加えて、新たな側面が浮き彫りとなっている。
アルバムタイトルの「Triple Platinum（トリプルプラチナム）」は、実際のセールスとは無関係な皮肉的ユーモアであり、“美しさのプロセス”という名のもとに、ロックにおける「女らしさ」や「売れ線」の概念を徹底的に破壊するという宣言でもある。
グランジブームの沈静化と、メジャーレーベルからの冷遇という背景を抱えながら、L7はこの作品で内省と攻撃性、混乱と遊び心をひとつに束ねた新境地を切り拓いた。
全曲レビュー
1. The Beauty Process
インストゥルメンタルに近い、ざらついた質感のオープニング。
音の“間”を活かした構成で、アルバム全体のトーンを象徴する。
2. Drama
重厚なリフとミッドテンポのグルーヴ。
“ドラマを求めているのは誰か？”という問いかけが、世間とバンド自身の間に横たわる緊張を示す。
3. Off the Wagon
キャッチーなコーラスとシニカルな歌詞が印象的なシングル曲。
“再び酒に手を出す”という自己破壊的なテーマに、笑いと絶望が混ざる。
4. I Need
内省的なリリックとダウナーなテンポが特徴のスロー・ナンバー。
必要としているのは愛か薬か、それとも静かな時間か。
はっきりしない“欲望の形”を描く名曲。
5. Moonshine
ブルースとサザンロックを思わせる異色のトラック。
密造酒（moonshine）をメタファーに、隠れた快楽や逃避の感覚が漂う。
6. Bitter Wine
最も叙情的でメロウな一曲。
L7がここまでメロディアスに感情を表出したことは珍しく、新たな地平を感じさせる。
7. The Masses Are Asses
爆音ギターと高速ドラムによるパンク・ナンバー。
“大衆はアホだ”というタイトルがすべてを物語る。
バンドのアイロニー精神が炸裂。
8. Bad Things
ハードでストーナー的なグルーヴが支配する。
破滅と快楽、反省と享楽が交錯するL7らしい二面性の楽曲。
9. Must Have More
ヘヴィな反復リフが耳に残るミディアム・テンポのナンバー。
欲望に忠実であることの滑稽さと危うさを並置する。
10. Non-Existent Patricia
語り口調の歌詞が印象的なポエトリー・ロック風のトラック。
“存在しないパトリシア”という人物像は、社会に消された女性の象徴のようでもある。
11. Me, Myself & I
終盤を彩る、孤独とセルフアイロニーの混じった曲。
反復される“I”の響きが、自己の分裂や誇張を示唆する。
12. Lorenza, Giada, Alessandra
最後を飾る異色の実験曲。
イタリア人女性の名前を反復しながら、意味不明さの中にポップと混乱を詰め込んだ謎の一曲。
エピローグとしての余韻も強い。
総評
『The Beauty Process: Triple Platinum』は、L7がメジャーの期待やグランジの文脈から自由になったことで、自己解体と再構築に挑んだ最も“パーソナルでパンク”な作品である。
従来の“怒れる女たち”というイメージを裏切るように、ここでは弱さ・空白・疑念・哀愁が多く描かれており、それが逆にバンドとしての表現の奥行きを広げている。
このアルバムは、売れることよりも、表現すること、壊すこと、そして笑うことの大切さを再確認する記録なのだ。
おすすめアルバム
- Veruca Salt / Eight Arms to Hold You
同時代の女性主導オルタナで、L7のメロディアスな側面と共鳴する作品。 - Sonic Youth / Washing Machine
構造の実験性と“静とノイズ”の対比という点で共通項を持つ。 - Courtney Love / America’s Sweetheart
自己解体的かつアイロニカルな視点が、L7の本作とシンクロ。 - PJ Harvey / Is This Desire?
内省と語りの間を行き来する構成が、本作の静かな深度と重なる。 -
Breeders / Title TK
音の空白やスローなグルーヴ感、女性的知性の美学という点で近い。
ファンや評論家の反応
商業的には前作までの勢いを維持できず、リリース直後はセールス的に振るわなかった。
しかし後年、「L7の中で最も成熟した表現が詰まった作品」として再評価される。
特に2020年代以降、このアルバムに見られるメンタルヘルス的視座、フェミニズムの多様性、脱構築的美学が支持され、再発を機に若い世代からも注目を集めている。
“美しさ”とは何か、“成功”とは何か。
それを問い続けながら、L7はこの作品で「バンドであり続けること」の重さと美しさを音にしたのだ。
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