アルバムレビュー:Thank You by Duran Duran

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発売日: 1995年4月4日
ジャンル: カバー・アルバム、オルタナティヴ・ロック、ファンクロック、ヒップホップソウル


“ありがとう”の裏にある冒険と混乱——Duran Duranが示したオマージュと自己探求の交差点

Thank Youは、Duran Duranが1995年に発表した初のフル・カバーアルバムである。
バンドが敬愛するアーティストたちへの“感謝”をテーマに、ロック、ファンク、ヒップホップ、パンク、フォークなど、ジャンルを超えた楽曲群を新たなアレンジで再構築。
しかしその意欲的な試みは、リスナーと批評家の間で極めて賛否の分かれる作品となった。

本作にはレッド・ツェッペリンルー・リード、グランドマスター・メリー・メル、ボブ・ディラン、アイス・T、そしてエルヴィス・コステロら、時代もジャンルも異なる巨人たちの楽曲が並ぶ。
Duran Duranは、これらの楽曲をただ忠実に再現するのではなく、自らのサウンドに引き寄せ、実験と挑戦の精神を注入している。
その結果として、ある楽曲は新たな命を得て輝き、また別の楽曲は“触れてはいけない聖域”に足を踏み入れてしまったかのような印象を残す。


全曲レビュー

1. White Lines (Don’t Do It) – [Originally by Grandmaster Flash and Melle Mel]

ファンクメタルとヒップホップを融合した異色のオープニング。
ハードなギターとシャウトで押し切る構成は賛否両論ながら、バンドの変革志向が表れている。

2. I Wanna Take You Higher – [Sly & The Family Stone]

原曲のファンクスピリットを忠実に引き継ぎつつ、ハードロック的な厚みを加えたダンサブルなアレンジ。
ライブ映えする一曲。

3. Perfect Day – [Lou Reed]

Duran Duran版はシンセを控えた静謐な仕上がり。
サイモン・ル・ボンの柔らかい歌唱が、曲のもつ儚さをさらに際立たせている。

4. Watching the Detectives – [Elvis Costello]

スカのグルーヴを残しつつ、スリリングなギターアレンジで彩られた挑戦的カバー。
一方で原曲の持つ神経質な緊張感はやや薄れているかもしれない。

5. Lay Lady Lay – [Bob Dylan]

トリップホップ風味を加えた大胆なアプローチ。
官能的で都会的な空気感が加わり、原曲とはまったく異なる解釈を提示。

6. 911 Is a Joke – [Public Enemy]

サイモンがラップを試みた問題作。
皮肉や風刺の文脈が曖昧になり、最も物議を醸したトラックの一つ。

7. Success – [Iggy Pop]

ロウファイなアレンジとだるさが味わいとなる、ガレージ感の強いトラック。
ルーズでいて粘り気のある演奏が、オリジナルのアナーキーな魅力を再現。

8. Crystal Ship – [The Doors]

静かでドリーミーな浮遊感が特徴の美しいカバー。
原曲のサイケデリックなムードを受け継ぎつつ、バンドの耽美性が際立つ。

9. Ball of Confusion – [The Temptations]

ファンクロック的アプローチで、混沌とした時代性をより暴力的に描写。
ザラついた質感が新鮮。

10. Thank You – [Led Zeppelin]

アルバムタイトルにもなっている、愛と感謝を歌うバラード。
シンセを主体にした繊細な解釈で、バンドの誠実な思いが込められている。

11. Drive By(オリジナル)

唯一のオリジナル曲。
静謐なアンビエント・ポップで、アルバム全体に詩的な余白を与えている。


総評

Thank Youは、Duran Duranというバンドが90年代半ばという音楽的再編期にあって、自身のルーツと真摯に向き合おうとした作品である。
そのアプローチは時に大胆すぎて、原曲の精神や聴き手の記憶と衝突する瞬間もある。
だがそこには、ただのノスタルジーではない、ポップとアイデンティティの“再解釈”という試みが確かに存在している。

このアルバムは、単なるカバー集ではなく、“影響を受けた過去”と“再出発を試みる現在”を接続する、Duran Duran自身の物語のひとつの章として捉えるべきだ。
失敗作として片付けるには、あまりに誠実で、あまりに野心的すぎる作品なのだ。


おすすめアルバム

  • Garage Inc. by Metallica
     ——ジャンルは違えど、ルーツを辿る意義を持ったカバー集として対照的。
  • Reality by David Bowie
     ——カバーとオリジナルが交差し、“再定義”の美学を感じさせる。
  • Kiss This by Sex Pistols
     ——パンクのルーツとアイロニーが込められた再編集盤。Thank Youのアナーキーさと共鳴。
  • Medúlla by Björk
     ——声と構造を再構築した異端作。再解釈の可能性という点で精神的に通じる。
  • Scary Monsters by David Bowie
     ——過去と未来を同時に更新するアーティストの成熟が詰まった一作。

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