発売日: 1987年6月
ジャンル: インディーポップ、ネオアコースティック、バロックポップ
概要
『Tallulah』は、The Go-Betweensが1987年に発表した5枚目のスタジオ・アルバムであり、繊細な詩情と大胆なポップ性が最も華やかに交差した転換点的作品である。
前作『Liberty Belle and the Black Diamond Express』で完成された内省的ポップの世界観を引き継ぎながらも、本作ではより明確にメロディのフックとアレンジの多様性が意識されている。
タイトルの「Tallulah」は、アメリカ南部にある川や地名に由来し、また同名の女優タルーラ・バンクヘッドへのオマージュとも言われている。
この名に象徴されるように、アルバム全体は“荒野の詩情”と“舞台のきらびやかさ”が同居した、不思議な二重性を持っている。
本作では、アマンダ・ブラウン(ヴァイオリン、オーボエ、キーボード、ボーカル)がより前面に出ており、彼女の存在がサウンドに温度と色彩を与え、バンドを単なるギターポップから室内楽的ポップへと進化させている。
加えて、プロデュースにクレイグ・レオン(SuicideやThe Ramonesなどの初期作で知られる)が起用され、エッジの効いたポストパンク的緊張感も適度に保たれている。
全曲レビュー
1. Right Here
グラント・マクレナンによるキャッチーなオープニング。
“すぐここにいる”という直截的なタイトルに反して、歌詞は内面の距離や不安を描く。
アマンダ・ブラウンのストリングスが曲に甘美な厚みを与えている。バンドのポップ指向を象徴するシングル。
2. You Tell Me
ロバート・フォースター作による、演劇的で鋭い歌詞が特徴のナンバー。
“君が言うんだから、きっとそうなんだろう”という投げやりな受容が皮肉に響く。
アップテンポなリズムと、パーカッションの強調が印象的。
3. Someone Else’s Wife
マクレナンによる複雑な愛情関係をテーマにした繊細なバラード。
“誰かの妻”という言葉が持つ道徳と欲望の緊張感を、淡々とした旋律の中に沈めている。
アコースティックギターとオーボエの絡みが美しく、物語性の高い一曲。
4. I Just Get Caught Out
フォースターのナーヴァスで衝動的な側面が出た短編のような曲。
“ついバレてしまう”というテーマに、自己認識と社会的立場の葛藤がにじむ。
鋭利なギターと簡潔な構成が、パンク的衝動を呼び起こす。
5. Cut It Out
本作でもっともロック色が強いナンバー。
“やめてくれ”と繰り返されるフレーズが、苦しみと断絶のエネルギーを表現している。
荒々しい演奏とダンサブルなリズムが相まって、バンドの中でも異色のトラック。
6. The House That Jack Kerouac Built
フォースターによる文学的最高傑作の一つ。
ビートニクの象徴ジャック・ケルアックの名を冠しながら、自己と他者の間にある幻滅と狂気を描く。
ヴァースで語られるように展開するリリックと、サビの情熱的な放出が鮮やかに対比する。
7. Bye Bye Pride
マクレナンによる、非常に美しく力強いラブソング。
“プライドにさよならを”というフレーズに、愛のために何かを捨てる決意と、解放感が宿る。
アマンダのオーボエがドラマティックな空気を纏わせ、名曲として多くのファンに愛されている。
8. Spirit of a Vampyre
フォースターらしいダークで幻想的な楽曲。
吸血鬼というモチーフを使いながら、自らの“夜”を語るメタファーのようでもある。
ギターのリフは不穏で、演奏全体に張り詰めた緊張感が漂う。
9. The Clarke Sisters
マクレナンによる架空の姉妹をめぐる短編小説のようなトラック。
それぞれの人生の断片を切り取るような歌詞が印象的で、バンドの物語性志向を象徴する一曲。
シンプルな演奏が歌詞のドラマを引き立てる。
10. Hope Then Strife
“希望、そして葛藤”というタイトル通り、静けさとざわめきの両方が交錯する楽曲。
アルバムを締めくくるにふさわしい、内省的で開かれたエンディング。
ヴォーカルは抑えめながら、かえって感情の深さを浮かび上がらせている。
総評
『Tallulah』は、The Go-Betweensがアート性とポップ性、知性と感情をもっとも多層的に表現した、きらめきに満ちた傑作である。
本作では、フォースターとマクレナンという二人のソングライターの性格の違いがより鮮明に表れ、それをアマンダ・ブラウンの豊かな音色が包み込むように支えている。
ギター・ポップにとどまらない、室内楽的なエレガンス、文学的なストーリーテリング、時に過激なエネルギーまでを内包し、バンドとしての音楽的レンジを最大限に広げたアルバムと言える。
また、感情を直接的に歌うマクレナンと、それを一歩引いた場所から描写するフォースターとの対比が、楽曲間に絶妙な緊張と緩和を生んでいる。
『Tallulah』は、The Go-Betweensが芸術と大衆性の理想的な交点を探った最後の試みとも言える作品であり、その後の『16 Lovers Lane』へとつながる“成熟の前夜”を切り取った、きらびやかで誠実なアルバムである。
おすすめアルバム(5枚)
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Aztec Camera / Love (1987)
ポップ性と個人性の交差点。キラキラした80年代ポップの影と光。 -
The Sundays / Reading, Writing and Arithmetic (1990)
甘美なメロディと繊細な感情の表現が、Go-Betweensと共振。 -
Luna / Penthouse (1995)
文学的で都会的なギターポップの正統進化系。 -
The Triffids / Calenture (1987)
オーストラリアの叙情派バンドによる、同時代のスケール感ある名作。 -
The Smiths / Strangeways, Here We Come (1987)
詩的退廃とポップの融合、時代終焉の美しさが共鳴する。
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