
1. 歌詞の概要
「Sympathy for the Devil(悪魔を憐れむ歌)」は、The Rolling Stonesが1968年に発表したアルバム『Beggars Banquet』のオープニング・トラックであり、彼らのキャリアの中でも最も挑発的で、最も象徴的な一曲である。
この楽曲は、一人称で語る“悪魔”の視点から、人類の歴史における戦争、暴動、裏切り、宗教的苦悩などの出来事を次々と語っていく。
語り手は、「俺はずっと君たち人間と一緒にいたんだ」と述べ、歴史上の残虐な事件に関与してきた存在であることを示唆しながら、それでも「俺を理解してくれ」と哀願する。
ここに描かれている“悪魔”とは、単なるサタン的存在ではなく、人間の内に巣食う暴力性や欲望の象徴でもある。
つまりこの曲は、人間社会そのものの鏡として“悪魔”を描くことで、善悪の相対性と人間の矛盾をあぶり出そうとする哲学的な楽曲なのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
この楽曲は、当初ミック・ジャガーが詩的なバラードとして構想したが、制作の過程でジャンゴ風のアコースティックからサンバ調のビートへと大胆にアレンジされ、現在知られているラテン風グルーヴに生まれ変わった。
歌詞の着想源としては、ボリス・ヴィアンの小説『悪魔との契約(Sympathy for the Devil)』や、ミックが当時読んでいたミハイル・ブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』など、文学的・宗教的影響が強く反映されている。
また、キース・リチャーズによれば、「“悪魔”という存在をテーマにしながらも、笑いを忘れないことがポイントだった」と述べており、単なる悪魔崇拝ではなく、人間性そのものへの諧謔と皮肉が意図されている。
この曲はリリース当時から論争を巻き起こし、ストーンズに“悪魔主義”“反キリスト”的なイメージを強く結びつけることになった。
だが、ジャガーは何度も「この曲は宗教的というより、歴史的、文学的な視点から人間の行動を見つめている」と語っており、実際には“問題提起”としての意味合いが強い。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – The Rolling Stones “Sympathy for the Devil”
Please allow me to introduce myself / I’m a man of wealth and taste
自己紹介をさせてくれ 俺は財と趣味を兼ね備えた男
I’ve been around for a long, long year / Stole many a man’s soul and faith
長い年月をこの地で過ごしてきた
多くの人間の魂と信仰を奪ってきた
I was ‘round when Jesus Christ / Had his moment of doubt and pain
イエス・キリストが苦悩と疑念に満ちていたその瞬間も、俺はそこにいた
I made damn sure that Pilate / Washed his hands and sealed his fate
ピラトが手を洗い、運命を決めるように仕向けたのも俺さ
4. 歌詞の考察
この楽曲の魅力は、悪魔の声を借りて人類の歴史と罪を語るという、きわめて知的かつ演劇的な構造にある。
語り手である“悪魔”は、決して怒号をあげたり脅したりはしない。むしろ丁寧な語り口で「共感(sympathy)してほしい」と訴えかける。
そこにあるのは、絶対的な悪ではなく、人間と切り離せない“内なる悪”の存在である。
悪魔は、キリストの処刑、ロマノフ家の処刑、第二次世界大戦、ケネディ暗殺といった歴史の暗部に常に寄り添ってきたと語る。
だがそれは超常的な力によるものではなく、むしろ「人間が自らそうした選択をしてきた」ことの裏に潜む“仕掛け人”として描かれる。
つまり、この曲が描いているのは「悪魔」そのものではなく、「人間の歴史に潜む暴力と欺瞞の構造」なのである。
特に注目すべきは、繰り返されるこのフレーズ:
“Just as every cop is a criminal / And all the sinners saints”
「警官も犯罪者なら 罪人も聖人に成り得る」
ここには善悪の境界の曖昧さ、そして正義と暴力の表裏一体性が如実に表れている。
この“混沌こそが人間の本質だ”という哲学的視点は、当時のロック音楽の枠を超えた洞察といえるだろう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Paint It, Black by The Rolling Stones
死と内面の闇を描いたサイケデリック・ナンバー。「Sympathy for the Devil」と同じく人間の深層を描いている。 - The End by The Doors
黙示録的な世界観と死の哲学を展開する長尺曲。終末感と神話性が共鳴する。 - God by John Lennon
信仰・神話・偶像を否定しつつ、自我の再構築を試みる曲。悪魔に頼らずとも“揺れる信仰”を描いている。 - Black Sabbath by Black Sabbath
不吉で宗教的な世界観を持つヘヴィ・ロックの元祖的楽曲。悪魔性というテーマへの真正面からの接近。
6. ロックが“善と悪”の境界を越えた瞬間
「Sympathy for the Devil」は、ロックンロールが単なる若者の音楽から、“思索する芸術”へと進化したことを象徴する楽曲である。
その知的挑発、文学的構造、ラテンのリズムに乗せた皮肉な語り口は、単に悪魔を讃えるどころか、逆に“我々自身が悪魔なのではないか”という不穏な問いを投げかけてくる。
そしてその問いは、半世紀以上が経過した今もなお、私たちの内面を試し続けている。
この曲が真に恐ろしいのは、悪魔が外部にいるのではなく、私たちの“すぐそば”に、あるいは“私たちの中”にいるのではないかと感じさせるその構造にある。
サビの「フー・フー!」という掛け声すら、集団の興奮や盲目性を皮肉るようで、聞き手の身体と知性の両方に揺さぶりをかけてくる。
「Sympathy for the Devil」は、ロックが最も危険で、最も鋭く、最も人間的だった瞬間の結晶である。
そしてそれは、今なお、“悪魔”ではなく“人間”を問い続けている。
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