1970年代のイギリスを席巻したグラム・ロック・ムーブメントは、きらびやかなファッションと派手なステージ演出、そしてポップでグルーヴィなサウンドが大衆を魅了した時代でもある。
その中で、大衆的なヒットソングを連発しながらも、ロックバンドとしてのパワフルさを兼ね備えていたのがSweetというバンドだ。
「Fox on the Run」や「Ballroom Blitz」といったアリーナ映えする華やかな楽曲は、今なお多くの人々の耳に残り、パーティーや映画の挿入歌としても親しまれている。
ここでは、Sweetの結成から黄金期の楽曲、そして音楽シーンに与えた影響までをあらためて紐解いてみよう。
バンドの結成と背景
Sweetの原型は、1960年代後半に活動していた“Wainwright’s Gentlemen”というバンドにさかのぼる。
そこで後にSweetのメンバーとなるブライアン・コノリー(ボーカル)とミック・タッカー(ドラム)が出会い、やがて1968年頃にスティーヴ・プリースト(ベース)、アンディ・スコット(ギター)が合流する形でバンドが固まっていった。
初期は“Sweetshop”という名義を使うこともあったが、最終的にシンプルに“Sweet”を名乗るようになった。
当時のイギリスの音楽シーンは、ザ・ビートルズの解散後、ハードロックやプログレッシブ・ロック、そしてド派手な衣装を纏うグラム・ロックが流行の兆しを見せていた時期。
Sweetもデビュー当初はシングルチャートの上位を狙うポップ路線を志向し、音楽プロデューサー兼ソングライターチームである“ニッキー・チン/マイク・チャップマン(通称チン&チャップマン)”のサポートを受けながら、キャッチーなシングルを次々に発表していくのだ。
サウンドの特徴――ポップかつロックな“甘美”な響き
Sweetの最大の魅力は、一見ポップに偏った曲調に見えながら、演奏面ではハードなギターリフやパワフルなドラムを取り入れている点である。
特にアンディ・スコットのギターサウンドは、ハードロック寄りのエッジが効いており、ブライアン・コノリーのボーカルは甘くも迫力のある声質を持ち、コーラスワークと相まってグラム・ロックの“きらびやかさ”を醸し出した。
これにより、“単なるアイドル的ポップバンド”ではなく、“ライブでも迫力満点のロックバンド”としての姿を確立することができた。
曲によっては、キーボードやエフェクト類を多用しながら、サビで一気に爽快感を放つという構成が多く見られる。
これはポップ・チャートを意識する“チン&チャップマン”の作曲スタイルにも通じるところがあり、短時間でリスナーの心を掴むキャッチーさと、ロック色のアグレッシブさを合体させたサウンドがSweetの大きな武器となった。
代表曲とアルバム
「Ballroom Blitz」(1973年)
グラム・ロックを代表するアンセムのひとつ。
アップテンポなドラムイントロから始まり、ブライアン・コノリーが「Are you ready, Steve?」などとメンバーに呼びかける演出がライブ感満載で、一気に観客を熱狂の渦へ引き込む。
高揚感に満ちたサウンドとサビの合唱部分が特徴的で、数多くのロックファンに愛され続ける名曲だ。
「Fox on the Run」(1975年)
アルバム『Desolation Boulevard』に収録されており、世界的に大ヒット。
ギターリフとシンセサイザーがコラボするメロディラインはとびきりキャッチーで、コーラスの多層的なハーモニーがSweetならではの“甘さ”を強調する。
CMや映画の挿入歌としても多用されており、Sweetを象徴する代表曲のひとつとされる。
「Love Is Like Oxygen」(1978年)
アルバム『Level Headed』からのヒットシングル。
ややプログレッシブな雰囲気を湛えたアレンジが特徴で、長めのイントロやギター・シンセの絡みが印象的。
“チン&チャップマン”からある程度独立した形で制作された曲であり、バンドの音楽性の幅を感じ取ることができるナンバーとなっている。
『Desolation Boulevard』(1974年)
アルバムとして特に評価が高い作品。
「Ballroom Blitz」「Fox on the Run」などの代表曲を含み、バンドの力強い演奏とポップなメロディが見事に融合した一枚と言える。
英国版と米国版で収録曲が異なる点にも注意が必要だが、いずれもグラム・ロック期のSweetの魅力を凝縮した仕上がりを楽しめる。
成功の後に――メンバーチェンジと衰退
キャッチーなヒット曲を連発する一方で、バンド内部では自分たちの演奏や作曲が“チン&チャップマン”の商業路線に支配されていることへ、次第に反発が芽生え始める。
メンバー自身の手で音楽の方向性をコントロールしようと試みる中、時代の流れやメンバーの衝突、さらにはブライアン・コノリーの健康状態など、様々な要因が重なり、1970年代後半からバンドは徐々に衰退期に入っていく。
1980年代に入ると、ブライアン・コノリーが脱退し、続いてアンディ・スコットやスティーヴ・プリーストらも別々の活動を進める形で、Sweetは分裂状態になった。
その後も“再結成”と銘打ったプロジェクトが複数回立ち上がるが、オリジナルメンバーが揃う形では行われず、往年の勢いを取り戻すまでには至らなかった。
ブライアン・コノリーはソロ活動を続けたが、飲酒などが原因で喉を痛めるなど苦難が続き、1997年に他界。
残されたメンバーも思い入れの強い曲を披露するライブなどを断続的に開催し、“Sweet”の名を今に伝える努力を続けているが、やはり“黄金期の四人”での活動再開は叶わないままとなった。
後世への影響と再評価
グラム・ロックという文脈の中で、SweetはしばしばボウイやT.レックス、スレイドなどと並び称されることが多い。
しかし、単に派手な衣装やメイクだけに頼るのではなく、ギターを軸としたロックバンドらしい演奏力を追求していた点で、バンド自身は“真のロックサウンド”を誇りにしていた。
また、「Ballroom Blitz」や「Fox on the Run」が数々のアーティストによってカバーされ続けてきたことは、彼らのポップ&ロックの融合センスが時代を超えて愛されている証拠と言えるだろう。
多くのヘヴィメタル/パワーメタル系バンドや、グラムメタル系のアーティストが、Sweetを幼少期に聴いて育ったと公言するケースも少なくない。
特にパワフルなドラムやキャッチーなコーラスワークは、80年代以降のロックバンドにとって大いなるインスピレーション源となったのだ。
オリジナルエピソードや逸話
- “Chin & Chapman”との関係 ヒット曲の多くを手がけたソングライターコンビ、“ニッキー・チンとマイク・チャップマン”。 バンド側は、当初売れるために彼らの書いた曲を熱心に演奏していたが、次第に“バンドの実力が正当に評価されていない”と感じ、彼らからの独立を模索するようになる。 その摩擦がバンドの音楽性を変えるきっかけともなった。
- ブライアン・コノリーのステージパフォーマンス コノリーはハンサムで華やかな存在感を持ち、グラム・ロック期のステージではキラキラの衣装や厚化粧も辞さない姿勢を見せた。 しかし、派手な見た目とは裏腹に気配り上手な一面もあり、バンドメンバーからは“兄貴分”として慕われる存在でもあったとされる。
- “Fox on the Run”のセルフ・プロデュース 「Fox on the Run」は、バンド自らがプロデュースを手がけたシングル・バージョンが特にヒットした。 これは“ニッキー・チン/マイク・チャップマン”の手を離れた初の大成功例であり、バンドにとっても大きな自信となったという。
まとめ――グラム・ロックと本格的ロックの橋渡し役
Sweetは、グラム・ロック全盛期に華やかな衣装とキャッチーな曲で大衆的に受け入れられながら、実際はかなり骨太の演奏力とハードロック的アティチュードを内包したバンドである。
「Ballroom Blitz」や「Fox on the Run」という圧倒的にキャッチーなヒット曲を抱えながらも、ライヴでの迫力あるパフォーマンスや激しいギターリフで観客を魅了してきた。
時代の流れやメンバーの軋轢、ソングライターとの確執など、さまざまな要因が重なりバンドは長い停滞期を迎えるが、それでもグラム・ロック・ファンや後世のロック・アーティストたちにとって、Sweetは今なお“特別な存在”であり続ける。
ハードさとポップさを同居させたそのサウンドは、ロックの醍醐味である“開放的なエネルギー”と“大衆性”を同時に体現しているのだ。
もしSweetに初めて触れるなら、『Desolation Boulevard』の英米盤で曲順の違いを楽しみつつ、「Ballroom Blitz」や「Fox on the Run」をまずはチェックしてみてほしい。
どちらも音の勢いとメロディの快感にあふれ、1970年代のグラム・ロックシーンが持っていたエンターテインメント性を存分に感じ取ることができるはずだ。
それこそが、今も色褪せないSweetの真髄なのである。
コメント