アルバムレビュー：Sun Racket by Throwing Muses

アルバムレビュー

2025.05.08

発売日: 2020年9月4日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、ドリームポップ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
制作の裏側と文化的背景
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概要

『Sun Racket』は、Throwing Musesが2020年に発表した通算9作目のスタジオ・アルバムであり、前作『Purgatory/Paradise』（2013）から7年を経て、再びバンドとしての“凝縮された爆発”を提示した作品である。

メンバーは、クリスティン・ハーシュ（Vo, G）、デヴィッド・ナルソン（Dr）、バーナ・ボス（B）というクラシックなスリーピース編成で、
90年代の骨格を残しつつも、圧縮された音像、ダークで夢幻的な質感、詩的で抽象的な歌詞がより研ぎ澄まされている。

アルバム全体の長さは約30分、全10曲。
だがその短さのなかに、濃密なサイケデリア、静かな狂気、そしてどこまでも削ぎ落とされたThrowing Musesらしさが凝縮されている。

“Sun Racket（太陽の騒音）”という逆説的なタイトルが示す通り、光と熱に満ちた静かな破壊音が全編を支配している。

全曲レビュー

1. Dark Blue

重く沈んだギターと粘りつくようなリズムで幕を開ける。
“ダークブルー”という色彩は、精神的な深淵をそのまま音にしたかのよう。

2. Bywater

ニューオーリンズの地名を冠した曲。
ストーリー性のあるリリックと柔らかな音像が、土地と記憶の交差点を描く。

3. Maria Laguna

幻想的なリバーブとざらついた音の質感が美しい。
「ラグーナ＝潟」のように静かに揺れるアンビエント・ロック。

4. Bo Diddley Bridge

打ち寄せるようなビートとトライバルな感覚。
ブルースの神Bo Diddleyへのオマージュと、個人的な記憶が混ざり合う。

5. Milk at McDonald’s

不穏かつ寓話的なタイトルにふさわしい、不協和と美しさの融合。
現代的な日常と夢のような語りが交錯する一曲。

6. Upstairs Dan

本作の中でも最も“語り”の要素が強いナンバー。
上階にいる“ダン”という存在をめぐる、不可解で詩的なポートレート。

7. St Charles

ややアメリカーナ的な要素を感じさせる曲調。
だがサビでは一気に抽象性が増し、風景から心理へとフォーカスが移る。

8. Frosting

“甘さ”と“冷たさ”という矛盾を内包したタイトル。
重層的なギターの響きが、自己の複雑さと感覚の混濁を浮き彫りにする。

9. Kay Catherine

本作で最も親密かつ叙情的な曲。
名前を冠したこの曲には、失われた人物への祈りのような静けさが漂う。

10. Sue’s

エンディングトラックとして、音の余韻と語りの距離感が際立つ。
ある“スー”という存在に宛てた手紙のようであり、同時に誰にでも宛てられているような普遍性を持つ。

総評

『Sun Racket』は、Throwing Musesが到達した“音と詩の極限的なミニマリズム”を体現する作品である。

短い収録時間ながら、そこには重力のような密度と、浮遊感のような余白が共存している。
ハーシュの歌声はますます語りに近づき、ギターはもはやメロディというより感情の波動のように響く。

本作は、かつての混沌やポップセンスを“記憶の奥”に閉じ込めたまま、なお現在進行形でThrowing Musesが生きていることを告げている。
それは燃え尽きた後の火種であり、暗闇のなかのかすかな光である。

このアルバムを聴くということは、無意識と夢の通路を覗き込むことに近い。
“太陽の騒音”とは、私たちが見過ごしている心の中の音なのかもしれない。

制作の裏側と文化的背景

本作は、クリスティン・ハーシュがニューポートとカリフォルニアで書き溜めた断片的スケッチを、ナルソン＆ボスとともにスタジオで有機的に組み上げたアルバムである。

当初“アルバムという形式自体が時代遅れだ”と感じていたハーシュが、それでも「まとめること」にこだわったのは、
楽曲の集合が“ひとつの夢の形”になるというThrowing Muses独自の信念があったからだ。

『Sun Racket』は、過去へのノスタルジーでもなく、商業的な回帰でもない。
それはただ、Throwing Musesという存在が今も続いているという、静かで確かな証明なのだ。