発売日: 2009年4月28日
ジャンル: ノイズポップ、ガレージロック、ポストパンクリバイバル
概要
『Summer of Hate』は、Crocodilesが2009年に発表したデビュー・アルバムであり、
80年代ポストパンクの陰影と00年代ノイズポップの熱気を、DIY精神のもとに融合させた衝動的な作品である。
バンドの中心であるBrandon WelchezとCharles Rowellは、もともとサンディエゴのノイズ・パンク・シーンで活動していたが、
このCrocodiles名義ではよりメロディと退廃、攻撃性と美しさのバランスを意識し、
The Jesus and Mary Chain、Suicide、Spacemen 3といった退廃の系譜に接続しつつも、
現代的なアート・パンクの感覚を持ち込んでいる。
アルバム全体には、不穏な快楽性と反体制的な破壊衝動が満ちており、
“憎しみの夏”というタイトルが象徴するように、光に照らされた毒、ポップな破滅がテーマとなっている。
その鋭い感性は、当時のローファイ/シューゲイズ復興の流れとも共鳴しながら、
Crocodilesという名のバンドが**初期から一貫して抱えていた“美しい騒音への愛”**を強く刻み込んでいる。
全曲レビュー
1. Screaming Chrome
イントロから不穏なノイズが走り、退廃と焦燥のエネルギーで始まる一曲。
“クローム(メッキ)”のイメージは、虚飾された都市や欲望の象徴として機能しており、
ローファイな録音が逆に生々しい。
2. I Wanna Kill
本作の代表曲にして、キャッチーでありながら暴力的な欲望が剥き出しになったキラー・トラック。
「I wanna kill!」という反復が、殺意と愛情の境界を曖昧にし、快楽の暴走を表現する。
The Jesus and Mary Chainの「Never Understand」を彷彿とさせる音像。
3. Soft Skull (In My Room)
“柔らかい頭蓋骨”という語感のグロテスクさと、サイケデリックで心地よい音の揺らぎが対照的。
室内に閉じこもる感覚は、快楽的な自傷や退行願望を内包している。
4. Summer of Hate
アルバムタイトル曲。
クラウトロック的なドラムとノイジーなギターが反復される中、世界に対する嫌悪と耽美性が同居する。
“2009年の『Summer of Love』”に対するアイロニカルな裏返しとしての存在感を放つ。
5. Young Drugs
青春とドラッグ、純粋さと堕落を一つに溶かしたようなトラック。
リリックは反復され、**“無意味さの美学”**が音に宿る。
タイトルだけで、すでに一つの短編小説のようである。
6. Refuse Angels
“天使を拒む”という宗教的かつ反抗的なタイトルが示す通り、
信仰・規律・純潔といったものへの直感的な反発をテーマとする。
ギターが不協和音ぎりぎりのところを彷徨い、天国ではなく地上の快楽に焦点を当てる構成。
7. Flash of Light
タイトルとは裏腹に、重たいベースと濁った音像が支配する漆黒のトラック。
一瞬の閃光にすべてを焼かれるような焦燥感と、破滅的な陶酔が交錯する。
8. Sleeping With the Lord
宗教を主題にした曲としては異色で、
“主と共に眠る”というフレーズは、死や虚無との和解を予感させる。
神への祈りというより、信仰の失墜後に残された空虚の美を描いている。
総評
『Summer of Hate』は、Crocodilesというバンドの**“ノイズとメロディ、信仰と嫌悪、愛と暴力”という両義的な美学**を提示した鮮烈なデビュー作である。
その音楽は、決して“洗練されたポストパンク”でもなければ、“懐古的シューゲイザー”でもない。
むしろそれは、2000年代末の“退屈な時代”を生き抜くための騒音の祭礼であり、
The Velvet Underground、Suicide、Spacemen 3といった系譜に連なる、信念なき反抗の詩的表現なのだ。
ローファイで反復的な演奏のなかに、毒と美、破壊と儀式のような構造性が見え隠れする。
そしてその背後にあるのは、現代における**“希望を喪失した若者たちのカタルシス”**である。
おすすめアルバム(5枚)
- The Jesus and Mary Chain – Psychocandy (1985)
ノイズとポップの完璧な均衡。本作の直接的ルーツ。 - Suicide – Suicide (1977)
ミニマリズムと破壊衝動の元祖。Crocodilesの暴力的美学の出発点。 - A Place to Bury Strangers – Exploding Head (2009)
同時代のノイズ・シューゲイズ。攻撃的かつ美しいサウンド。 - No Age – Nouns (2008)
ローファイとDIY精神の結晶。ポストパンクの再構築。 - Black Rebel Motorcycle Club – B.R.M.C. (2001)
退廃的ガレージと内省が交差する名盤。アメリカ的影との共鳴あり。
歌詞の深読みと文化的背景
『Summer of Hate』の歌詞は、暴力、性愛、薬物、宗教、都市と孤独といったテーマを通じて、
**現代の若者が抱える“倦怠と衝動の矛盾”**を描き出している。
「I Wanna Kill」のような曲では、実際の殺意ではなく、日常に埋もれた内面の爆発的エネルギーがテーマであり、
「Refuse Angels」や「Sleeping With the Lord」では、宗教的イメージが信仰の否定という形で詩的に転化されている。
このアルバムが語る“憎しみの夏”とは、
愛の喪失でも、政治的怒りでもない。
それは、自分自身が何者かになれない焦燥に満ちた、都市の“無意味な夏”への美的記録なのだ。
Crocodilesはこの作品で、
ポップの死と騒音の祝祭を同時に鳴らしながら、
その狭間にある“何者でもなさ”の痛みを、初めて記録したのである。
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