
1. 歌詞の概要
AutoluxのSubzero Funは、冷たいタイトルを持ちながら、どこか甘く、どこか壊れた温度を感じさせる曲である。
Subzeroは、零度以下を意味する。
Funは、楽しみ、遊び、快楽。
つまりSubzero Funとは、零度以下の楽しみ。
冷え切った快楽。
凍った遊び。
熱を失ったまま、それでも奇妙に楽しい感覚。
このタイトルだけで、Autoluxらしい矛盾が見えてくる。
彼らの音楽は、ノイズがある。
ギターはざらつき、歪み、空間に滲む。
ドラムは硬く、しなやかで、時に機械のように正確でありながら人間的な揺れも持つ。
ベースは低くうねり、曲の足元を不安定にする。
しかし、そのノイズの奥にはメロディがある。
Subzero Funもそうだ。
表面は冷たい。
だが、中心にはぼんやりした温かさがある。
はっきりした愛情ではない。
けれど、誰かに向けられた言葉の残響がある。
歌詞では、相手をpreferred route down、好ましい下降ルートのように表現する。Spotifyの楽曲ページにも、この冒頭のラインが掲載されている。(open.spotify.com)
この表現がとても面白い。
普通、ラブソングでは相手を光、道、救いとして描くことが多い。
でもここでは、相手は上昇ではなく下降のルートである。
落ちていくための道。
沈んでいくための道。
でも、それが好ましい。
そこには、自滅的な親密さがある。
一緒にいることで救われるというより、一緒に落ちていける相手なのかもしれない。
Autoluxの歌詞は、わかりやすい物語を語らない。
むしろ断片的で、夢の中の言葉のように配置される。
認識しても通り過ぎてほしい。
足りないものは忘れていい。
相手は戻ってくるかもしれない。
でも、はっきりした関係性は見えない。
Subzero Funは、そうした曖昧な感情を、冷えたノイズ・ポップとして鳴らしている。
明るい曲ではない。
でも、暗闇に沈み切る曲でもない。
冷たさの中に、淡い快楽がある。
それが、この曲の奇妙な魅力である。
2. 歌詞のバックグラウンド
Subzero Funは、Autoluxのデビュー・アルバムFuture Perfectに収録された楽曲である。Future Perfectは2004年10月26日にDMZおよびRED Inkからリリースされた作品で、T Bone Burnettがプロデュースを担当した。主にロサンゼルスのSunset Sound Recordersで録音されたアルバムであり、Autoluxにとって初のフル・アルバムだった。(en.wikipedia.org)
Bandcamp上でも、Future Perfectは2004年の作品として掲載され、Subzero FunはTurnstile Blues、Angry Candyに続く3曲目として配置されている。(autolux.bandcamp.com)
Autoluxは、ロサンゼルスで結成されたオルタナティヴ・ロック・バンドである。メンバーは、Carla Azar、Greg Edwards、Eugene Goreshterの3人。バンドは2001年に結成され、シューゲイザー、オルタナティヴ・ロック、実験的ロック、電子音楽などを横断するサウンドで知られる。(en.wikipedia.org)
この3人の組み合わせは、かなり独特だ。
Carla Azarのドラムは、Autoluxの心臓である。
硬く、鋭く、しかし単純なロック・ビートには収まらない。
スティックの打点が曲の輪郭を作り、時にドラムだけで曲の温度を変えてしまう。
Greg Edwardsのギターは、Failure以降の重い空間感覚を引き継ぎつつ、シューゲイザー的な滲みも持っている。
歪んでいるが、雑ではない。
ノイズの中に、冷たい精密さがある。
Eugene Goreshterの声とベースは、曲にぼんやりした憂鬱を与える。
声は前へ出すぎず、むしろ音の中に溶けていく。
それがAutoluxの浮遊感を生む。
Future Perfectについて、PitchforkはCarla Azarのドラムを強く評価し、Autoluxの音がSonic YouthやMy Bloody Valentineを思わせる要素を持ちながら、T Bone Burnettの比較的自由なプロデュースのもとでバンド自身のダイナミズムを活かしていると評している。(pitchfork.com)
この文脈でSubzero Funを聴くと、曲の位置づけが見えてくる。
Future Perfectの中で、Turnstile BluesやSugarlessはより強くノイズと推進力を持っている。
一方、Subzero Funは少し違う。
もっと内側を向いている。
もっと低温で、もっと曖昧だ。
歌としての輪郭がありながら、どこか掴みにくい。
PopMattersのレビューでは、Subzero Funについて、ヴォーカルが比較的身体に結びついて聞こえる曲であり、Dream Academyを思わせるような雰囲気があると述べている。ただし同評では、アルバム全体の中ではやや印象が薄い曲としても扱っている。(popmatters.com)
この評価は、逆にSubzero Funの特徴をよく示している。
この曲は、Autoluxの中でも爆発するタイプではない。
圧倒的なリフで押し切る曲でもない。
しかし、冷えたメロディと淡いサイケデリアが、じわじわ残る。
Future Perfectというアルバムの中で、Subzero Funは激しさの合間にある低温の部屋のような曲である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下は、権利を侵害しない範囲での短い抜粋である。SpotifyにはSubzero Funの歌詞情報が掲載されている。(open.spotify.com)
You’re my preferred route down
Cocoon similac frown
和訳すると、次のような意味になる。
君は僕の好みの下降ルート
繭のような、模造のしかめ面
この冒頭は、非常にAutoluxらしい。
意味がすぐに開かれない。
けれど、音としての感触が強い。
preferred route downという言葉には、親密さと落下が同時にある。
相手は上へ導いてくれる存在ではなく、下へ向かうための道だ。
それは破滅的かもしれない。
でも、語り手にとってはpreferred、つまり好ましい。
続くcocoonという言葉は、包まれる感覚を持つ。
繭。
外界から切り離された場所。
変化する前の閉じた空間。
そしてsimilac frownという奇妙な言葉の組み合わせが、人工的で、乳白色で、どこか赤ん坊めいたイメージを加える。
この2行だけで、関係性はかなり不安定だ。
親密だが、健康的ではない。
柔らかいが、人工的。
下降しているが、心地よい。
Subzero Funは、この矛盾をずっと抱えている。
歌詞引用元: Spotify掲載歌詞情報
権利表記: 歌詞はAutoluxおよび各権利者に帰属する。引用は短い抜粋にとどめている。(open.spotify.com)
4. 歌詞の考察
Subzero Funの歌詞は、はっきりしたストーリーよりも、感覚の断片を重ねるタイプである。
人物関係は見える。
しかし、具体的な状況は見えない。
誰かに向かって語っている。
その相手は、語り手にとって特別な存在である。
でも、それが恋人なのか、記憶なのか、依存の対象なのか、幻なのかは曖昧だ。
この曖昧さが、曲の音とよく合っている。
Autoluxの音は、輪郭があるようで滲んでいる。
ドラムは硬いが、ギターはぼやける。
ベースは低く支えるが、声は霧のように薄い。
その中で歌詞も、意味をひとつに固定しない。
Subzero Funというタイトルを踏まえると、この曲は冷たい快楽についての歌のように聞こえる。
快楽なのに冷たい。
楽しいのに温度がない。
親密なのに、心が少し凍っている。
この感覚は、2000年代のインディー/オルタナティヴの中でもかなり独特だ。
同時代のガレージ・ロック・リバイバルのような熱い衝動とは違う。
エモのように感情を前面に出すわけでもない。
シューゲイザーのような夢見心地はあるが、甘く溶けるだけでもない。
Autoluxの音は、もっと硬質だ。
冷たい金属の表面に、柔らかい光が反射しているような音である。
Subzero Funの歌詞も、その金属的な冷たさと、柔らかい感情の間にある。
たとえば、忘れろ、足りないものは忘れろ、というような言葉が出てくる。
そこには慰めのような響きもある。
だが、同時に諦めにも聞こえる。
足りないものは埋まらない。
だから忘れるしかない。
それでも、誰かは戻ってきたいと思っている。
この曲には、欠落への感覚が強い。
何かが足りない。
でも、その欠落を劇的に嘆くのではない。
むしろ、冷えたまま眺めている。
ここにSubzero Funの美しさがある。
熱い悲しみではなく、凍った悲しみ。
泣き崩れるのではなく、冷たい部屋で薄く笑っているような悲しみ。
それがAutoluxのノイズ・ポップの中で鳴っている。
サウンド面で聴くと、曲はFuture Perfectの中でも比較的メロディの輪郭がつかみやすい。
だが、それはポップに開かれているというより、冷たい夢の中で一瞬だけ言葉が聞き取れるような感じだ。
ドラムは曲を過度に押し出さず、一定の緊張を保つ。
ギターは空間を広げる。
ベースは底でうねる。
ヴォーカルは前景と背景の間にいる。
この配置が、歌詞の曖昧さを支えている。
Autoluxは、音像の中で人間の輪郭を曖昧にするのがうまいバンドである。
歌っている人はいる。
でも、その人は完全に前へ出てこない。
まるで壁の向こう、あるいは夢の中から声が届く。
Subzero Funでは、その距離感がとても効いている。
歌詞の中で、もし自分を認識しても、ただ通り過ぎてくれというような感覚がある。
これは非常に寂しい。
見つけてほしい。
でも、見つけられたら困る。
認識してほしい。
でも、声をかけずに通り過ぎてほしい。
この矛盾は、人間関係の中でよくある。
誰かに気づかれたいけれど、傷つくのが怖い。
つながりたいけれど、関係が始まることに耐えられない。
だから、見られるだけでいい。
あるいは、見られないほうがいい。
Subzero Funは、そうした感情の低温状態を描いているように聞こえる。
だから、この曲は一見地味でも、妙に後を引く。
はっきりした答えがない。
でも、心の中のどこか冷えた場所に残る。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Turnstile Blues by Autolux
Future Perfectのオープニング曲であり、Autoluxの魅力を一気に示す楽曲である。Pitchforkはこの曲の冒頭におけるCarla Azarのドラムを強く評価し、Autoluxのサウンドの推進力として紹介している。(pitchfork.com)
Subzero Funが冷えた内省の曲だとすれば、Turnstile Bluesはもっと鋭く、身体を叩く曲である。
ドラムの強さ、ギターの歪み、ベースの重さが、Autoluxの基本形を示している。
- Sugarless by Autolux
同じくFuture Perfect収録曲で、Autoluxのノイズとメロディのバランスがよく出た一曲である。Pitchforkのレビューでも、Turnstile BluesとともにFuture Perfectの印象的な楽曲として言及されている。(pitchfork.com)
Subzero Funよりも広がりがあり、甘さと歪みがよりはっきり混ざる。
タイトルどおり、甘さを拒んでいるようで、実際にはかなりメロディアスな曲でもある。
- Blanket by Autolux
Future Perfectの中でも、より浮遊感と不穏さが強い曲である。
Subzero Funの低温の空気が好きなら、Blanketのぼんやりした閉塞感も合うだろう。
包まれているようで、息苦しい。
安心と不安が同じ布の中にあるような曲である。
- Only Shallow by My Bloody Valentine
Autoluxのシューゲイザー的な歪みとメロディの混ざり方が好きなら、My Bloody ValentineのOnly Shallowは避けて通れない。
Subzero Funよりも圧倒的に音の壁が厚く、夢のようなノイズに包まれる。
Autoluxが受け継いだギターの滲みや、声が音の中に溶ける感覚の源流として聴ける。
- Starla by The Smashing Pumpkins
Subzero Funの冷たく広がるオルタナティヴ感が好きなら、The Smashing PumpkinsのStarlaもおすすめである。
長尺でサイケデリック、ギターが空間を大きく広げ、メロディの奥に痛みがある。
Autoluxのような、ノイズと美しさの間にある曲を好む人には深く響くはずだ。
6. 零度以下の快楽としてのノイズ・ポップ
Subzero Funは、Autoluxの中で派手な代表曲として語られる機会は多くないかもしれない。
Turnstile Bluesのような強烈なドラムの衝撃。
Sugarlessのような広がり。
Here Comes Everybodyのようなキャッチーさ。
そうした曲に比べると、Subzero Funは少し控えめだ。
しかし、その控えめさが魅力でもある。
この曲は、大きく爆発しない。
感情を全部吐き出さない。
むしろ、感情を凍らせたまま鳴っている。
Subzero Funというタイトルは、その状態をよく表している。
零度以下なのに楽しい。
冷たいのに快楽がある。
感情が凍っているのに、音楽は心地よい。
この矛盾は、Autoluxというバンドの本質に近い。
彼らの音楽は、ノイズを使う。
しかし、ただ乱暴ではない。
シューゲイザーの影響を持つ。
しかし、完全に夢へ溶けるわけではない。
ポップなメロディがある。
しかし、明るく開けすぎない。
いつも少し距離がある。
Subzero Funは、その距離感をとても美しく持っている。
歌詞の語り手は、誰かに近づいているようで、遠ざかっている。
相手は好ましい下降ルートだと言う。
でも、自分を認識したら通り過ぎてくれとも言う。
近づきたい。
でも、触れられたくない。
この矛盾は、現代的な孤独にとても近い。
人はつながりを求める。
でも、つながることで傷つく。
だから、半分だけ近づく。
半分は逃げる。
Subzero Funの音像は、その半分だけ近い感じをよく表している。
声は聞こえる。
でも、すぐそばではない。
ギターは包む。
でも、温かく抱きしめるというより、冷たい霧のようにまとわりつく。
ドラムは曲を支える。
でも、感情を煽りすぎない。
この抑制が、曲を独特なものにしている。
Future Perfectというアルバム全体には、ロサンゼルスの乾いた夜のような空気がある。
明るいカリフォルニアではなく、もっと暗いロサンゼルス。
高速道路、倉庫、リハーサル・ルーム、深夜のスタジオ、ネオンの反射。
その中で鳴る、冷たいノイズ・ポップ。
PitchforkのFuture Perfect評も、ロサンゼルスの空虚さや混沌を背景にしながら、Autoluxの音楽をそこからの逃走のように捉えている。(pitchfork.com)
Subzero Funは、その逃走の途中にある曲のようだ。
どこかへ向かっている。
でも、目的地は見えない。
下へ向かっているのかもしれない。
でも、それがなぜか心地よい。
この下降感がいい。
ロックでは、しばしば上昇が肯定される。
高く飛ぶ。
解放される。
光へ向かう。
頂点へ行く。
Subzero Funは違う。
下へ行く。
冷たい場所へ行く。
でも、その下降にも快楽がある。
これは、かなり繊細な感覚である。
人はいつも上へ向かいたいわけではない。
時には、沈むことが必要なこともある。
冷たい場所に身を置くことで、ようやく自分の輪郭が見えることもある。
Subzero Funは、そのような沈降の音楽だ。
Autoluxの演奏は、そこに美しい緊張を与える。
Carla Azarのドラムは、曲を地面に縫い止める。
Greg Edwardsのギターは、その地面の上に歪んだ空を作る。
Eugene Goreshterの声とベースは、低い温度で曲の中を漂う。
3人しかいないのに、音の奥行きはかなり深い。
このトリオ編成の密度も、Autoluxの魅力である。
Future Perfectは、2004年のオルタナティヴ・ロックの中でも少し異質だった。
ガレージ・リバイバルの熱気とも違う。
ポストロックの抽象性とも違う。
エレクトロクラッシュの派手さとも違う。
もっと暗く、もっと静かに歪んでいた。
Subzero Funは、その異質さを静かに示す曲である。
派手な名曲ではない。
しかし、アルバムの低温の美学を理解するには重要な曲だ。
この曲を聴くと、Autoluxの音楽が単にかっこいいノイズではなく、感情の温度管理に長けた音楽であることがわかる。
どれだけ冷やすか。
どれだけ残すか。
どれだけ言わないか。
その加減がうまい。
Subzero Funは、感情を凍らせたまま保存しているような曲である。
その氷の中には、誰かへの親密さや、欠落や、逃げたい気持ちが閉じ込められている。
表面は冷たい。
でも、光を当てると中で何かが揺れる。
そこに、この曲の美しさがある。
Autoluxはこの曲で、零度以下の快楽を鳴らした。
それは暖かい幸福ではない。
明るい解放でもない。
もっと静かで、もっと曖昧で、少し危うい快楽である。
冷たい場所にいるのに、なぜか離れたくない。
落ちていくのに、なぜか心地よい。
Subzero Funは、その不思議な感覚を、ノイズとメロディの間にそっと閉じ込めた曲である。

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