発売日: 2015年8月28日
ジャンル: インディーフォーク、ローファイ、カントリーロック、ドリーム・ポップ
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. My Heart’s Not in It(Darlene McCrea カバー)
- 2. Rickety
- 3. I’m So Lonesome I Could Cry(Hank Williams カバー)
- 4. All Your Secrets(セルフカバー)
- 5. The Ballad of Red Buckets(セルフカバー)
- 6. Friday I’m in Love(The Cure カバー)
- 7. Before We Stopped to Think(Great Plains カバー)
- 8. Butchie’s Tune(The Lovin’ Spoonful カバー)
- 9. Automatic Doom(Special Pillow カバー)
- 10. Awhileaway
- 11. I Can Feel the Ice Melting(The Parliaments カバー)
- 12. Naples
- 総評
- おすすめアルバム(5枚)
概要
『Stuff Like That There』は、Yo La Tengoが2015年にリリースした13作目のスタジオ・アルバムであり、1990年のカバー集『Fakebook』の精神的続編とも呼べる、カバー曲・セルフカバー・新曲の混在するコンセプト作品である。
“新作アルバム”というより、“古いレコード棚をあさって、何度も聴きたくなる曲たちを再演する”ような感覚に近い、親密で穏やかなトーンに満ちた一枚となっている。
本作ではオリジナル・メンバーのデイヴ・シュラム(Dave Schramm)が25年ぶりに参加し、ギターを担当。
彼の温かくメロウなトーンがアルバム全体にヴィンテージ感を加え、Georgia Hubleyの穏やかなボーカルとともに、Yo La Tengo史上もっとも静かで優しい時間が流れている。
編成はシンプルで、ドラムレスのアコースティック中心。
まるでリビングで録音されたかのような“家庭的サウンド”が、本作の最大の魅力となっている。
全曲レビュー
1. My Heart’s Not in It(Darlene McCrea カバー)
アルバムの幕開けを飾るソウル・バラードの再演。
Hubleyの囁くような歌声と、シュラムのギターが絶妙に寄り添い、切なさと温もりを同時に感じさせる。
2. Rickety
新曲ながら、まるで60年代の忘れられたフォークソングのような味わい。
“きしむ音(Rickety)”というタイトルが、老いと時間の重なりを暗示している。
3. I’m So Lonesome I Could Cry(Hank Williams カバー)
カントリーの名曲を、原曲以上に静かで乾いた風景のなかで再解釈。
孤独という言葉が、空間そのものとして響いてくる。
4. All Your Secrets(セルフカバー)
2009年作『Popular Songs』からの再演。
ノイズを取り除き、アコースティックで再構成することで、楽曲の本質的な“内省”が際立つ。
5. The Ballad of Red Buckets(セルフカバー)
1995年作『Electr-O-Pura』のフォーキー・バラードを、さらに柔らかく再構築。
スライドギターの響きが、より深い郷愁を醸し出している。
6. Friday I’m in Love(The Cure カバー)
意外性ある選曲。
原曲の明るさをあえてトーンダウンさせ、月曜のような“金曜日”を歌うような感覚にすり替えた名演。
7. Before We Stopped to Think(Great Plains カバー)
無名に近いバンドの楽曲を選ぶあたりに、Yo La Tengoの“音楽愛”がにじむ。
ほのかにパンクの残り香を感じる短編的名曲。
8. Butchie’s Tune(The Lovin’ Spoonful カバー)
60年代ポップへの敬意がにじむスウィートなナンバー。
リズム感よりもハーモニーの心地よさが前景化している。
9. Automatic Doom(Special Pillow カバー)
ドリームポップとローファイが混ざったような、浮遊感のある仕上がり。
繊細なギターとボーカルが“忘れられた夢”のように漂う。
10. Awhileaway
アルバム中唯一のアイラ・カプラン作による新曲。
静けさのなかに、かすかな情念と不安が滲む。
Yo La Tengoの“声にならない想い”を象徴するような一曲。
11. I Can Feel the Ice Melting(The Parliaments カバー)
Pファンク前夜のスウィートソウルを、まるで雪解けのようにとろける音像で再現。
ポップ史の記憶が、Yo La Tengoのフィルターを通して詩的に蘇る。
12. Naples
インストゥルメンタルのクロージング。
イタリアの港町を思わせる哀愁と、映画音楽的な静けさが残響のように心に残る。
総評
『Stuff Like That There』は、Yo La Tengoが30年近い活動のなかで築き上げてきた“音楽と向き合う姿勢”の結晶のような作品である。
ここには派手な展開や実験的な構成はない。だが、その代わりに“音楽と人との関係性”における最小単位の感情が、じっと息を潜めるようにして息づいている。
カバーとセルフカバーを混在させることで、Yo La Tengoは“時間”というテーマに真正面から向き合っている。
音楽の記憶、忘れられた名曲、再構築された過去――それらはすべて、“今”という静かな瞬間のなかで優しく響き合う。
これは“懐かしさ”にとどまらず、“思い出しながら今を生きる”ための音楽なのだ。
そしてそのすべてが、まるで自宅の窓辺でそっと奏でられているかのような、親密さと誠実さに包まれている。
おすすめアルバム(5枚)
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Fakebook / Yo La Tengo
本作の前身ともいえる1990年のカバー集。よりラフで素朴なアプローチにあふれる。 -
The Covers Record / Cat Power
ミニマルで静謐なカバーの名盤。Hubleyの歌唱に近い呼吸感がある。 -
Crush Songs / Karen O
ローファイで親密な音像。ベッドルームで鳴る音楽という点で共通。 -
Harlem River / Kevin Morby
ヴィンテージ感と郷愁、静かなるロマンチシズムを兼ね備えた一作。 -
Warm / Jeff Tweedy
アコースティック・フォークによる“思索と親密さ”の結晶。『Stuff Like That There』と同じ美意識が漂う。
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