1. 歌詞の概要
「Stayaway」は、ロサンゼルス出身のインディポップ・トリオMUNA（ミューナ）が2019年にリリースしたセカンド・アルバム『Saves the World』に収録された楽曲であり、失恋の痛みをテーマにしたバラード調のシンセ・ポップである。前作までのより重厚なエモ・ロック的サウンドとは異なり、浮遊感のあるエレクトロ・トラックにのせて描かれるのは、「わかっていても、あなたに連絡してしまう」という、極めて人間的な弱さと依存の物語である。
この曲は、別れた相手との断絶を保つことの難しさを、リアルな感情とミニマルな言葉で描いており、「連絡しないでおこうと決めたのに、結局またあなたを思い出してしまう」という“感情の癖”を徹底して掘り下げている。サビで繰り返される「I can’t stay away（離れていられない）」というラインは、シンプルでありながら切実で、聴く者の心にずしりと響く。
音楽的には、1980年代風のシンセポップと現代のエレクトロニック・ミニマリズムを融合させたスタイルで、クールなサウンドのなかに赤裸々な感情を埋め込む、MUNA特有の表現が光る一曲となっている。
2. 歌詞のバックグラウンド
MUNAのメンバーは、Katie Gavin（Vo）、Josette Maskin（Gt）、Naomi McPherson（Gt/Syn）からなるトリオであり、全員がクィアを公言している。彼女たちの音楽は、LGBTQ+の視点を軸に、愛や自己認識、トラウマ、回復などを鋭くも優しく描いてきた。
「Stayaway」は、そうしたテーマの中でも「執着」や「自己破壊的な選択」についてフォーカスした曲であり、Katie Gavinの過去の恋愛体験がベースになっているとされている。彼女はこの曲について、「もう終わったと分かっているのに、それでもその人の存在が日常に残ってしまう感覚を正直に描いた」と語っている。
“忘れようとすること”と“忘れられない自分”の葛藤を、無理に克服しようとはせず、そのままの形で音楽にする。それがこの楽曲の誠実さであり、MUNAというバンドの一貫した姿勢でもある。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I said I wouldn’t do it and I did it
I said I wouldn’t call you and I did
「もうやらない」って言ったのに、またやってしまった
「もう電話しない」って決めたのに、結局かけてしまった
I said I wouldn’t run back
And I ran straight back to you
「もう戻らない」って決めたはずなのに
気づいたらまっすぐ、あなたのもとに戻ってた
I can’t stay away
Even if I try
離れようとしても
どうしても、無理なんだ
You’re the drug that I take
When I want to forget
忘れたくて飲み込む
まるで“薬”みたいに、あなたのことを
歌詞引用元：Genius – MUNA “Stayaway”
4. 歌詞の考察
「Stayaway」は、恋愛の終わりにおいて訪れる“衝動と後悔のループ”を非常に繊細に、そして無理に断ち切ることなく描いている楽曲である。自分を守るために「距離を取ろう」と決めたはずなのに、その距離を自分で縮めてしまう——そうした自分自身の行動に対する苛立ちと諦めが、曲全体に静かに浸透している。
「You’re the drug that I take（あなたは私が飲む薬）」というラインは、恋愛を“治療”や“快楽”ではなく、“依存”のメタファーとして描く、非常に鋭利な表現である。相手は“解毒”されるべき存在であると分かっていながら、それでも引き寄せられてしまう。そこには、愛というよりも“繰り返される習慣”のようなものすら感じられる。
そして重要なのは、語り手がこの状態を“克服”しようとはしていないこと。むしろ、「離れられない」という事実を淡々と受け入れているようにすら見える。それは自己放棄ではなく、「不完全さを持った自分を認める」という意味での受容なのだ。
この曲の真価は、“自分にとって悪いとわかっていることをやめられない”という普遍的なテーマを、感情に寄り添う形で静かに提示している点にある。これは、失恋ソングでありながら、癒しではなく“共感”を与えるタイプの作品である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Hard to Forget by Samia
忘れたいのに忘れられない恋を、エモーショナルに描いた現代的な失恋ソング。 - Drew Barrymore by SZA
自己価値の低さと他者への渇望が交錯する、繊細かつビターなラブソング。 - Back to December by Taylor Swift
過去に戻りたくなる後悔と罪悪感を、淡くも痛切な語り口で描いたバラード。 - Bags by Clairo
気まずさや言葉にならない恋の感情を、曖昧なコード感で丁寧に表現した一曲。 - Motion Sickness by Phoebe Bridgers
自己矛盾と怒りを自覚しながら、それでも相手の影を引きずるリアルな情緒が重なる。
6. “離れられない”ことを責めないうた
「Stayaway」は、恋愛における“理性と衝動”のあいだで揺れる心を、あくまで優しく見守るようなまなざしで描いた楽曲である。人はときに、わかっていても自分を傷つけてしまう選択をする。その事実に対して、「ダメだ」と断罪するのではなく、「それでも生きてるんだよね」と寄り添う。MUNAの音楽には、そうした“共感以上の温度”がある。
本作は、完璧な自律や感情の整理をうたうものではない。むしろ、崩れかけた感情の中にこそ、誰かに見つけてほしい真実があるのだということを、静かな電子音と淡々としたボーカルが語っている。失恋の中で“距離を取れない自分”を許したいとき、この曲はそのまなざしを借りることができる。
「Stayaway」は、傷を癒す音楽ではなく、その傷をそっと見つめる音楽である。切り離せない過去、やめられない行動、そのすべてを否定しないまま、静かに耳に寄り添ってくれるこの曲は、MUNAの誠実な音楽哲学の結晶といえるだろう。離れられない自分のことも、少しだけ好きになれるような気がしてくる——そんなうたなのだ。
コメント