発売日: 1970年9月
ジャンル: クラウトロック、アヴァンギャルド、サイケデリック・ロック
概要
『Soundtracks』は、ドイツの実験的ロックバンドCanによる1970年のセカンド・アルバムであり、映画用に書き下ろされた楽曲を中心に構成された異色作である。
タイトルの通り本作は、当時のアンダーグラウンド映画のサウンドトラックから選ばれた7曲を収録しており、Canというバンドが持つ即興性、映像的センス、ジャンル横断的アプローチが色濃く反映されている。
本作は、前作『Monster Movie』のマルコム・ムーニーに代わり、新たなボーカリストとして**ダモ鈴木(Damo Suzuki)**が参加した初のアルバムとしても特筆に値する。
彼の即興的かつミステリアスなボーカル・スタイルは、Canの音楽性を“ロック”から“トランス”的なグルーヴへと大きく方向転換させるきっかけとなり、その後の名作群へと繋がっていく。
映画音楽という形式上、通常のスタジオ・アルバムとは異なり、曲ごとにスタイルやテンションが大きく変化しているが、それこそがCanの多様性を浮き彫りにしており、本作を単なる“サウンドトラック集”以上の芸術作品へと昇華させている。
全曲レビュー
1. Deadlock
映画『Deadlock(1970)』のテーマ曲。
幻想的なエレピと漂うようなギターの旋律、そしてダモ鈴木のボーカルが、乾いた西部劇のような空気感を生み出す。
Canの映像的センスが光る幕開けである。
2. Tango Whiskyman
スモーキーで退廃的なギターに乗せて、奇妙なビートが刻まれるダーク・タンゴ。
『Deadlock』のもう一つの収録曲であり、ムーディーかつ不穏な雰囲気が秀逸。
3. Deadlock (Instrumental)
同テーマのインストゥルメンタル・バージョン。
ギターのレイヤーが増幅され、映像を失ったことでより抽象的な質感が際立つ。
4. Don’t Turn the Light On, Leave Me Alone
本作における初のダモ鈴木の“ボーカル主導曲”。
英語とは思えない幻覚的な発音と、うねるようなオルガン、ミステリアスなグルーヴが交差する。
Canの“未来形”がここから始まるとも言える名演。
5. Soul Desert
マルコム・ムーニーが再登場する一曲。
疾走するビートと叫ぶような語りが、Canの“ロック寄り”な側面を保っている。
混沌と構造がせめぎ合う中期Canの原型のようなトラック。
6. Mother Sky
12分超のロング・トラックであり、Can屈指の名曲。
高速ドラムの上で炸裂するギターとダモのヴォイス、持続と変化のせめぎ合いが生む恍惚は、まさに“クラウトロックの極致”。
後の『Tago Mago』にも繋がる、最初の“カンの宇宙”である。
7. She Brings the Rain
映画『Cream(1969)』用の楽曲であり、本作では異彩を放つジャジーなバラード。
しっとりとしたトーンと語りかけるようなボーカルは、Canの美的レンジの広さを静かに証明している。
総評
『Soundtracks』は、Canというバンドがロックの定型から脱却し、“音響の映画化”へと向かう過程を記録した貴重な過渡期アルバムである。
多様な映画の文脈に応じて楽曲が書かれているため、リズム、テンポ、アレンジが曲ごとに大胆に異なるにもかかわらず、全編にわたって通底するのは、“編集を拒む”即興性と、“反復の美学”である。
また、マルコム・ムーニーとダモ鈴木という二人のボーカリストが同時に存在する特異な構成も、この作品の魅力を二重化している。
ムーニーは言語を武器にした“詩的混乱”を、ダモは発音を超越した“声の楽器化”を、それぞれ提示している。
『Soundtracks』は、Canにとって単なる“サイドプロジェクト”ではなく、彼らの創作姿勢そのもの——すなわち“状況に応じて音楽は変化するべきだ”という柔軟な美学——を強く打ち出した作品であり、次作『Tago Mago』への橋渡しとして極めて重要な位置にある。
おすすめアルバム(5枚)
- Can – Tago Mago (1971)
本作の延長線上にあり、Canの最高傑作として名高い2枚組アルバム。 - Popol Vuh – Aguirre (1975)
同じくドイツのバンドによる映画音楽作品。神秘性と即興性が共通点。 - Miles Davis – In a Silent Way (1969)
ジャズの文脈から音響の“場”を作り出した作品。『She Brings the Rain』と通じる空気。 - Pink Floyd – More (1969)
映画用に制作されたサウンドトラックで、Canの本作と構成上の共通点がある。 - Cluster – Zuckerzeit (1974)
エレクトロニクスを導入したミニマリズムの名盤。Canの後期に通じる静謐な音響美。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Soundtracks』の楽曲は、1968〜1970年にかけて西ドイツのインディペンデント映画監督たちとのコラボレーションにより制作された。
とくに『Deadlock』や『Cream』などのカルト映画のためのスコアは、Canが“音楽によって映像の空気を変える”という意識のもと、即興性を最大限に活かして作られている。
注目すべきは、Canが商業的制約をほとんど受けず、自らのコントロール下で映画音楽を制作していた点である。
これは、彼らが“映像に従属するのではなく、映像と音が互いに対等であるべき”という哲学を持っていたことの表れだ。
そのため、『Soundtracks』というタイトルでありながら、そこには“Can流サウンドトラックのあり方”——すなわち、映像と共に在ることで音楽が自由になる——というパラドックスが込められているのである。
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