発売日: 2004年6月8日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アートロック、ノイズロック
ノイズと旋律の穏やかな融合——Sonic Youthが辿り着いた“静かな成熟”
Sonic Nurseは、Sonic Youthが長年にわたって築いてきた音楽的探求の集積を、
最も調和的なバランスで提示した2000年代の傑作である。
前作Murray Street(2002年)で確立された、
“ノイズと叙情のあわいに漂うソングライティング”はさらに磨かれ、
ここではギター・テクスチャーの複雑さとポップの感触が高次で共存している。
ジム・オルークが引き続き参加しており、彼の細やかな音像処理が、
アルバム全体に静謐でありながら芯のある強度を与えている。
“ナース(看護師)”というタイトルが象徴するように、
ここには騒音ではなく癒しとしてのノイズ、包み込むようなフィードバックが響いている。
全曲レビュー:
1. Pattern Recognition
サイバーパンク作家ウィリアム・ギブスンの小説から題をとった、緊張感あるオープニング。
疾走感あるギターとKim Gordonの挑発的なボーカルが絡み合い、
デジタル時代の知覚と情報の過剰を音で描く。
2. Unmade Bed
Thurstonによるメロディアスなヴォーカルと美しいギターの絡みが印象的。
“整えられないベッド”というモチーフが、失われた関係性や過去への郷愁を暗示する。
3. Dripping Dream
10分近くに及ぶドローンとリフレインの大曲。
恋愛、都市、夢の中で溶けていく感覚が、ギターの繰り返しと共に身体へ浸透する。
まさに“音響のトランス”。
4. Kim Gordon and the Arthur Doyle Hand Cream
タイトルからして挑発的なKimナンバー。
自由ジャズのサックス奏者Arthur Doyleに捧げられた実験的なトラック。
語りとフリー・ノイズのあいだで、彼女の声は政治と身体を鋭く描き出す。
5. Stones
Lee Ranaldoの穏やかな歌と、流れるようなギターアンサンブル。
風景のように広がる音像は、荒野に落ちる石のような静かな衝撃を伴う。
6. Dude Ranch Nurse
甘やかで不穏な感触が同居する、Kimによるドリーミーな一曲。
“看護師”と“牧場”という奇妙な取り合わせが、
フェティッシュとノスタルジアを織り交ぜていく。
7. New Hampshire
Thurstonの語り口が、アメリカの風景と記憶をなぞるように流れる。
グランジの残響とフォークの骨格が共存する、懐かしくも新鮮な音作り。
8. Paper Cup Exit
Leeのギターとヴォーカルが、都市生活の無意味さと逃避願望を詩的に描写。
音数を抑えたアレンジが、リリックの余韻を深く刻む。
9. I Love You Golden Blue
Kimの最もエモーショナルな楽曲のひとつ。
失われた愛、あるいは肉体の記憶を漂うように歌い上げる。
ギターがまるで水のように流れ、彼女の声を優しく包み込む。
10. Peace Attack
アルバムのラストを締めくくる、反戦的メッセージを内包したナンバー。
“平和の攻撃”という逆説的タイトルが象徴するように、
静けさの中に怒りがひそむ。美しくも悲しい終曲。
総評:
Sonic Nurseは、Sonic Youthが“騒音のバンド”から“音楽の詩人”へと変貌した2000年代の金字塔である。
ここではノイズは敵ではなく、“寄り添う粒子”として存在している。
バンドの成熟と内省が、構築的なアレンジと深いリリシズムの中で結実しており、
キャリア後期の到達点として高い完成度を誇る作品である。
かつての破壊衝動も、ここでは優しさとして響く。
それは、暴力の後に残された街の静けさのようでもあり、
時間をかけてしか奏でられない音楽の“静かな誇り”のようでもある。
おすすめアルバム:
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Jim O’Rourke / Insignificance
複雑で知的なソングライティングとポップの交差点。 -
Wilco / A Ghost Is Born
ノイズとポップ、実験と感情の絶妙なバランス。 -
Cat Power / Moon Pix
内面と風景が交差する、女性的リリシズムの極地。 -
Low / Things We Lost in the Fire
スローコアとノイズ、静けさの中に潜む痛み。 -
Sonic Youth / Rather Ripped
Sonic Nurseの叙情性をさらに明確に研ぎ澄ました、後期の静かな名作。
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