発売日: 1969年4月7日
ジャンル: フォーク、シンガーソングライター、アコースティック
沈黙のなかに詩が宿る——Leonard Cohen、静寂を詠う“もうひとつの祈り”
『Songs from a Room』は、カナダの詩人／シンガーソングライターであるLeonard Cohenが1969年に発表した2作目のアルバムである。
前作『Songs of Leonard Cohen』が持っていたミステリアスな神秘性を引き継ぎつつ、本作はさらに削ぎ落とされた音像と簡素なアレンジにより、“ひとりの男が静かに世界を詠う”という原点的な姿勢が際立つ作品となっている。
タイトルの「部屋からの歌」は、まさにこの作品の空気感そのもの。雑音を排した“室内”という親密な空間で、詩と声とギターだけが真っ直ぐに鳴る。
制作はナッシュビルにて行われ、プロデューサーはBob Johnston（Bob Dylan『Blonde on Blonde』などで知られる）が担当。
より素朴でフォーキーなアプローチが採用され、詩の持つ重さや美しさがダイレクトに響く構成が追求された。
全曲レビュー
1. Bird on the Wire
Cohen自身が「ほぼ自分の代表曲」と語る、不自由の中の自由を描いた象徴的な一曲。 「鳥のように電線にとまり、酒のように滑らかに生きたい」と歌う姿が、祈りのようにも見える。
2. Story of Isaac
聖書のイサクの物語を現代の権力構造と重ね合わせた、静かな反戦歌。 子供の視点から語られる純粋さと、儀式的な暴力への疑義が痛烈。
3. A Bunch of Lonesome Heroes
孤独な“英雄”たちの集いを描いたダークなバラッド。個としての孤独と、社会との距離感が詩的に織り込まれている。
4. The Partisan
レジスタンス・ソングとして知られる仏語詩の翻訳カバー。「自由は隠れている——私の仲間たちのように」という一節が、抵抗の美学を体現している。
5. Seems So Long Ago, Nancy
実在の女性をモデルにした哀歌。精神病、孤独、自死といった重いテーマを、Cohenは決して感傷的にならず、むしろ淡々と、しかし深く歌い上げる。
6. The Old Revolution
タイトル通り“古い革命”について歌ったナンバー。革命の理想と現実、そして老いゆく思想を冷ややかに見つめる視線がある。
7. The Butcher
“肉屋”という比喩を通して描かれるのは、生と死、そして選ばれなかったものたちの影。 不穏で寓意的な一曲。
8. You Know Who I Am
穏やかな旋律とともに語られる、愛とアイデンティティの詩。 タイトルは控えめだが、深く信仰的な問いをはらんでいる。
9. Lady Midnight
夢と現実、昼と夜の境界で揺れる幻想的な歌。コーエンの語り口がまるで詩の朗読のように響く。
10. Tonight Will Be Fine
アルバムを締めくくる穏やかな1曲。“今夜はうまくいく”というフレーズに、希望というよりは疲れた自己暗示のような哀しさが滲む。
総評
『Songs from a Room』は、Leonard Cohenが音数を減らし、言葉と沈黙のあいだで詩的深度を極限まで掘り下げた、最も“祈りに近い”アルバムである。
ここにあるのは、強さでも癒しでもなく、ただ静かに“世界の痛みと付き合う方法”を歌う声。
ギターはささやき、声は息をはらみ、まるで一篇一篇の詩が、夜の部屋でそっと読み上げられているかのよう。
一見地味に思えるかもしれないが、この作品は“声に耳を澄ます”という行為の美しさを、最も純粋な形で伝えてくれる。
おすすめアルバム
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Songs of Leonard Cohen / Leonard Cohen
より神秘的で暗く、詩的なデビュー作。彼の出発点にして永遠の名盤。 -
Pink Moon / Nick Drake
沈黙とメロディが共鳴する、孤独な美しさの極北。 -
Blood on the Tracks / Bob Dylan
内省と詩情が混じり合う、感情の地層を辿るような傑作。 -
Blue / Joni Mitchell
個人的な痛みを普遍的な歌に昇華した、感情の結晶。 -
I See a Darkness / Bonnie ‘Prince’ Billy
信仰と死、喪失を静かに語る現代のカントリー・フォーク詩人。
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