Son of Sam by Elliott Smith(2000)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Son of Sam」は、Elliott Smithが2000年にリリースしたアルバム『Figure 8』のオープニングを飾る楽曲であり、幻想的かつサイケデリックな語彙で“二面性”を描いた抽象的なロックソングである。

タイトルの「Son of Sam」は、1970年代にニューヨークで実際に連続殺人事件を起こした人物デヴィッド・バーコウィッツの通称であり、その不穏さからこの曲もまた「狂気」や「暴力性」をテーマにしているかと思われがちだ。
だが、Elliottがここで描く“Son of Sam”は、**実在の殺人鬼ではなく、“誰の中にも潜む破壊衝動や無意識の影”**のような存在として読める。

歌詞では、「街の向こうの花火」や「ドアにかかった青い鳥」など、シュルレアリスティックなイメージが連なり、曖昧な記憶と欲望、孤立した自己の断片が万華鏡のように回転していく

明快なストーリー性を拒みながらも、この曲が放つ感情の揺らぎは、Elliott自身の内面に潜む暴力性と繊細さの二重性を強烈に示している。

2. 歌詞のバックグラウンド

Figure 8』は、Elliott Smithにとって最後の生前スタジオアルバムであり、制作には長期間を要し、より複雑なアレンジと録音技術が取り入れられている。

「Son of Sam」はその冒頭曲として、新しいElliottの幕開けを高らかに告げる一曲であった。
ギターのループ、逆再生のような音響処理、予想外のコード進行など、サウンド面での革新は、前作『XO』の内省的な空気をさらに拡張し、精神的な不安定さと創造性がぎりぎりで共存する不思議な空気を生み出している。

この楽曲のインスピレーションについて、Elliott自身は「必ずしも“Son of Sam”(殺人鬼)そのものについての歌ではない」と語っており、むしろそれは人間の心のなかにある“無意識の暴力性”を暗示するメタファーとして用いたのだと言われている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Lyrics © Sony/ATV Music Publishing LLC

Something’s happening, don’t speak too soon
I told the boss off and made my move
Got nowhere to go

― 何かが起きてる、早まって話すなよ
上司を怒鳴りつけて、自分のやりたいことをやった
でも、行き先なんてどこにもないんだ


Son of Sam, son of the shining path, the clouded mind
The couple killer each and every time

― サムの息子、輝く道と曇った心の息子
どのカップルも殺していく、いつも決まってそう


Burning sun, six-string gun
I got my heart in a double tomb

― 焼けつく太陽、六弦の銃
僕の心は二重の墓に埋められてる


I got nowhere to go but to go so I’m going
I’m gone

― 行き場はないけど、行くしかないから
僕は行くよ――そしてもう、いない

4. 歌詞の考察

「Son of Sam」は、Elliott Smithの作品の中でもとりわけイメージ重視で、解釈の自由度が高い楽曲である。

タイトルにある“Son of Sam”は、曲中で語られる様々な人格や衝動――「怒り」「破壊欲」「焦燥感」――の象徴であり、それは外部に存在する“敵”ではなく、自己の内部に存在するもうひとつの影のような存在である。

「I got nowhere to go but to go so I’m going(行き場はないけど、行くしかない)」という一節には、逃げ道のない逃避という逆説的な感覚があり、これはElliottがしばしば歌ってきた「孤立」「無力感」「衝動」のテーマを再定義するように響く。

また、「six-string gun(六弦の銃)」という比喩は、音楽がもたらす救済と破壊の二面性を象徴している。
彼にとってギターは癒しであると同時に、心を打ち抜く武器でもある。
それは、彼の音楽自体が持つ魅力――「静かで優しいのに、聴く者を刺す」――と完全に一致している。

この曲に描かれる風景はどこまでも抽象的だが、その中で語られる感情はきわめてリアルで、“何かを壊したくなる夜”に心を支配されるすべての人間に共通する無意識の深層に触れている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • King’s Crossing by Elliott Smith
     破滅的な内面を赤裸々に描いた後期の名曲。幻覚と現実の狭間にある恐怖と美しさが共通。

  • Paranoid Android by Radiohead
     人格の分裂と機械的な暴力性を描く、構造的にも挑戦的な楽曲。

  • Wolf Like Me by TV on the Radio
     本能と欲望に突き動かされる人間の姿を、エネルギッシュに表現したオルタナティヴ・アンセム。

  • Hurt by Nine Inch Nails(またはJohnny Cashのカバー)
     自己破壊と贖罪をめぐる深い悲しみと静かな怒りが、「Son of Sam」の主題と響き合う。

6. 影とともに歩くという選択

「Son of Sam」は、Elliott Smithの中でも最も**抽象的で、そして象徴的な“自画像”**である。

彼はこの曲で、誰にも説明しないまま、自分のなかの「サムの息子」とともに歩いていく。
それは善と悪、創造と破壊、救済と堕落がひとつの人格のなかで共存しているという真実を、ありのままに描いた姿だった。

「行き場はないけど、行くしかない」と語るその声は、あまりに静かで、あまりに深い。
そこにはドラマチックなクライマックスも、答えもない。ただ一歩一歩進んでいく足音と、心のなかで蠢く名もなき衝動の気配があるだけだ。

「Son of Sam」は、自己の影を見つめ、名付け、否定せずに歩き出すための、エリオット・スミス流の“自己和解の儀式”のような歌なのだ。

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