アルバムレビュー:Somewhere in Time by Iron Maiden

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発売日: 1986年9月29日
ジャンル: ヘヴィメタル、プログレッシブ・メタル、シンセ・メタル


時間の迷宮を駆ける“鉄の未来”——叙情とSFが交差するメタルの未来像

1986年、Iron Maidenは6枚目のスタジオ・アルバムSomewhere in Timeで、再び大胆な進化を遂げた。
前作Powerslaveとワールド・スレイヴリー・ツアーによって心身ともに疲弊したメンバーたち。
その中で唯一創作意欲を燃やし続けていたのが、ベーシストでありメインソングライターのスティーヴ・ハリスだった。

本作の最大の特徴は、シンセサイズド・ギターの導入である。
当時隆盛を極めていたシンセ・ポップやプログレ的サウンドの影響を、Iron Maidenは大胆に取り入れ、
近未来的な空間感と哀愁を融合させた“未来都市のメタル”を構築した。

歌詞もまた、SF、哲学、時間、記憶といったテーマに踏み込み、メタルがどこまで知的に、そして詩的に成り得るかを探る挑戦となっている。


全曲レビュー

1. Caught Somewhere in Time

空間を漂うようなシンセ音から、鋭く疾走するオープニング。
時空の迷宮に囚われた者の焦燥と幻想を、ドラマティックな展開で描く。
壮大なスケールとメイデン特有の疾走感が融合した傑作。

2. Wasted Years

ギタリスト、エイドリアン・スミス作による、叙情性あふれるリード・シングル。
“Don’t waste your time always searching for those wasted years”というサビは、ツアー疲労から来る内省を反映したもの。
哀愁とメロディが際立つ、メイデン史上最も感傷的なナンバーのひとつ。

3. Sea of Madness

ヘヴィでグルーヴィーなリフと、不穏なコード進行が印象的。
狂気の海を彷徨うようなテーマに、内面的な苦悩が滲む。
アップテンポな中にも、沈むような感情が渦巻く。

4. Heaven Can Wait

死を目前にした男が「まだ天国には行けない」と叫ぶ、生への執着の歌。
途中の合唱パートは、ライブでは観客とのコール&レスポンスとして盛り上がる。
希望と絶望のせめぎ合いが疾走する名曲。

5. The Loneliness of the Long Distance Runner

長距離走者の孤独をテーマにした、哲学的スポーツソング。
ギターの複雑な掛け合いと、リズムチェンジの妙が光る。
人間の精神力と孤独を描く点で、異色かつ深い作品。

6. Stranger in a Strange Land

冷たくメカニカルなリフが印象的な、エイドリアン作のセカンド・シングル。
未知の世界での孤立感や観察者の視点が、リリックと音の両面で描かれる。
アリーナ映えする重厚さと冷静な語り口が特徴。

7. Deja-Vu

既視感という哲学的テーマに挑んだ中盤の佳曲。
スティーヴ・ハリスらしい展開力が活きた、知的かつスリリングな一曲。
現実と記憶、時間のループが音に刻まれている。

8. Alexander the Great (356–323 B.C.)

歴史上の英雄アレクサンドロス大王の生涯を叙事詩的に描いたラスト・トラック。
語り、変拍子、ギターの大河展開など、メイデンらしい“教育的メタル”の極致。
10分に満たない中で一人の人生を駆け抜けるような壮大なスケール感。


総評

Somewhere in Timeは、Iron Maidenが技術的・表現的ピークにあった時期に生み出した、最も内省的かつ未来志向の作品である。
シンセギターという新技術を恐れず導入し、テーマも戦争や神話から“時間と精神”へと深化。
サウンドに漂う哀愁と知性は、80年代メタルのなかでも異彩を放っている。

このアルバムは、派手さや即効性よりも、“時間をかけて聴くことで見えてくる美”を持っている。
リスナー自身が“時間旅行者”となり、記憶、孤独、未来と対話するような体験。
それはまさに、Somewhere in Timeというタイトルの意味そのものなのだ。


おすすめアルバム

  • Seventh Son of a Seventh Son / Iron Maiden
     プログレ色をさらに強めた次作。幻想と予言、知の系譜が続く。
  • Signals / Rush
     シンセとギターの融合、知的リリックと構成力。メイデンの知的側面と共鳴。
  • Defenders of the Faith / Judas Priest
     メロディとメタルの融合。知性より情熱を求めるならこちら。
  • Awaken the Guardian / Fates Warning
     叙情とファンタジー、プログレメタルの密度とスピリチュアリティが魅力。
  • Images and Words / Dream Theater
     メタルと時間、構造と感情。メイデンの進化系とも言える知的メタルの金字塔。

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