発売日: 2010年9月14日
ジャンル: ノイズポップ、サイケデリック・ロック、シューゲイザー
概要
『Sleep Forever』は、Crocodilesが2010年にリリースしたセカンド・アルバムであり、
前作『Summer of Hate』で打ち出したローファイ・ノイズ×ダークポップの美学を、
さらにドラマティックかつ深遠なサイケデリアへと昇華させた一作である。
本作のプロデュースはJames Ford(Simian Mobile Disco)が担当し、
その影響によりサウンドは前作よりも格段に厚みと奥行きを増し、
モノクロームの暴動から、深紅の夢幻世界へと舞台を変えたかのような音像進化を遂げている。
Jesus and Mary Chain、Spacemen 3、Suicideといった影響はそのままに、
本作ではよりエモーショナルで抒情的、時に宗教的ともいえるスケール感を伴っている。
タイトルの「Sleep Forever」は、“永遠の眠り”=死、または現実逃避としての夢想を示唆し、
その響きのなかには、ポップソングが抱える快楽と破滅の両義性が濃密に刻まれている。
全曲レビュー
1. Mirrors
アルバムの幕開けを飾るシングル曲。
タイトル通り“鏡”をテーマに、自己認識の歪みと虚構性を音像化。
強烈なファズ・ギターとブリッジ・リバーブにまみれたボーカルは、快楽的ノイズの海に溶けていく。
2. Stoned to Death
ミッドテンポのドローンが不穏に広がる、サイケデリック・ゴスペルのような一曲。
“石打ちにされるほどにラリっている”という語感は、快楽と死が地続きであることのユーモラスな表現でもある。
3. Hollow Hollow Eyes
スピード感のあるガレージパンク寄りのナンバー。
“空洞の目”というイメージが示すのは、見ていながら見ていない都市の死角、あるいは自己喪失の感覚。
疾走感と虚無感の交差が鮮烈。
4. Girl in Black
シンプルながら美しいメロディと、暗黒美を象徴する“黒い服の少女”のイメージが印象的。
ラブソングの体裁を取りつつも、エレジーのような静かな崇高さが漂う。
5. Sleep Forever
タイトル曲にして、バンド史上でも屈指の名曲。
8分近くに及ぶドラマティックな構成と、天上へと昇っていくような轟音とメロディの融合。
“眠り”はここで死ではなく、現実からの解脱=音楽による昇華として描かれる。
シューゲイズ的カタルシスの極致。
6. Billy Speed
短く、ラフで、パンキッシュな楽曲。
タイトルの“Billy”は架空のスピード中毒者の象徴として機能しており、
快楽主義と崩壊のリズムが、高速で駆け抜ける。
7. Hearts of Love
本作中もっともポップかつ叙情的なトラック。
シンプルなコード進行と甘いメロディは、耽美的ノイズのなかに浮かぶ一瞬の純粋さを感じさせる。
Crocodilesにとっての「ラヴソング」の在り方がここに凝縮されている。
8. All My Hate and My Hexes Are For You
中毒性の高い繰り返しが続く、不穏なラヴソング。
“私のすべての憎しみと呪いは、あなたのためにある”というリリックは、破壊的な愛の感情をストレートに描く。
Suicide直系のミニマル・エレクトロパンク的アプローチも印象的。
総評
『Sleep Forever』は、Crocodilesがノイズの快楽性とポップの崇高さを同時に抱え込んだ、極めて完成度の高いセカンド・アルバムである。
ローファイな質感はそのままに、
音像はより広がりを持ち、歌詞の世界観も死・信仰・愛・自己喪失といったより深いテーマに踏み込んでいる。
その美学は一貫して退廃的でありながら、
常に**“美しいものは破滅と隣り合わせにある”という静かな哲学**を漂わせる。
『Sleep Forever』は、単なるシューゲイズ回帰やガレージポップの文脈では捉えきれない、
**「祈りのようなノイズ・ポップ」**としての特異な魅力を放っている。
おすすめアルバム(5枚)
- The Raveonettes – Lust Lust Lust (2007)
ノイズとポップの共存。Crocodiles的耽美性に近い。 - A Place to Bury Strangers – Worship (2012)
攻撃的シューゲイズ。音圧と轟音美学が共通。 - The Jesus and Mary Chain – Darklands (1987)
ノイズの奥にある内省とメロディの美。Crocodilesの源流。 - Spacemen 3 – Playing with Fire (1989)
ミニマリズムとサイケの融合。脱構築的精神が共鳴する。 - Black Rebel Motorcycle Club – Howl (2005)
ブルース・ゴスペルとノイズの接点。『Sleep Forever』の宗教的イメージと通じる。
歌詞の深読みと文化的背景
『Sleep Forever』に込められた詩世界は、逃避・死・愛・夢・破滅と再生といった、
ポストパンク以降のロックが抱えてきた根源的テーマに接続している。
特にタイトル曲では、“永遠に眠る”というフレーズが、
安らぎや死の隠喩であると同時に、現実からの逸脱や自己昇華の可能性として響いてくる。
そこにあるのは、ドラッグでも宗教でもなく、ノイズとポップによる救済である。
Crocodilesはこのアルバムで、
現代の都市と若者が抱える虚無と焦燥のなかで、それでも美しいものを鳴らす覚悟を示したのだ。
それは眠りではなく、目を閉じることでしか見えない“もうひとつの世界”の風景なのかもしれない。
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